第2話 何かがついてくる②
学校を出て、琴子は駿と一緒に帰り道を歩いていた。偶然にも、二人とも徒歩通学組だったのだ。しかも、帰る方向まで一緒だ。
だが、これはただ帰っているだけでなく、立派な怪奇クラブの活動なのだ。
源から自分が顧問の研究会に入らないかと誘われたときは何事かと思った琴子だったが、いざ部室に行って話を聞いてみると俄然興味が湧いた。そして、その研究会の真の活動内容である怪奇クラブというのも、秘密結社めいていて最高だと思って入部を即決した。
せっかく転入してきて新しい学校に来たのだから、何か生活が一変するような出来事が欲しかったのだ。活動は地味かもしれないが、他の誰も知らない部活に入ったというのが、まるで物語の始まりのようでワクワクする。
「このへん、もう少し外灯が増えてほしいですよね」
「お、おう。そうだな」
黙々と隣を歩いていた駿に、琴子は声をかけた。会話が弾むことはない。だが、こうして話しかけるときちんと答えてくれるから何だかおかしかった。
源から研究会について事前に聞かされたとき、この愛想はないが感じは悪くない先輩のことについても聞かされていた。目つきが悪いが睨んでいるわけではない、肌が黒いが焼いているわけではなく地黒、口数は少ないが怒っているわけではない、これらの特徴から不良扱いされているがいたって善良――それが、源の駿に対する説明だった。
それを聞かされていたから、駿のことを怖いと思わなかったし、むしろ仲良くなるのが難しい野良猫に接するような気分で、今もワクワクしている。
それに一緒に歩きながら、駿が何だか怖がっている様子なのが気になっていた。
「怖い噂を流すの、やめてほしいですよね。怪我人が出ちゃって、みんな不安な気持ちになってるのはわかるんですけど」
問題の場所が近づいてきて、琴子は少し声を落として言った。あまり大きな声を出して、この見た目はナイフのように鋭いのにふるふる震えている先輩をこれ以上脅かしたくなくて。
今日、こうして琴子と駿が並んで帰っているのは、最近夜宮高校で流布している噂の場所へ行くためだ。噂が流れているだけでなく、怪我をした人が出たとクラスメイトから聞かされて、琴子は放っておけないと思っていたのだ。きっと怪奇クラブに入らずとも、首を突っ込んでいただろう。
「半分冗談として話されてたのが、怪我人が出たことで信憑性が増して人の口にのぼるようになったのが問題だな。たとえ何もなかったとしても、不安感を煽ってるってだけで害だ」
噂の舞台となっているのは、平坂と呼ばれる緩やかな坂道だ。その坂をじっと睨むように見つめながら、駿は言った。
この言い方だと、駿は“何かある”かもしれないと思っているということなのだろう。つまり、琴子のようにオカルトなんてないという考えで人の恐怖を取り除こうとしているわけではなく、オカルトがある前提でこの活動をしているということだろう。
それはきっと怖いだろうなと、琴子は駿が気の毒になった。
「怖いって気持ちを持つだけで、十分害ですもんね。……こわたん先輩、私も一緒だから大丈夫ですよ」
少しでも安心させることができればと、琴子は駿の制服の裾をつまんでみた。もっと親しければ、もしくは同性であれば手を繋ぐこともできたのだが、初対面の異性の手を握る度胸は、さすがの琴子も持ち合わせていなかった。
「お、お、おう……ありがとう」
裾を掴まれた駿は一瞬驚いて、それから照れて、だが最終的には琴子の背後を見て表情を強張らせた。源といい駿といい、なぜか最近背後というか頭上を見つめられることが多いのが気になる。
気になるが、そんなことにこだわっている場合ではない。琴子は心持ち駿より前を歩き始めた。
「私、ここには何かあると思うんですよね。実際に、陸上部の子は怪我しちゃったわけですし」
「え、わ、わかる……? 何か、見えてる……?」
「ん?」
転んで怪我までした人がいるとなると、その原因となったものがあるに違いない。たとえば、足を引っ掛けてしまうような木の枝か何かが――琴子はほとんど思いつきのように言っただけなのだが、それは駿をひどく怖がらせてしまったらしい。
駿は怯えたようにキョロキョロと視線を泳がせ、足取りが慎重になった。まるでそこに何かがいて、それに気をつけているかのように。
(先輩には、何か見えてるのかもしれない。もしくは、気配を感じ取ってるとか……?)
