第4話 山から呼ばうもの②

***


 駿は、どうしてこんなことになってしまったのだろうと、本気でげっそりしていた。

 大学受験に向けての勉強で忙しいのに定期考査は容赦なくやってきて、その勉強で本来大変な時期のはずなのに……なぜか今、琴子と一緒に平坂を歩いている。

 帰っているのではない。天文部員だという三人の男子生徒と一緒に、今からUFOを見に行くことになったのだ。

 知るかよと言って帰ることができないのは、あきらかに天文部員たちも巻き込まれたという顔をしているからだ。いくら見ず知らずとはいえ、琴子の暴走に彼らだけを巻き込ませるわけにはいかなかった。

 それに、詳しい話を聞くと、どうにも放っておけないなと感じたのだ。


「あ、この辺です。このあたりから山を見たときに、変な不思議な光を見たんです」


 琴子が持ってきたランタンで照らしながら歩いていると、天文部員のひとりが声を上げた。それに反応して、全員が足を止める。

 本当はUFOなんて探さずに解散したかった駿も、渋々立ち止まる。

 見たくない、山なんて見るもんじゃない――そうは思っても後輩を置いて帰るわけにはいかないから、右にならえで山を見る。


「……何も見えんな」


 いくら自分たち周辺を明かりで照らしても、別に山が明るくなったわけではない。だから当然、山のほうを見ても何か見えるわけがない。


「この前みたいに、山が光ってたらわかるんだろうけど……」

「待てばいい! しっかり見張って、光が出てくる瞬間を押さえよう!」


 来たはいいものの問題の光が見えないことに、天文部員のひとりが自信をなくしそうになっていた。そこですかさず琴子は声を上げ、士気を上げようとする。

 これはしばらく粘るのだろう――琴子以外の全員が、そう悟ったようだった。だから各々少し離れ、山をじっと睨むことにした。

 そうして同じ行動を取っているように見せかけても、駿の頭の中は忙しかった。どうこの場を解散させて、無事にみんなを家に帰すかということを必死に考えている。

 つい最近まで流行っていた平坂のやばい噂が収束したとはいえ、この場所に何もなくなったわけではない。それに今は夜だ。圧倒的に、生きている自分たちに分が悪いのはわかっていた。

 人間の目から見ても、今の自分たちの行動が奇異に映るのは当たり前だ。だから、人間ではないものの目にも、やはり異様な、物珍しい行動に映るのだろう。

 ……こんな変なことをしてしまっているせいで、何かが寄ってきているのを感じていた。まだそこまで距離を詰められているわけではないから、姿は見えない。だが、確実に気配は感じていた。

 その気配は、それなりの数がいるように思える。

 つまり、こんなところに立ち止まって山なんて見ているものだから、「おいおい、こいつら何やってんの?」と、幽霊たちに興味を持たれてしまっているのだ。

 今はまだ興味を持って見られているだけだからいいが、何が起こるかわからない。憑いて来られるかもしれないし、脅かされるかもしれない。だから、そうなる前に琴子や天文部員たちを帰したいのだ。

 いざとなれば琴子の背後のゴツイやつが何とかしてくれるかもしれないが、それも不確定要素が多くて不安だ。今も、ワクワクしている琴子の感情に連動しているのか、機嫌がよさそうにマッスルポーズを取っているだけだ。

 それなら、強い力はなくとも見えてしまう自分が何とかするしかないのだろうと、駿はいやいやながらも頭を働かせていた。


「え? 今何か聞こえた……?」


 しばらく無言で山を見つめていると、不意にひとりがそんなことを言った。反射的に耳を済ませようとして、駿はぞわりと寒気を覚える。

 

「何か言ってる。『おい、おーい』みたいな?」

「え? 本当か?」

「何て言ってるかわかんねえけど、声はするな」


 山に光を探していたはずなのに、いつの間にか一行は聞こえてくる声のようなものに気を取られていた。

 だが、駿はひとりで焦っていた。


(山から聞こえてくる声って、やばくないか? 何だっけ……山にまつわる怖い話、多すぎだろ……)


 めったなことはせず、適確な行動を取らねばと駿は頭をフル回転させた。

 登山客を惑わそうとする「おーい」という呼び声。キャンパーのバイクを馬だと思って欲しがる、テントの外に見える細く縦にやたらと長い不気味なもの。つづら折りの坂道を下れども下れども道の先にいる老婆。キャンプ場の隅で人間たちのおしゃべりを復唱する猿のような獣――。

