痴漢から助けて始まる恋

水島紗鳥@2作品商業化決定

第1話

 とある日の朝、大学へ向かう電車に乗っていると明らかに痴漢されている背の高い美人な女子高生を見つけた。

 女子高生は震えておりこのまま見過ごす事はできないと思った俺は1限の授業に遅刻する事も覚悟で犯人の手を思いっきり掴み上げる。


「おい、何やってるんだよ。痴漢は犯罪だぞ」


「やめろ、離せ」


 俺に掴まれた小太りで中年の男性は激しく抵抗し始めるが俺はその手を決して離さない。

 駅に着いたタイミングで俺は周りの乗客に声をかけて駅員を呼んでもらい、中年男性を引き渡す。

 その際中年男性は冤罪だと大声で叫んでいたが女子高生本人と周りにいた他の乗客達からの証言によって何も言えなくなり、そのままどこかへと連れて行かれた。


「あの、助けていただいて本当にありがとうございました」


「いやいや、当然の事をしただけだよ。じゃあ大学の授業に遅刻しそうだから俺はもう行くよ」


「あっ、またお礼をしたいのでせめて名前だけでも……」


 女子高生は何かを話していたが、遅刻するかどうかギリギリの時間だったので俺はその言葉を聞く事なく足早にその場を立ち去り次の電車に飛び乗る。


「今日の1限目って確かスペイン語だったよな? 遅刻したら結構面倒だな……」


 第二言語であるスペイン語の授業は厳しく出席を取るためできれば遅刻したくなかった。

 だが痴漢されて震えていた見知らぬ女子高生を救う事ができたのだから後悔はしていない。

 それからしばらくして大学の最寄駅に電車が到着したわけだが、バスの待ち時間とバス停からの移動時間を考えると遅刻するのはほぼ確定だった。


「あーあ、平常点からマイナスされるの確定じゃん。まあテストで点数取れば関係ないか」


 俺は頭の中をポジティブに切り替えて急足で大学の教室へと向かい始める。

 結局スペイン語の教室へは約10分ほど遅刻して到着した。

 授業終了後、俺は一緒にスペイン語の授業を受けていた高校時代からの友達、村上京介むらかみきょうすけに遅刻の事情を聞かれる。


浩太こうたが授業に遅刻するってめちゃくちゃ珍しいな。何かあったのか?」


「いや、電車の中で痴漢されて女子高生を見つけてさ。助けてたら大学に着くのが遅くなったんだよ」


「マジかよ、お前めちゃくちゃカッコいいな! 中々できる事じゃないぜそれ」


 そう褒められて嬉しくなった俺はちょっと照れた表情を浮かべながら話す。


「人として当然の事をしただけだって」


「それでお前が助けた女の子は可愛かったのか?」


「おいおい、急に何を聞いてくるんだよ」


 突然そんな事を聞いてきた京介に対してそう答えるが、彼は助けた女の子に対して興味津々な様子だ。


「……チラッとしか顔は見てないけど多分可愛かったと思うよ」


「いいな、それで連絡先とかは交換したのかよ?」


 テンション高めにそう聞いてくる京介の言葉を聞いて、連絡先どころかそもそもなんの情報も聞いてない事に気付いた。


「あっ、そう言えば名前すら聞いてなかったわ」


「うわ、めちゃくちゃ勿体ない。せっかく可愛い女子高生と付き合えたかもしれないのに」


 残念そうな表情を浮かべている京介に対して俺は口を開く。


「確かにちょっと勿体無かった気もするけど、それが目的で助けたわけじゃないからな」


「って、もう次の授業始まる5分前になってるじゃん。じゃあな浩太」


「もうそんな時間か。またな京介」


 俺は京介と別れると次の授業であるマクロ経済学の教室へと急いで向かい、その後の授業も全て真面目に受けるのだった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 大学から家に帰り自分の部屋に行こうとしているとリビングで勉強していた高校3年生の俺の妹緋夏ひなの姿が視界に入る。


「あっ、お兄ちゃんおかえり」


「ただいま」


 俺は緋夏に一言だけ声をかけると自分の部屋へ向かい始めた。

 そして俺は明日までに提出しなければならない課題をノートパソコンでやり始める。


「浩太、ご飯できたわよ」


 しばらくして母さんが呼びにきたので食事のためにダイニングへと向かう。


「いただきます」


 それから俺と緋夏、母さんの3人で夕食を食べ始める。

 ちなみに父さんは仕事の関係で単身赴任となり県外に行っているため今家にはいない。


「今日さ、学校の友達が電車の中で痴漢にあったらしいんだ。怖いよね」


「それは怖いわね」


 夕食を食べながら緋夏と母さんの話を聞いていた俺は今朝の事を思い出してつぶやく。


「へー、奇遇だな。俺も今朝電車に乗ってたら痴漢にあってた女の子がいたから助けたよ」


「えっ、それっていつもの電車の事だよね。痴漢にあってたのって身長の高い色白な女の子じゃなかった?」


「そう言えばそうだった気がする」


「……ひょっとしてこんな顔の子じゃない?」


 緋夏はテーブルを挟んだ向かい側からスマホの画面を俺に向けて見せてきた。


「あっ、俺が朝助けた子だ」


「電車の中で彩ちゃんを助けたのはお兄ちゃんだったんだ」


「浩太、やるじゃない」


 俺が助けた女子高生は緋夏の友達だったらしい。


「まさかあの女の子が緋夏の友達だったなんて……世間は狭いな」


「お兄ちゃん、何も名乗らずに立ち去ったでしょ? 彩ちゃん助けてくれた人に何かお礼をしたいって話してたよ。またお兄ちゃんがいる時に家に呼ぶね」


 どうやらあの女の子と近いうちにまた会う事になりそうだ。

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