機械仕掛けの女神様

※なまえを きめて ください

第1話 ユウキは今日も働いている

 この世界にもし神様がいるのなら、それはきっと鉄くずで、人の心なんてちっとも分からないヤツなんだろう。


―3069.9.18―


 埃と錆だらけの無機質な広場の真ん中でユウキはそう思った。そして驚いた。自分のどうしようもない運命を恨むような言葉を考えるほど疲れているのか。ふと目線を正面にある大時計に向けると、時計の中の重い歯車ががちりと動き、短い針が大きなⅢを指したところだった。もうかれこれ7時間は働いている、仕方ないとは言え、気が滅入るのも無理はない。まだ荷物に宛名をつける作業を続けなければならないのだから。ユウキにとって運命とは、決められていて変えようもないものなのだから。だから没頭するしかない。時計のそばを歩いていた管理官と目があったような気がして、面倒ごとを避けるように、机の上に山のように積み重なる荷物の山に意識を戻していった。


 今日のユウキの仕事は配送物の宛名の貼り付けだ。毎日何十万と、地球中から地球のあちこちに発送される荷物や手紙をどこに届けるべきか、それを決定している。数千年前の流行病のおかげで急速に発展した配送技術も、肝心なところはまだ、人に頼る他ない。最も、ユウキ達労働者は全自動配送AI搭載のドローンや無人操作トラックなんて見たこともない。かろうじてあるのは、労働地区を走る前時代的な蒸気機関のトロッコだけだ。ユウキを含めた多くの労働者は、煙と煤にまみれながら、やりがいなんてものを到底感じられない仕事内容に没頭することを強いられていた。


 山から伝票を1枚取り、それに糊をつけ、荷物に貼り付けた後、宛先の区画ごとにまとめる。伝票をとり、糊をつけ、貼り付け、まとめ、また取り、つけて、貼り付け、まとめる。そして……。


 次に取りかかろうとしたときに、視界の端に新たな紙包みが見えた。追加の荷物かと思ったら、それを持っていたのは管理官ではなく、寮の同室のラスカだった。


「ねぇユウキ」


ラスカはニヤニヤしている。その顔を見て嫌な予感がする。こいつがにやけ顔の時は大抵よからぬ事を考えている。


「悪巧みには付き合わねぇぞ」

「まだ何も言ってないじゃん!」

「いや、言おうとしてた。頼むから巻き込むな。配給を減らされるのはごめんだ」

「まってユウキ。聞いて。まず一回聞いて」

「聞かない。絶対聞くもんか」

「まず見てよこれ。この宛先の区画さ……」


 制止もむなしく、ラスカは話を続ける。


「この宛先の区画さ、この前無くなったんだよ。なんでも人口増加で区画機能が維持できなくなったんだって。だからこれ、届け先が何処にもないの」


 矢継ぎ早にラスカは続ける。


「だからこれはゴミになるわけ。ゴミ拾いなら僕たちの特権でしょ? それに今この場にシュウゾウさんはいない! だから宛先が無効な荷物があったって報告も出来ない。つまりゴミを持って帰ることだって出来る!」


 じゃあここにいないシュウゾウさんじゃなくて、正面につっ立ってる管理官に言えよ……。呆れてこんな言葉も出てこなかった。


「それにさぁ、これ多分教科書だよ! ねえ、一緒に読もうよ!」


 やっぱりか。ラスカは頭が良い。そのうえ勉強熱心だ。そして暴走するときは決まって勉強がらみで、周りが見えなくなる。労働者でありながらラスカは勤勉だ。無造作に捨てられたゴミ置き場から文字の書いてあるものを拾ってきては、それで勉強を続けるほどだ。そして溢れんばかりの熱意に巻き込まれるのはいつもユウキだ。ラスカはユウキが無関心なのをよそに、これはどこどこの教科書でだの低学年向けだからわかりやすいだのなんだのと布教を始めた。


 こうなったら止まらない。無視が吉だ。ユウキは一切の反応を返さなかった。今までの経験から、こうすることが一番効果的だと知っていたからだ。経験通り、しばらく話し続けていたラスカだが、ユウキの無反応に気がつくと、やがて饒舌だった彼もその無関心さに勢いを無くし、やがて何も言わなくなると、とぼとぼと自分の席に戻っていった。


 遠くで叫び声が聞こえた。また労働者の仕事に気が狂った人間が出たのだろう。奴はしばらく狂乱していたが、やがて連続する乾いた破裂音と共に静まった。きっと管理官に処分されたのだろう。かすかに香る血と薬莢の匂いを上書きするように、蒸気機関が煙を噴いた。


