第13話 食事と融和

 何かを悟ったかのようなスクートゥムはとげが抜けたように力が抜けた。そうなった彼はなかなか面倒見がいいらしく、僕とアドラルを色々な人に紹介してくれる。おかげで知り合いは増えたが、確かに彼の仲良しという気取った方々とは、グーグーが言うようにあまり相いれなさそうだ。というか、あちらがどうも及び腰である。

 そんなわけで歓迎会が終わると、三々五々と部屋に帰るのだが、帰り道はスクートゥムと一緒だった。まあ、部屋が一緒なので、当然といえば当然かもしれない。だが、なんと彼は身長差を考慮し、歩幅を調節するという紳士っぷりである。女性相手にはさぞかしもてるのだろうなぁ。


「……お前は、本当にいろいろ知らないでこっちに来たんだな」


 部屋に戻るなり、スクートゥムにそんな風に言われた。あの後、紹介されるばかりで、スクートゥム自身とはほとんど口をきいていなかった。僕よりもだいぶ高い位置から、ものすごく気の毒そうにこちらを見ている。真剣に哀れまれているらしい。


「そうですねぇ。こっちに来て、色々世間知らずだったなぁって思ってます。結構知識はある方だと思ってたんですが、僕の知識は偏ってたみたいです」


 貴族名鑑などで家系図は知っていても、その後ろにあるものを知らない。貴族の仕組みは知っていても、自分に重ね合わせていない。頭ばかり大きくなって、それを生かすすべを知っていなかった。

 父にしょっちゅう窘められていたことの意味を、今改めてかみしめている。母にもよく、興味があるものばかり読むのではない、と叱られた。

 そんなわけで、少々反省している。


「……そうか。いきなり出てきて、ばあさまに優遇されて、面白くないと思ってたが」

「おばあ様って、学長ですよね。そうするとスクートゥム先輩とトランクイリタース先輩は従兄弟にあたるんでしたっけ」


 なるほど。確かに大事な大事なおばあさまがいきなり出てきた遠縁を優遇しだしたら、気に食わないかもしれない。トランクイリタースはまた別の意味で僕のことを気に食わなさそうだけど。顔を合わせたのが初めてだというのに、どういうもんだろうか。


「そうだ。母親同士が姉妹でな。お前の父親の従姉妹になるか」

「はあ、本当に親族なんですね」


 似ていなさ過ぎて実感がわかない。僕と、スクートゥムとトランクイリタースの間にあまり共通点は見当たらない。見た目も魔力の質も。


「まあな」

「すいません、先輩のおばあ様にご迷惑おかけして」


 彼女がいろいろと便宜を図ってくれたのは確かだ。その結果、彼と一緒位にいるわけで、ちょっぴり微妙な気分だけれど。


「ま、ばあさまが余分なことをするわけないんだよな」


 ふう、と力をあえて抜くようにかため息をつく。すると、途端にそれまでこわばっていた顔が緩んだ。


「随分と信頼しているんですね」

「祖母に育てられたからな」

「そう、なんですね」


 まずいところをつついただろうか。少しだけ困ったように赤い眉毛が下がる。


「……幼いころから魔力の放出が上手くいかなかった。潜在的な量ならばあるが、表に出なかったんだ。下手すれば魔力のちょっとある平民レベルだ。おかげで家族にも親族にも軽んじられてた」


 家に居所がなかったと、スクートゥムは語った。彼の一家はプライドが高いらしい。優秀なものしか許さないという雰囲気があったそうだ。だから、『落ちこぼれ』のスクートゥムは一家の異分子だった。

 僕は周りに人はあまりいなかったけれど、両親にはそれはもう可愛がられて育ったから、そんなのは耐えられない。さぞかし辛かったろう。


「そんな目で見るな。姉はな、こっそりと庇ってくれていた。それだけは幸いだ。ま、で…だ。ある年、忙しかったばあ様がたまたま一族の集まりにやって来たんだ。わたしが5歳のころだったか」


 考えが表情に乗ったので、そんな風に言われる。信頼ができる人が一人でもいてよかった。


「それまで、あんまり会ったことはなかったんだよ。まだ、戦後処理が忙しいころでな」


 ほぼ初めてに等しい孫息子の不調の要因をあっさりと一目で原因を見抜くと、それを解消する手伝いをしてくれたのだという。それだけではなく、彼を引き取り養育した。すんなりと両親が彼のことを手放したのは、一朝一夕に解消するものではないからだ。そもそも、きちんと魔力を使えるようになるかも怪しかった。


