第4話 再開そして再会

-3069.10.19-


 ユウキが職場に戻ってきたのは、シュウゾウの宣言通り1週間経った後だった。


 合計2週間、ユウキは初めて仕事を休んだ。生まれてから一度も休んでこなかったからか、休み方を知らない。ラスカがつきっきりで監視してくれたおかげで、人生初の休みというものを謳歌する事ができた。


 休み明けの仕事は、流れてくる機械にヒビや傷、汚れがないかを確認するという単調な、工場でのライン作業、ユウキはこれが大嫌いであった。一般階級の居住地に近い工場に行かなければならず、そこで絶えず馬鹿にされなければならないからだ。しかし久しぶりの仕事ということもあり、いつも気にしてしまう罵倒も無視し、いつも以上に仕事に没頭することができた。時計の短針がⅦから移動し、真上のⅫを指すまであっという間だった。

 

「久々の仕事はどうだ?病み上がり」


 労働者のベネットが近づいてきて声をかける。数少ないユウキと同い年の労働者だ。こいつはなぜか、俺を見つける度にこうやってしつこく絡んでくる。しかしベネットは別寮のはずで、自分が入院していたことは知らないはずだが……。噂は想像以上に広がっているようだ。


「あー、まぁ。結構集中できてるよ。調子はいいかも」

「そりゃ良かった!こっちはいつも以上に働かされて、筋肉痛だらけよ。こりゃもっと体がデカくなるな。誰かさんのおかげだな」


 ベネットが右腕に力こぶを作りながら茶化す。彼の袖が苦しそうな音を立てる。今にもはち切れそうだ。しかしこっちは好きで2週間療養したわけじゃない。一張羅がたとえ破けたとしても、マキナの綺麗事と、シュウゾウの独断のせいだ。ユウキはいつもの茶化しだと心の中で納得させようとしたが、胸の奥でちくりと、砂粒程度の罪悪感を感じた。何も悪くないはずだが、2週間の休みの影響は心身ともに影響するらしい。ユウキは初めて休暇というものを学んだ。


「そういえば、あの弟は?」

「弟?あーラスカのことか。知らね。この食堂のどこかにはいるんじゃ……」

「ユウキーーー!!」


 噂をすれば、ラスカが駆け寄ってきた。直前で止まると、慣性の法則で配給のスープがユウキにかかる。ぬるい。工場の食堂は、端に立てば反対側に声を届けるのが難しいぐらい広い。ましてや今日はそれだけ広い食堂に労働者が鮨詰め状態だ。人1人探すのは至難だ。それなのにラスカはユウキを探し当てた。おそらく配給を受け取ってからずっと探していたのだろう。執念なのか、それとも愛か、どちらにせよ年相応の可愛らしい振る舞いだが、ユウキはその可愛さより、騒々しい同室がスープをかけたことに腹を立てていた。ラスカはそれを気にかけることもなく、隣のベネットに注意を向ける。


「あ、ベネットもいたんだ」

「おう!久しぶりだなちんちくりん!背は伸びたか?」

「ちんちくりんじゃないよ!ベネットがでかいんだよ」

「それもそうだな!お前ももっと体鍛えろよ!そんなんじゃヒョロガリ兄貴みたいになるぞ」


 だから兄貴じゃねぇし、ヒョロガリでもないって……。そう口を挟もうにも、びしゃびしゃで生臭くなった仕事着と、騒々しい会話に辟易し、何も言わなかった。確かにベネットは体つきがいい。移動モービル用の駆動機関を片手で軽々と持ち上げられる労働者を、ユウキはベネット以外に見たことがない。しかし体つきはいい分、頭が足りてない。きっと脳みそまで筋肉なんだろう。それを証明するように、ベネットは2年前から、ユウキとラスカをずっと兄弟だと勘違いしている。何度訂正してもその勘違いは治らない。15回目の勘違いから、ユウキは訂正するのを諦めた。そして今も、止めどなく騒々しい連中を黙らせるのも諦め、食事の続きを取り始めた。


 ユウキは主菜を最後にとっておくタイプだ。なぜなら配給トレイの右上にいつも置かれており、手を伸ばすのがもっとも億劫な位置に盛り付けられているからだ。ユウキにとって食事はただの栄養補給で、好みなどはない。しかしメインディッシュが多少豪華だと、たとえ大豆を加工したものであれど、その腹持ちに、次の仕事に向ける、土埃程度のほんの少しのやる気が出てきて、少しぐらい頑張るかと思うことが出来る。今日の配給もそれであった。幸いなことに、いつも配給のおこぼれを狙うハイエナラスカ巨人ベネットと戯れているので、栄養補給するには格好のタイミングだった。しかしいざ口に入れようとした時、突如工場のスピーカーからつんざくような大音量で工場長の声が響いた。


