机の置手紙
神崎翼
机の置手紙
桜の幹が見える教室の窓際。あてがわれた席に座り、机の木目を見つめる。
去年、この机は誰かのものだった。毎年のことだ。校舎の中で最も移り変わるのは人である。しかし同じ教室に同じ人数がぴったり宛がわれるとは限らない。だから、ずっと同じ教室で使い続けられる机と椅子もあれば、三年生の机が一年生のクラスに持って行かれることも、しれっと新品が混ざっていることもある。整然と並べられた同じ規格の机と椅子。前誰が使っていたか机かなんて、わかるはずはない。
だけども、この机だけは誰のものかわかった。机に置手紙があったのだ。通常、こういうものは三学期の最後の大掃除で全て排除される。机の中には紙切れ一つ残さないし、残らないように注意が払われている。しかしそれは、前に使っていたのが普通の生徒だった場合の話だ。
この手紙の持ち主は、怪談だった。
『置手紙のナナコさん』という怪談をご存知だろうか。おそらく知らないと思う。万が一知っていたならあなたはうちの卒業生である。
『置手紙のナナコさん』というのは、わが校伝統の七不思議の一つだ。昔、女子の間で手紙の交換が流行っていたとき、とある女子生徒の机の中に「放課後お話したいことがあるの ナナコ」という手紙が入っていたのだという。しかし不思議なことに、そのクラスに「ナナコ」という女子生徒はいなかった。不思議に思ったその生徒は、教室の外でこっそり待つことにした。教室は一階で、丁度窓際の席だったため、外に出て窓から教室の中をうかがうことにしたのだ。放課後、教室の外に生えた桜の幹の影に隠れながら、窓越しに教室の扉を見張る女子生徒。しかし、待てども待てども誰も来る様子がない。女子生徒は悪戯だったのだろうかと思い、何の気なしに窓に近寄り、自分の机を見た。そしてすぐ、女子生徒は異常に気付いた。
『放 課 後 お 話 し た い こ と が あ る っ て い っ た の に』
そう、机の上に真っ赤な文字が刻まれていたのである。刻まれていたというのは、文字通りの意味だ。彫刻刀で削られた机が血を流したような、血文字のような赤いメッセージが、机に刻み付けられていたのだった。
……今、私の机がそうであるように。
赤い、おそらく触れればデコボコとした置手紙が刻まれた机。新しく担任になった先生がそれに気づくまで、結局触れることも出来ず。教室の外では、はらはらと桜吹雪が散っていた。
机の置手紙 神崎翼 @kanzakitubasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます