第12話 親族。
入学の後は歓迎会だった。北の地方から来たという、今はやりの立食式で、内容はかなり豪華だ。ただ、多分準備の関係かすべて冷めている。保温の魔法陣を器やテーブルクロスにかけておけばいいのに。
立食式なので、男性陣はフロアに立っているものがほとんどだが、女性陣は壁際の椅子に座っている人が結構多い。絹の張られた豪奢な椅子が、壁際にずらりと並んでいて、女性陣がほとんどである。皆、入学式よりも髪型や装飾が華やかになっており、衣装を変えているものもいた。
ところで、歓迎会には上級生もやってくる。どうやら品定めに来るらしい。一~三年は一般教養を学び、四年生からは専門課程に分れる。そして各課程ごとに順位を競ったりするので、優秀なものが欲しいのだろう。本人でなくとも、自分の課が最優秀をとると、その年の就職が若干有利になるという傾向があるのだそうだ。
専門課程は大雑把に分けると騎士科、魔法士科、文官科に分かれている。さらに若干細分化されているが、そこはたいして問題ではない。どれを選ぶかは家による伝統が大きいが、本人の資質によっては別の科に行く可能性もなくはないようである。
「ルプスコルヌ君は、将来的にはどの科に行くつもりなの?」
不貞腐れたパンタシアを放置して、アドラルがずっと話しかけてくる。いいのかぁと思ったが、いつものことらしく、二日もすれば機嫌が直るよ、と言っていた。豪快だ。
「どちらかっていうと文官科かなぁ。王宮の資料館とか行けたら最高なんだけど。王宮資料館の上位だと、資格を取れば禁書まで見れるっていうし。でも、魔法士科で古い資料を発掘していくのも魅力的だなぁ」
新しい本も好きだが、古い資料を発掘する楽しさは、なかなか人にはわかってもらえない僕の楽しみだ。温故知新という言葉が東の帝国にあるそうだが、まさしくその通り。僕の趣味の一つで、雨の日や手が空いた時などにやっている。あの家にはざっくざくとお宝本が埋まっているのだ。売るつもりはないが、どうしても食い詰めたら、売ってもいいものは分類してあるほどである。
「確かに騎士科って感じじゃないよね。僕はね、芸術系が得意だし、好きだから、文官科に行くつもり。魔曲や魔歌を研究するっていう手もあるけど、そっち系って就職が弱いんだよね」
宮廷に召し抱えられれば別だけど、という。確かにお抱え以外、なかなか食べていくのは厳しいという。さげすまれることもあると母が言っていた。母の知り合いがそうだったらしい。
「じゃあ、一緒に勉強できるね。もっとも、四年生まではどっちにしろ一緒だけど」
「でも、選択授業で違うじゃんか。まあ、僕、ルプスコルヌ君のこと結構好きだし、仲良くやろうよ。ルースって呼んでいい?」
にかっとアドラルが笑う。少々腹黒いところもあるようだが、楽しそうな子だ。緑色の眼が少し濃くなる。綺麗な目だなぁ、と思わず見つめてしまった。猫みたいだ。
目が合うと、アドラルの顔が少し赤くなる。ちょっとかわいい。僕はこれでも顔がいい方に分類されるようなので、たまにこういうことがある。
「いいよ。僕もアディって呼んでいいかな」
「もちろん!」
初めての同い年の友達ときゃっきゃと盛り上がっていると、アドラルの後ろから淡い緑色の髪をした男性がやって来た。年のころは十四、五歳だろうか。未完成ながら、かなりしっかりした体格だ。じゃ間スクートゥムよりもいかついが、骨格が似ているから、親戚かもしれない。
顔立ちは凛々しく、金色の眼が少し酷薄そうに見える。光を受けて微妙に変わる色合いの目はちょっと近寄りがたい。でも、きれいだ。
「直答を許そう。お前が、ルプスコルヌ家の嫡子か?」
「はい。ルセウス・ミーティア・ルプスコルヌと申します。お初にお目にかかると思うのですが?」
まるっと無視されたアドラルは口を開くこともできず、頭を垂れ挨拶することしかできない。それに、身分さはないといいつつ、直答云々とは、学園内でも身分差は結構あるようだった。