「総督様の視察である!直ちに食事をやめ、敬礼せよ!繰り返す……」


 部屋の中にいた数百の労働者が一斉に立ち上がり、敬礼をする。食器が擦れる音が完全に無くなり、シンと鎮ったと同時に、中央にある大扉が重々しく開かれる。入ってきたのは工場長のいう通り、装飾や勲章をギラギラと着けたスーツを見にまとった、この工場に場違いなほど豊満な体つきの男だった。支配階級、デクトリアの最高指導総督、ロムル=デクトルだ。なぜこんなところに、この国で一番偉い男が現れる?そんなユウキの疑問をよそに、ロムル総督は軍服をきた数人の治安維持隊員に守られ、工場長の元に歩いていく。静寂な食堂にコツコツと、泥ひとつない綺麗な革靴の音が響く。ひとしきり工場長と話し終えた後、正面にある、少し高まった場所に立ち、話し始めた。


「えー労働者の諸君。お勤めご苦労。君たちのおかげでこの国は動いている。東洋の言葉を借りれば、君たちは縁の下の力持ちだ」


 ねぎらいの言葉を労働者たちにかける。その言葉はきっと彼自身に向けたねぎらいで、俺たちに向けたものじゃない。そんな心にもない言葉を誰が受け取るかと、この場にいる誰もが腹の中で思っているが、敬礼を崩すことはない。


「今日ここにきたのは他でもない。視察だ。だがしかし、私ではない。こちらへ」


 ロムル総督が扉の外に向けて手招くと、ある人が入ってきた。ユウキは瞬間目を見張った。後ろから歩いている女が誰か分かったからだ。それは、いつもロムル総督にくっついて歩いているような、ハイヒールを卑しく音立てて歩く女ではなく、現実離れするほど真っ白な服をきた女だった。きらびやかな装飾を輝かせて、自分たちの目をくらませる。髪は右側でとめられており、この国の紋章がかたどられた髪飾りをつけている。間違いない。あの時と姿は変わっているものの、正真正銘、マキナだ。


「ここにいるのは、新たなデウス=エクス=マキナ。先代を襲名し、数日前から管理を行なっている。しかし、まだお前たちには知られていないことだろう。宣言する。この者が今日からお前たちの神様だ」


 総督は高らかに宣言し、マキナを前に出す。マキナは深々と一礼をした後に労働者たちを見渡した。世の中の悪を何一つ知らないあの女。あいつには、世の中から隔離された俺たちが一体どう見えているのだろうか。ユウキはそんなことを考えていると、マキナと視線がかち合った、ような気がした。


「今日は未熟な彼女に色々見せてやってほしい。いいか?」

「ハッ!デウス=エクス=マキナ様に見ていただけるなんて、至極感激であります!」


 この労働地区の総責任者のシュウゾウが声をあげる。その声に続いて他の労働者たちもその定型文の感謝の繰り返す。ラスカだけはきっと本心からの言葉だろうが……。


 総督が去った後の食堂は静かであったが、騒がしかった。最高指導総督や数人の治安維持隊、それにこの国の神様が見ている中で、大騒ぎすることはできない。しかし労働者たちは、この国の神様が年端もいかない女であるという事実に、ささやき話を止めることは出来なかった。


 全てを管理するデウス=エクス=マキナと人々が聞いたとき、誰もがロムル総督のような豊満な男か、絵に描いたような美しい女性を思い浮かべるだろう。しかしそこに現れたのは華奢な女子だった。それゆえか、労働者たちの話の話題はそれで持ちきりだった。


 困惑するもの、弱そうだと評価するもの、労働者たちの考えは三者三様であったが、見惚れて感動していたのはそばにいたベネットだけであろう。さっきまで体つきの話をして盛り上がっていたのに、今やどうお近づきになるかだけを考えているようだ。完全に上の空で、自分の配給のトレイすら見分けがついていないようで、配給のメインディッシュを食べられていた。ラスカはラスカで、白いスカートを神聖視し、やれ綺麗だの、やれ妖精のようだとつぶやき、感動している。


 俺にとっては、マキナは突然病室に押し入ってきた訳のわからない女であり、つかみどころのない不気味な女である。周りが持つような好感を持つことはない。それでか、周囲の静かな噂話から浮いているように感じた。マキナは数人の、より屈強そうな男たちに守られながら、周囲にある労働者の食事をじっくりと観察している。右から左へ、左から右へ、全てを見て回るために歩き回り、やがて、ユウキたちの前へやってきた。面倒ごとの気配だ。


「ユウキ。久しぶりね」


 マキナはユウキに声をかけた。匙が止まる。人違いだと目線をそらすが、手遅れだった。周囲は騒めく。ベネットはどういうことだと言いたげな表情であったが、あいつが考えているような関係ではない。波風を立てないように、当たり障りなく、いつものユウキのように言葉を返すことが最善だ。


「もう会うことは無ぇと思ってたよ」

「私は会うつもりだった」


 シャラリ、と、髪飾りの装飾が音を立てる。きっと微笑んだのだろう。かき込んだ配給食が気管に入り、激しくむせた。周囲のざわめきはより大きくなる。なぜ誤解されるような言い方しかしないのか、どこまで世間を知らないのか。そんな言い方は、すでに関係を持っているかのようじゃないか。マキナへの対応が一気に億劫になる。他に言い方はないのか。案の定、周囲は騒ぎ立て、どんな関係なのかとユウキを責め立てる。ベネットの表情は、もはや平和とはかけ離れた、穏やかではない表情だ。