 この国は全てが管理されている。職も恋人も、そして運命さえも。


 これは西暦2069年に、地球上すべての国が統一国家デクトリアとなってから1000年間続く常識だ。


 この国ではあらゆる物事が自立稼働式世界演算管理AI、通称デウス=エクス=マキナによって決められ、管理されている。国民が生まれた時には性格検査が行われ、その結果ごとに階層が割り当てられる。何も問題がなければ一般階級に、この国に有益になりうる才能や高い知能があれば支配階級、そして出生が不明、遺伝子情報に異常など、何か問題がある場合は労働者階級に割り振られる。


 階級ごとに割り当てられる仕事も違う。支配階級は行政や教育など、国の運営に関する公務に参加する権利と、圧倒的な待遇を得る。一般階級には勤労の義務はなく、国の繁栄のために豊かな教養と自由に暮らす給付金が与えられ、悠々自適な生活を送る。一般的には芸術活動に精を出している人が多い。労働者階級には労働の義務が与えられ、デクトリアのために一生働いて過ごす。


 また、人間関係も例外じゃない。性格適正ごとに生活圏も割り当てられ、付き合うべき人間も管理される。労働者は資源が比較的採取できる地域に、支配者であれば都市部に、そして一般人には希望の地区に住処が割り振られる。家族という最大級のくくりにも、血のつながりは必要なく、すべて適性検査で決まる。兄がいると判断されれば兄になりうる人が、母親が必要とされればその役割を果たせる人が家庭に配備される。


 この絶対的な管理を抜け出そうものなら、どんな階級であれ労働者階級に落とされる。楽園墜ちだ。この国では犯罪者は永遠の労働という事実上の死刑となる。厳しすぎる罰と、絶対的な安寧を持ってこの国は1000年発展し続けてきた。いまや世界の人口は150億を超える。デウス=エクス=マキナはそれら全てを見通し、全てを管理している。全てを安全に、全てを滞りなく、少しでも異常が見られれば、枝を落とすように処理する。この機械仕掛けの神様の絶対的な管理体制はこれまでも、そしてこれからも続いていく。


「就労時間は終わりだ」


 けたたましいベルと共に監督官がそう宣言する。どうやら時計の短針はいつの間にか真下を指していた。労働の終了だ。もう時間か、疲れ果てた労働者たちはものも言わず、機械のように立ち上がる。皆あのまずい食事に向かうのだ。ユウキも何十時間かぶりに立ち上がる。今日もまたあのお世辞にもおいしいと言えない食事が出されるのだろう。それが終わった後はシャワーを浴び、来る明日の仕事に向けて休むのだろう。毎日がそれの繰り返しでユウキの心が踊ったことはない。しかしふとラスカを見ると、今日は心なしか楽しみにしているようだった。


 この調子を見ていると、よこせと言ってきそうだな。ラスカの行動を予測していると、いやに心拍が上がってきた。確かに、これまでラスカに、ただでさえ少ない配給を奪われてきた。今日は仕事を邪魔された上に訳のわからない教科書の普及もされた。あの後結局、荷物を落として、箱の隅を軽く潰してしまったのを管理官に見つかり、配給を減らされるという処罰を受けた。少なくなった配給を横取られるのは許せない。何が何でも配給は守らなきゃな、そう思って一歩踏み込んだ。


 ……しかしその右足はユウキの体を支えることはなく、体を床に激しく打ち付けた。何が起こった?転んだのか?状況を把握しようにも理解ができない。立ちあがろうにも手足を動かすことができない。心臓が頭に血を送ろうと激しく脈動するが、頭のどこかで詰まっていくのを感じる。長いこと同じ姿勢を取り続けたことで、血管に血の塊が出来、それが脳の血管を塞いでしまうことをかつてエコノミー症候群とよんだ。ユウキの血管内にいつの間にか塊が出来、脳の血管を塞いでしまった。血液の足りない脳に必死に血を通そうと、心臓が激しく脈打つ。すると頭のどこかで、パチンとなにかが弾けた気がした。じわり、と何かが頭の中で広がっていく。気分が悪い。ユウキの手足は徐々に冷え込み、頭のなかは反対に生暖かくなる。頭が割れるように痛い。なのに何もできない。薄くなっていく視界の中、ラスカが他の労働者をかき分けて、わざわざ遠くから駆け寄ってきたのが見えた。何かを叫んでいるようだが、もはや鼓膜は機能していない。そして泣いているのもかろうじて見えたが、何故泣いているのか、理由までは分からなかった。なぜ。他のやつはなんともないのか。俺に何が起こった。頭の中に次々に沸いて出る疑問に結論をつける間もなく、やがてぷつりと何かが切れ、ユウキは真っ白な世界に落ちていった。

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