よみや高校怪奇倶楽部〜こわがりな先輩と最強守護霊憑いてるちゃん〜
猫屋ちゃき
第1話 ひとり多い①
怪談とは、怖さや怪しさを感じさせる、化け物や幽霊の出てくる話のことだ。
人間の多くがそういった話を好むため、怪談が廃れることはない。
古くから語り継がれている怪談といえば、四谷怪談や皿屋敷などがあるだろう。もう少し現代よりのものなら口裂け女や人面犬、トイレの花子さんなんてものもある。
それらは多くの人間の口を経て語り継がれてきたため、少しずつ形を変え、時には別の話と組み合わされたり違うオチをつけられたりすることによって、たくさんの類話や進化した話を残してきた。
それだけでなく、日々新たな怪談は生み出されている。
怪談が生まれやすい場所というものもある。
学校は、そのうちのひとつだ。
人々の生活圏にありながら、ちょっと外界から隔絶された雰囲気があるからだろう。
怪談が生まれるのには、雰囲気が大切だ。“何かがいそう・ありそう”と感じる、心の隙。わずかな恐怖や違和感。そういったものが必要になるから、新しい学校よりも古い学校のほうが怪談が生まれやすいといえる。
■県■市にある夜宮高校も、そんな学校のひとつだ。
もうすぐ創立百周年を迎えるという、伝統ある学校である。旧制中学校を前身としており、戦後の学制改革により■県立夜宮高等学校となった。
市街地へは電車で三十分もあれば着くという、郊外でありながら田舎過ぎないという好立地にある学校で、そのためこの地域の中ではそこそこの偏差値の高さを誇る進学校だ。
前身が旧制中学校というだけあって、校舎はとにかく古い。当然百年前からの校舎をそのまま使っているわけではなく、建て替えや移転、増築は繰り返されているが、新設校と比べればかなり年季が入っている。
そのため、些細なものとはいえ怖い話や不思議な話というのが数多く存在していた。“学校の七不思議”などと体系化されるようなものではないものの、ちょっとした噂話として先輩から後輩へ、それからまた下の学年へと伝播されていくものとして。
そういった土壌があったせいか、この学校の生徒たちは普通よりもオカルトへの関心が高いといえる。
そのため、軽率に怪しいもの――怪異に近づいたり引き寄せたりしてしまう生徒も、少なからずいるのだ。
最近も、女子生徒四人が怪異を引き寄せることを行っていた。
それは、春休みのある日のこと。
文化部に所属するその女子生徒たちは、暇を持て余していた。運動部のように決まった活動もないのに、春休みの間に何日間か登校しなければならないという決まりがあったせいで、そういう暇な時間ができてしまったのだ。
最初の数日は新入部員がやってくるのに備えて掃除をしようと言って時間をつぶせたが、そのうちに本当にすることがなくなってしまった。
そんなときに、誰かが言い出したのだ。「こっくりさんをやろう」と。
口々に「何それ」とか「いやいや、そういうのないでしょ」なんて言いながら、気がつくとスマホでやり方を調べていた。欲しい情報なら大体、この小さな器械で調べられる便利な時代だ。こっくりさんを呼び出すための方法も用意するものも、簡単に見つけることができた。
用意するものは十円玉と、鳥居の絵と、「はい/いいえ」という文字、ひらがな五十音と濁音と半濁音を表す記号、それから〇から九までの数字を書いた紙だ。
その鳥居の上に十円玉を置き、「こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください。もし来られましたら、『はい』のところに十円玉を動かしてください」などと言うのだ。
これらの文言に特に決まりはない。とにかく“こっくりさん”に呼びかけて来てもらうのが目的だ。
紙を用意して十円玉を鳥居のところに置くと、四人の女子生徒は緊張した面持ちになった。
おふざけで始めたことだったが、紙を用意するうちにだんだんと本気になってしまったのだ。何となく、自分たちを取り巻く空気すら変わった気がしていた。
四人は声を揃えて、こっくりさんに呼びかけた。
すると、十円玉はゆっくりと動き出し、「はい」のところへ移動した。
そのことに興奮した四人は、いろいろと質問していった。
こっくりさんは簡単な降霊術で、呼びかけに応じてやってきた霊が質問に答えてくれるというものだというのが四人の認識だったから。来てくれたからにはいろいろ聞きたいと思ったのだ。
「私の将来の旦那さんはどんな人?」とか「担任は誰になる?」とか「彼氏はできる?」とかとりとめもない質問ばかりだったが、それらに対する答えが「はげ」「でぶ」「むり」だったことで笑いのツボに入った。そのため、笑いすぎて勢いあまって、十円玉は飛んでいってしまった。
「……ふざけすぎたね」
十円玉が飛んでいったことで少し冷静さを取り戻した四人は、はしゃぎすぎてしまったことにやや気まずくなった。それにちょっぴり、苛立ちも覚えていた。