「1週間の休暇通知が受理されていた。何かあったんじゃないかと思って」

「シュウゾウさんが出したんだよ。お前らが何か仕込んだんじゃねぇかって」

「口を慎め貴様!」


 遠くから駆け寄ってきた、ボディガードと思わしき人の中で、最も屈強そうな男がユウキの胸ぐらを掴む。騒ぎ立てていた労働者たちが、シンと静まり返る。治安維持隊の隊長であり、この世界で最も強い男、ジェンドール=ガランドだ。千年以上も前、バラバラだったこの地球を1つにまとめ上げた先の戦争で成果を出し、支配階級に配属されている名家であり、優秀な治安維持隊の隊長として代々デクトリアに貢献してきたエリート一族。こんな大物を引き連れているなんて、さすがは神様だと感心する。そして、面倒ごとを起こしやがってと呆れかえる。


「ジェンドール=ガランド、おやめなさい。彼の軽口は承知の上です。私と初めて会った時と変わりません」


 神様からの命令だ、断れるはずがない。ガランドは渋々手を離すと、胸ぐらに触れてしまったと嫌味をこぼす。ユウキはその態度にざまあみろと思わず顔が綻ぶが、火に油を注ぎかねないと判断し、内頬を噛んで我慢した。


「とにかく、何かあったのではないかと心配していたの。元気そうで何より」

「おかげさまで、次からは頼んでもない蘇生なんかすんなよ」

「いいえ。頼んでなくともするわ。それが私の意味だもの」

「はっ。機械仕掛けの女神様だな」


 ユウキは“機械仕掛け”という言葉を罵倒として使う。意味は“自分の意思がない機械のよう”だ。今、目の前にいる綺麗事だらけの女に対して、それしかないのかと嫌味を言ったつもりだが、なぜかマキナは文字通りに受け取り、微笑み、嬉しそうにして、そうねと返した。


 時計の針がⅠから真下を刺すまで、ユウキは居心地の悪い午後の労働をした。マキナはユウキについていくことをきめたようで、昼から絶え間なく付き纏われ、周囲の労働者は、なぜユウキにあれだけなついているのかと怨嗟の目を向けられながら、機械部品の確認を行うハメになった。仕事中、マキナはその仕事ぶりをジッと見ているだけで、何も言わない。気味が悪い。これほど人の目線を感じた仕事は今までになく、就業のブザーは天からの恵みかと思えるほど待ち遠しかった。待ち望んでいた騒音が鳴り響くと、労働者たちはもう一度食堂に集められた。


「諸君、お勤めご苦労。今日はこいつの為に様々な仕事を見せてくれた。諸君らの協力は、この先の管理に役立てていこう」


 総督の別れの挨拶は、雄弁であった最初の挨拶とは打って変わり、この一言だけで簡潔に済ませられた。総督という立場であれ、内心早く帰りたいのだろう。なぜならここは労働者達の巣窟なのだから。それは俺たちだって同じだ。他の奴らもきっとそうおもっているのだろう。総督に長く居て欲しくない。総督はマキナを連れて足早に食堂から出ると、それに続いてマキナ、治安維持隊の連中と、この場を次々に後にした。マキナがユウキを探すように労働者達を見渡していたが、ユウキは面倒ごとはこれ以上ごめんだと、目を合わせないように視線を泳がせた。


 なぜだろう、今日はいつも以上に疲れた。今日はシャワーもほどほどにしてすぐに寝床に着こう。そう思いシャワー室に向かう通路を歩いていると、ラスカの声が聞こえてきた。突き当たりの曲がり角で話しているのか。相手は誰だろうとのぞき見たとき、驚愕した。


 話し相手は、軍服を着たガタイのいい男、先ほど思い切り胸ぐらをつかんできた男、ガランドだった。ユウキは反射的に角に隠れた。ラスカは確かに楽園墜ちを経て労働者となっている。元々は一般階級であったことも十分に考えられる。しかし今ラスカが話しているのは支配階級の、その中でも比較的エリートのジェンドール家の男、この国において、重要な一族の男だ。それほどの男とラスカの間につながりがあるとは思えない。もし何かあるとした場合、そんな一族と繋がりのある男が楽園墜ちをしてきた理由が見つからない。ユウキは目の前の事象に困惑し、ただ聞き耳を立てる他無かった。


「今でも勉強を続けてるんだよ!」


 嬉々としてラスカは続ける。確かにラスカは勉強熱心だ。しかしその理由を今まで聞いたことはなかった。なぜそこまで、希望の持てないこの環境で努力をして来れたのか。嫌な想像が頭をよぎる。もしラスカが労働者達を監視するために送り込まれたスパイだとしたら……?


「ねぇ、本当に勉強続けてたら元に戻れるんだよね?」


あぁ、とガランドは何かを含んだ返事を返す。その返事がよほど嬉しかったのか、ラスカの返事は今まで以上に喜びに満ちあふれていた。


「ボク、頑張るから!もう少しだけ待っててね!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る