「私の名はルドヴィウス・プブリウス・トランクイリタースだ。スクートゥムとは従兄弟同士にあたる。お前の四学年上で、今年から騎士科に所属した」
後ろに取り巻きを引き連れ、というか勝手に取り巻きがきたようである。でも、多分、この人は、後ろの人間にあまり注意を払っていない。というか、気にしていない。多分、いつも、取り巻きに囲まれているのだと思う。
「そうだ。ルドヴィウスさまは名門、トランクイリタース公爵家のお世継ぎなんだぞ!しかも、次の国王候補の一人なんだ」
「ああ、学長の長女の方が輿入れされた先が確かトランクイリタース家でしたね。さすがに学長自身が王族なだけあって、ご息女の皆さんは有力貴族なんですね」
父に見せられた貴族名鑑に確かそんなことが乗っていた。王族化、親戚までキラキラしくてすごいなあ、と思い、正直にそう告げると、隣でアドラルがぎょっとしたように目を見開いた。トランクイリタースもいぶかしげにこちらを見る。
「私が国王候補だと聞いて、何も思わないのか?」
「……身分の高い方は大変でいらっしゃるのですね」
直接には答えずに、そう答える。すると、あまり表情のなかった顔に、素直に表情が乗り、まじまじと見つめられた。
「なるほど。知らないふりをしているのかと思っていたが……。本当に知らないか、馬鹿かだな」
……失礼な。
嫌われているのだろうか。どうも、我がルプスコルヌ家は都での受けは非常に悪いようである。ドルシッラ然り、パンタシア然り。父が何かしたんだろうか。それとも母か。
とりあえず、波風を立てないようににっこりと、だが少しはかなげに笑う。男性陣に受けの言い笑い方である。すると、一瞬微妙な間のあと、僕の周りに微妙な、何というか生暖かい空気が漂った。
「ルディ、何をしている!」
スクートゥムがこちらを見て、駆け寄ってくる。相変わらず華やかな美形だ。怒っても美形は得だ。
「ふん、ヴィーか。よかったな、ルプスコルヌ。援軍が来たぞ」
「お前は!何、新入生を脅しているんだ」
年齢からすると、一歳年上のせいか、従兄弟同士という気やすい間柄のせいか、遠慮なくものを申す。お互い王族の血を引いているから、いいんだろう。
「脅してなどいないさ。単に挨拶に来ただけだ。親戚にな」
頭の中にはてなマークが渦巻く。親戚、というとアドラルか。でも話しかけていたのは僕で、アドラルはほぼ無視されている。
「うるさいのが来たから、失礼するとしよう。それではな、ルプスコルヌ。それから、そっちのヨクラートル家の長子もな」
来た時もあっという間だったが、去る時もあっという間に彼は去っていった。何だったんだろう。口調からすると、やっぱり僕がターゲットなんだろうか。
「お前も関係ない、みたいな顔をするんじゃない。お前の話だぞ、ルプスコルヌ」
くるりと向き直り、びしりと指をさして怒る。燃えるような髪と目力をもつ彼が怒ると、なかなか迫力だ。近くにいる上級生が驚いたような顔をしてこちらを見ている。
「あの、トランクイリタース先輩の口調だと、僕とスクートゥム先輩とトランクイリタース先輩とが親戚だということですよね。ルプスコルヌ家とつながりがあったのですか?」
「阿呆か!お前の父親のヴィリロスは、国王陛下とプラテアド公爵との間の子だろうが!」
「ああ、なるほど!そういうことなんですね」
学長は、彼らの祖母は国王の妹だから、確かに親戚である。遠いけど。そうか、祖父はかつて国王と結婚していたのか。その息子である父をいびるとはドルシッラは結構度胸があったらしい。
「即位前の結婚で生まれた子だから、次期国王候補として筆頭ではないが…。お前、知らなかったのか?」
つい最近までプラテアド家とつながりがあることすら知らなかったので、無理を言わないでほしい。父のことは下位貴族の爵位なしの息子だと思っていたのだから。
「はい。存じませんでした」
その言葉にスクートゥムと、そしてなぜだかアドラルも力が抜けたような顔をした。
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