四人が四人とも、自分以外の誰かが十円玉を動かしていると思い込んでいたのだ。だから、ふざけすぎたその誰かに対して、少しイラッとしていたのだった。
だが、だからといってそれを口に出して咎める者はいなかった。たかが遊びだ、暇つぶしだ。こんなことにマジになってギクシャクしたほうが問題というものだ。
だから、そのままその日はお開きになった。こっくりさんに使った紙も、ただクシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てて。
四人にとっては、これでこの遊びは終わりにできたはずだった。
だが、こっくりさんの儀式についてきちんと知る人なら、これではいけないのがすぐにわかっただろう。こっくりさんには、きちんとした手順があるのだ。
簡単に言えば、“来て”いただいたものには“帰って”いただかなくてはならない。“帰って”いただいていないということは……つまりまだ、そこにいるということだ。
四人がそのことに気がついたのは、それから少し経ってからだった。
気がついたきっかけは、身の回りに異変が起こり始めたこと。それは異変というほどはっきりしたものではなく、違和感と表現するのが正しいかもしれない。
ひとり多い――それが、四人の女子生徒が感じている違和感だった。
四人そろって会話していたら相槌がひとりぶん多かったり。並んで歩いていて隣にいる人に話しかけたら、そちら側には誰もいなかったり。
そんな小さな違和感が降り積もっていくうちに、四人は恐怖し、確信したのだ。
こっくりさんは本当にいて、まだ帰っていないのだ、と。
***
夜宮高校は教室棟と呼ばれる建物と特別棟と呼ばれる建物、それから体育館と柔剣道場と図書室で構成されている。
教室棟とは文字通り生徒たちが日頃過ごす教室が集まった建物で、特別棟は理科室や音楽室、美術室などが集まった建物だ。教室棟は築年数がまだそんなに経っておらず、特別棟にはかなり年季が入っているため、生徒たちからは新棟・旧棟と呼ばれることが多い。
その呼ばれ方からも察することができるように、特別棟は生徒たちからあまり好かれておらず、古くて暗くて不気味だとすら思われている。そのため、用がなければ近寄る者はほとんどいない。
特に一階部分は晴れた日でも陰になっていて気味が悪いため、移動教室で理科室などに行かなければならないときは、二階か三階の連絡通路を通って目的の教室に向かうようにしている。それがどれだけぐるりと遠回りになることになっても、一階部分に直接アプローチをかける生徒はまずいなかった。
それは明文化された校則よりもはるかに守られている、夜宮高校の不文律だ。ごく自然に、いつの間にか上級生から下級生に伝えられている、不思議な決まり事だ。
そんなわけで、特別棟に、特に一階部分には人が寄り付かない。それを利用して、特別棟の一室を私物化している人物がいる。
その人物がいるのは特別棟の入り口にほど近い、地理準備室だ。そこは準備室として使われなくなってから郷土研究会という同好会に部室として与えられていたのだが、その同好会も虫の息でまともに機能していない。だから、その人物が居着くのにちょうどいい場所だったのだ。
その人物・小幡(こわた)駿(しゅん)は、憂鬱な気持ちでスマホの時計を確かめた。
約束の時間になっても待ち人が来ないため、元々憂鬱だったのがさらに鬱々としてきたのだ。自らここに閉じ籠っていながら、こんなところからは一秒でも早く出ていきたいと思っている。でも、待ち人がいないと安心して校内を歩くことができない。だから、どんなに憂鬱な気分でも待つしかないのだ。
幽霊やこの世のものではない存在が見える駿にとって、この夜宮高校はとんでもない場所だった。学校という場所が幽霊や念のようなものが留まりやすいというのはこれまでの経験でわかっていたが、そういうレベルではない。とにかくうじゃうじゃいるのだ。
どこからか噴き出しているのか流れ着いて溜まっているのか、わからないがかなりの数が校内にいて、ちょっと歩けば必ず目にしてしまう。
犬も歩けば棒に当たるではなく、駿が歩けば幽霊に当たる、だ。災難としか言いようがない。
落ち着かない気分になってきた駿は、通学カバンをギュッと抱きしめた。目つきが悪い高校生男子がするには可愛すぎる仕草だが、そんなことに構っている余裕はない。
それに、ちょっと近寄りがたい見た目をしているだけで、駿は怖い人間などではない。目つきの鋭さと地黒な肌のせいで、染髪もピアスもしていないのに不良と間違われる哀れな少年なのだ。
「引き篭もりくん、迎えに来たよ」
「源先生、おっせぇよ!」
しばらくカバンを抱きしめて耐えていると、ガラッと戸が開いて待ち人がやってきた。