そんなことを思ったとき、琴子はあることをひらめいた。
いるのなら、いるとして扱えばいいのだ。こういう状況で使える“呪文”があったのを思い出した。
「べとべとさん、お先にお越し!」
駿の裾を引っ張ったまま一緒に道の端に避け、琴子は叫んだ。そこに何かいるかのように。その何かに道を譲ったかのように。
そのとき、ちょうどタイミングよく強い風が吹いた。その風の行方を追うように、駿の視線も動いた。
「コトラは、オカルトは信じてないのに妖怪は信じてるんだ……?」
何か信じられないものでも見るような目で、駿が琴子を見ていた。琴子が“呪文”を唱えたのが、どうやら驚きだったらしい。
部室では露骨ではないもののオカルトを否定するようなことを言ったから、今みたいなことをするとは思われていなかったのだろう。
「妖怪、信じてますよ。妖怪も、UMAもツチノコも、全部いるって思ってます! だから今のはきっとべどべとさんだろうなって。それなら、道を譲れば大丈夫かなって考えたんです」
「そ、そっか。……すげぇ」
琴子が自分の考えを述べると、駿は驚いたような、ややドン引きしたような顔で笑った。
だが、引きつっていても笑顔は笑顔だ。
駿を笑顔にできたことに安心して、琴子は再び彼の制服の裾を引っ張って歩きだしたのだった。
***
今日は金剛力士像を背負ったすごい女子を怪奇クラブにどう勧誘するかということで苦戦するだろうと思っていたのに、その予想は裏切られた。
問題の女子生徒――男虎琴子が思いのほか乗り気で、入部を即決してしまったのだ。
そしてそれに調子づいたのか源が、「それなら早速、問題の坂に行ってみたらどうかな。というより、二人とも通学路だったよね」などと言い出したのだ。
というわけで駿は琴子と問題の場所である平坂へ向かっていたのだが、時間が早いにも関わらず雰囲気は悪かった。
噂が広まるまでも、そんなに空気が良かった場所ではない。だが、せいぜい何かがふよふよ漂っているくらいで、夜宮高校の校内にいるときのような緊張感はなかった。
ところが、今日こうして歩いてみると、やはり状態が悪化しているのがわかった。噂の内容が変容したことと、実際に怪我人が出たことで力が増したのだろう。
坂に近づくごとに、そこに何か悪いものがいるという雰囲気がしっかりと感じられる。その姿をはっきりと見ることができずにいるということが、駿は何だか怖かった。
だが、そんなことより怖かったのは、一緒にいる琴子だ。すごい守護霊を背負っているにも関わらず、本気で何も見えていないようだ。
部室を出て校内を歩くときも、校門まで歩くときも、こうしてやや不気味な雰囲気の道を歩いているときも、まるで動じない。駿の目には時折とんでもないものが映ってその度ビビらされているというのに、琴子にはそんなものは一切感じられないし見えていないらしい。
だから、身構えてビクビクしている駿を気遣う余裕すらあった。足がなかなか進まない駿を促すためか励ますためか、制服の裾を掴んで引っ張るということまでしてくれた。
なぜか駿は背後の金剛力士像みたいな守護霊にも気に入られてしまったみたいで、それは度々駿に対してにこやかな視線や身振り手振りで何かを訴えかけてくるのだ。そしてノールックで、そのへんにいた害になりそうなものを消し去ってしまう。それが駿は有り難いものの怖かった。
そして何より怖かったのは、いよいよ問題の平坂を登り始めたときのことだった。
歩きながら、駿は背後に何か嫌な気配を感じていた。それまで形を持たなかったかすかなモヤモヤしたものが集まってきて形を成していくような、そんな気配だ。
どんどん集まっていって形ができあがったら、きっと追いかけてくるのだろう――そんなことを考えてしまったから、駿は怖くてたまらなくなった。
そんなとき、唐突に琴子が叫んだのだ。
「べどべとさん、お先にお越し!」
その直後、それまで比較的おとなしくしていた琴子の守護霊が、その腕をぶんっと振ったのだ。そうすると、不思議な風が起こる。その風に吸い込まれるようにモヤモヤは集められ、そして遠くへ飛ばされて霧消してしまった。
守護霊は、あきらかに害あるものに形を変えつつあったものを、腕ひと振りで消し去ってしまったのだ。その上、当の本人はそんな不気味なものが近づいてきていたというのに、べどべとさんなどという大してメジャーではない妖怪として片付けた。
(幽霊は信じてないのに妖怪は信じてんのかよ……)
無事に片付いたことに安堵しつつも、やはり琴子のことがまだ駿は理解できないのだった。
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