「要するにいらなかったんだよな。ま、わたしも要らないからおあいこだ。それから死に物狂いに努力して、今や優秀生」


 ほら、と襟についている徽章を見せる。徽章には四本の金色の線が引かれていた。優秀生、つまり学年一位を四回取ったことになる。そもそもこの徽章は優秀生になったものしかもらえないものだ。


「結構大変な人生ですね」

「はは!十五年だけだけどな、生きてるの」


 どこか嬉しそうに笑ったスクートゥムは間違いなくいい男だった。原因解消には数年かかったが、今の彼は国王レベルとは言わずとも、十分上位貴族レベルの魔力を扱えている。


「大事な方なんですね。僕も両親のところにいきなりだれか来たら妬いちゃいます」


 多分、僕以外を大事にしたら、心穏やかではいられない。


「そうか。……悪かったな。これからは、よろしく頼む。後、部屋の掃除は助かった。わたしのことはヴィーと呼ぶといい」

「はい!よろしくお願いいたします。ヴィー先輩」


 素直になったスクートゥム改めヴィー先輩はかわいかった。そう言った途端、グーっとヴィーの腹が派手に鳴る。なかなかの主張っぷりだ。ぐきゅうーっとさらに悲鳴を上げた。


「あんま食べなかったんですか?」

「…う。いや、その…お前が気にかかって食べる機会を失ったというか、何というか」


 話しかける機会をうかがっているうちに食事を食べず、話をした後、食べようとしたら下げられてしまっていたために口にはあまり入らなかったらしい。


「軽食、なんか作りましょうか?」


 ここでダメ押し、僕の魅力を押し売っておいたら、仲良くなれるかもしれない。母も言っていた。


 『殿方はね、おなかがすくといら立つ人が多いのよ。だから、胃袋をつかんじゃうと、心もつかめることが多いわぁ』、と。

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「な、なんだこれ!? 美味しいじゃないか!」


 熱々の湯気が立っている皿をヴィーの前に置くと、ものすごく丁寧に、だがものすごくがっついて食べ始めた。所作は美しいが、ものすごい速さでパスタが無くなっていく。


 気に入っていただいて何よりだ。

 足元ではカウダとグーグーも食事中である。普通の動物ではないので、人間のものを食べても害はないとグーグーにねだられた。ご飯はたっぷりあげてから来たのに。


『うにゃにゃ! にゃうなう!!』


 さっさと食べ終えると、カウダはヴィーに話しかけた。


「おお、そうだな。学食のものよりうまいな」


 彼とカウダの間では意思疎通が取れているらしい。グーグーみたいにその気になればだれにでも意志を通じさせることのできるモノはやっぱり珍しいみたいだ。


「パスタですよ?あー、そっか。あまり、貴族では食べないんでしたっけ。僕の家では母と一緒に打ってよくたべるんです。ソースは母の特製に僕がアレンジを加えました」


 何のことはない。実家から持たせてもらった乾麺を茹でて、母が作ってくれていた瓶詰のソースに僕が干し肉と青野菜を足しただけだ。青野菜も切って干したものだから、そんなに手間がかかっていない。

 ついでに僕も少しだけ食べる。歓迎会のご飯もおいしかったけど、熱々じゃなかったから、これはこれで美味しいな、と思う。貴族に褒められるとは思わなかったが、なかなかいい出来だ。


「いや、これだけできれば見事だろう。わたしは、そこの台所を使ったことは今までないのだ」

「ふうん。もったいないなー。時々使っていいですか?」

「構わないとも!いや、少しおすそ分けをもらえると嬉しいが」


 下でカウダも、私もーっと言うようにうにゃうにゃ言っている。グーグーはまださらに顔を突っ込んでソースをなめとっていた。


「ふふ。じゃあ、時々美味しいの食べさせてあげますね」


 にこりと笑うと、初めて気づいたかのように、彼は息をのんだ。なるほど。ツッパリが取れると、この顔は彼にも有効みたいだ。


 そして、母の言葉も、もなかなか的を射ているようであった。

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