入ってきたのは、眼鏡をかけたひょろりと長身の男性。源(みなもと)光史郎(こうしろう)という。
細身の眼鏡教師に詰め寄る目つきの悪い生徒、というと先生のほうがいじめられているように見えるが、駿は源のことをかなり頼りにしている。というより、光史郎がいなければこんなところで学校生活を送れていなかっただろう。
正確にいうと、駿が頼りにしているのは、源の背後の人物だ。源の後ろには、強い守護霊が憑いている。その守護霊は烏帽子に狩衣という服装から、何となく陰陽師とかそんな感じの術者なのではないかと駿は思っている。
その術者のおかげで、校内をうろつく有象無象の霊たちは源に近づいて来ない。だから駿は、朝は源について校門をくぐり、放課後も彼と一緒に校門を出る。
他の教師には心を開かない不良生徒を手懐けている教師――多くの人が源をそんなふうに評価して一目置いているが、実情はこんな感じだ。
「そんなに慌てて飛びついてこなくても、ここには別に何もいないだろ? むしろ、この校舎にいるヤツのほうが僕は嫌だけどなあ」
ジリジリと距離を詰めてくる駿の頭を掴んで軽くいなしながら、源はふっと廊下に視線をやった。源の手から逃れた駿も、同じところを見る。
この一階部分の中程に位置するある教室。その教室の戸から、何か黒く揺らめく靄(もや)のようなものが滲み出ているのが、二人の目には見えている。それが何なのかまではわからないが、その教室の前後の戸には板が打たれ、“開かずの教室”と呼ばれて公然の秘密とされていることから、中にヤバイものがいるのは推して知るべしだ。
「あれがとんでもないヤツにはわかるけど、そのおかげでこの一階には何も近寄って来ないから助かってるよ。とはいえ、外には得体のしれないもんがウヨウヨいるんだから、落ち着かないのは当然だろ?」
「……落ち着かない、ねえ。怖いって言いなよ。ひとりで歩けないんだからさ」
「うっせ!」
源が準備室を出ると、駿も慌ててその後ろに続いた。廊下は、あの黒い靄の不穏な気配以外、静かなものだ。
だが、連絡通路に出ると状況は一変する。
そこは、人ならざるものだらけだ。足を引きずりながら歩くもの。風に舞うビニール袋のように動くもの。じっと蹲って微動だにしないもの。そんなものがうじゃうじゃいる。
春休みで他の生徒の気配が少ないぶん、それらの存在感はいつもより強いように感じられる。
「いちいち見ない見ない。あんなの、どこにでもいるんだから」
どこにでもってレベルじゃないだろと駿は言いたかったが、源の背後の術者が扇子を取り出したのを見て黙った。
術者がゆったりとした動きで扇子を振り下ろすと、一陣の風が吹いた。その次の瞬間、場の空気が変わる。風に吹き飛ばされたように、そのあたりにいたものたちがいなくなっている。そして、新緑のような爽やかな香りがほのかにしていた。
源曰く、これは除霊ではなく、場の浄化なのだという。しかもその場限りのもので、持続性はないらしい。その証拠に、次の日にはまた元のように不気味なものたちが闊歩するようになっている。
それでも、この安心して深呼吸できる瞬間を、駿は本当に感謝している。
「こんなときまで、世話かけてすみません」
校門まで無事にたどり着いて、駿はポツリと言った。
「これに懲りたら、春休みに補習なんか受けなくてもいいようにしなよ。この春から高三で、受験生なんだから」
「うん、わかってる」
駿は徒歩で帰るし、源はこれから近くのバス停まで歩く。だからいつも校門のところでわかれるのだが、歩き出しかけた源が足を止めて振り返った。
「そういえば、また何か不穏な噂が広がりつつあるね。気がつくとね、“ひとり多い”らしいよ」
「は? 何だよそれ」
「よくあるやつだよ。喫茶店とかに行ったら人数分より多くお水のグラスを出されたとかいう、あれ。うちの学校でも起きてるんだよ、それが」
源はわざと声を低くして、思わせぶりな口調で言う。そうすれば、駿が怖がるのを知っているから。
案の定、駿は顔を強張らせている。必死に堪えようとしているが、身体の震えは隠せていない。
「どうにもね、いたらんことした生徒たちがいたみたいなんだよね。こんな場所で、いたらんことを。はあ……僕には大したことはできないのにね」
「せ、先生、変なことに首を突っ込むなよ。後ろの人だって、首振ってるからな」
「そうなの? でも、僕には見えないからね。ああ……気が重いなあ。僕ひとりでどうにかできればいいけど」
わざとらしく言って、源は今度こそ去っていった。残された駿は、忌々しそうに舌打ちするしかない。
聞きたくもない、面倒な話を聞かされてしまった。だが、聞いたからにはどうにかする方法を考えなくてはならない。どうせ巻き込まれるのだから。
駿は憂鬱な気持ちで、家路をたどった。
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