 何か、何か、何か。解決の糸口はないかと、駿はビビリながらも必死で考えていた。そんなとき、琴子が何かに気づいた。


「あれ? 光?」


 そう言って、琴子が双眼鏡を構え直そうとした瞬間、駿はそれを掴んで強引に止めた。


「見るな!」


 駿は、咄嗟に気がついた。琴子が見つけた光が、揺れていることに。その揺れは、少しずつ下に下っていることに。

 つまり、光は山を下って移動してきているということ。声を出していたのは、自分のほうに注目させるため。それなら、光を持っているのは? おそらく、自分のほうを見させるためだ。

 そんなことを頭の中で瞬時に思い浮かべて、駿はやばさを悟った。

 山から呼ぶもの。自分の姿を見せようとするもの。そういった話にいいものがあった試しはない。

 聞いたら、見たら、おかしくなってしまうのが定番だ。

 これ以上ここにいてはいけない。だが、かといって怯えて逃げ出すような姿を見せるのは得策ではない。怯えて逃げれば、興味を持って近づいてきているものたちを刺激してしまうだろう。

 だから駿はあくまでさりげないふうを装って、不釣り合いなほどのハイテンションで言った。


「俺んち、もうすぐ近くなんだよ! 誰が一番に着くか競争しようぜ!」


 競争って何だよと自分でツッコミながら、とりあえず駿は走り出した。琴子は手を引かねばならなかったが、あとの三人は何かに気づいたらしくちゃんと着いてきていた。

 視線は山から離せても、もしかしたら声は聞いてしまうかもしれないと思い、駿は恥をしのんで「フゥーッ」とらしくない声を上げた。察しがいい三人もそれに合わせて、似たような奇声を上げた。ご近所迷惑ごめんなさいと思いながら、駿は自分の家まで走る。

 

「さぁ、ここ、俺んち! あんたら、今夜は泊まってけよ。あ、コトラは家まで送ってくからな」

「えー!? みんなだけお泊り会とかずるくないですか?」


 玄関を開けて全員を滑り込ませて、ようやく駿は落ち着くことができた。家の中は、ある種の結界だ。精神的なものによるところが大きいと思うが、やはり内と外を区切る存在なのは間違いない。

 琴子は状況が飲み込めずひとりでブーブー文句を言っているが、天文部員たちは少しはわかっているようだ。彼らがわかっていれば十分で、駿は彼らを自分の部屋に通して再び玄関に戻った。


「送ってくから帰るぞ」

「そんなあ。……でもまあ、定期考査前にお泊り会とかしたら親に怒られるから、帰りますけど」


 ごねるかと思った琴子がすぐに引き下がってくれたことに、駿はほっとした。だが、玄関を開けて聞こえてきた声に再び縮み上がる。

 そちらに視線を向けはしなかったが、山のほうからかすかに声が聞こえてきたのだ。最初に聞いた「おーい」ではなく、「フーッ」という奇声に聞こえて、駿は血の気が引くような思いをした。それでも恐怖を何かに、琴子に悟らせるわけにはいかないから、平静を装う。


「何で山を見るなって言ったんですか? 見るなって言われたから、見ませんけど」


 歩きだすと、琴子がクリッとした目で駿を見上げて尋ねてきた。聞かれるとは思っていたが、こうも正面切って聞かれるとどう答えたものかと悩む。その点、天文部員たちは察しがよくて助かった。これが、オカルトをわずかでも信じている人間か信じていない人間かの差なのだろう。


「いや、あれさ、その……悪い宇宙人だったらやべぇじゃんって思って。ほら、宇宙人による連れ去りとかあるだろ? コトラもいくらUFOが好きでも、連れ去られるのは嫌だろ。解剖されるかもしれないぞ」


 琴子のUFO好きを利用しようと、駿は以前テレビで見た浅知恵で乗り切ろうとした。というよりまだ幼い頃駿は、本気でUFOや宇宙人を怖がっていたのだ。今となっては、いるとしたら実体がある宇宙人よりも、実体がないくせに害をなしてくる幽霊なんかのほうがよほど怖いが。


「……そうですね。アブダクションと見せかけてキャトルミューティレーションだったら困りますもんね」

「あ、アブ? キャトル……? ん?」

「先輩、その反応はアブダクションとキャトルミューティレーションの違いがわからないんですね? だめですよ、そんなんじゃ!」

「お、おぅ……」


 うまいこと話をそらせたのはいいものの、駿の発言は琴子の何かのスイッチを押してしまったらしい。

 その後駿は、琴子を家に送り届けるまでの間、アブダクションとキャトルミューティレーションの違いについてこんこんと説明されるはめになったのだった。


 

 

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