第十話 いざ、入寮。
諸般の手続きを取り、グラシャ=ラボラスは僕の飼い犬、ということにになった。本名を呼ぶとお互いに面倒なことになるということで、僕は彼にグーグーという名前を付けた。結構かわいいと思う。
ラがいっぱいついているから、ララとか犬だからポチ、とか毛皮が黒いからクロとか候補を挙げたのだが、最後にはグーグーでいい、と彼の方が折れた。店の店主の女の子が声を出さないで爆笑していたのが印象的であった。
そんなにひどかっただろうか。かわいいのになぁ。
グラディウス叔父が学校側にも申請してくれたので、無事に彼を連れて入寮できることになった。スクートゥムも飛び猫を一匹飼っているとのことで、知性がある魔法生物ならば大丈夫であろうとのことだった。魔法生物は人間よりもよっぽど平和主義で、必要がなければ争わないのだそうだ。
そんなわけで、今、僕はグーグーを頭に張り付けて、叔父と一緒に寮の正門の前に立っている。左手を繋がれているのは、逃亡防止だそうだ。まるで巨人に吊り下げられた小人のような気になる。
お前はしれっと逃亡しそうだ、と言われたが解せない。今まで大人しく従っているではないか。
そして、その叔父は相変わらず沈鬱な表情であった。何かするたびに微妙な表情をされるので、悪いことしているのかなぁ、と思うが、まあ、気にしても仕方ない。
それに嫌われてはいないようである。何くれとなく面倒を見てくれているので、それなりの情を抱いてくれているに違いない。
「いいか。何かあったら、私に向けてその犬を飛ばしなさい。首輪に私の紋章を刻んだタグをつけておいたから、即座に通されるはずだ。それと同時に母だと面倒なことになるかもしれないから、父にも即座に連絡を」
入寮の日、叔父は繰り返し繰り返し僕に言って聞かせた。もう、門の前にいるのに、また言われている。耳にタコが出来そうだ。
そんなに無茶をしていないと思う。偶然が重なってちょっと不思議なことが起きただけで、別に災害を引き起こしたわけでは無し、いいではないか、と言ったら開き直るんじゃない、と馬車の中で拳固を落とされた。
目から星が飛び出たかと思うほど痛かった。尻は叩かれたことはあるが、拳固は初めてである。痛かったが、新鮮な体験である。
その時は膝にいたグーグーもうんうん、と頷いていた。つやつやした鼻が、偉そうに光を反射する。ちょっぴりむかつく。
「叔父様、お気遣いいただきありがとうございます」
「お前は、どこまできちんと理解して聞いているかわからないが……。まあ、無事に過ごしてくれ。それと、休みには帰って来なさい。休みは長い。兄のところだけでなく、我が家でも過ごすがいい。また、うまいものでも食べさせてやろう」
「はい!」
思わず満面の笑みで返事をすると、疲れた表情をして、そして抱き寄せられた。父とは違う、武器を扱う、大きくてたくましい手でぎゅっと抱かれる。
「行っておいで。ルル。頑張ってくるがいい」
そして、するりと手が外される。温かみがすっとなくなった。
「行ってきます!」
後ろは振り向かず、自動で空いた門をくぐる。これから僕の新しい生活がようやく始まる。例のルームメイトのことは気にはなっていたが、その時の僕はグラシャ=ラボラスを手に入れたことと、初めて学校に行けるということとで、浮かれまくっていた。
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「ここ男子寮の入り口ね。さっき渡されたブレスレットをここにかざすと、登録された生徒は入れるから」
先日はいなかった男子寮の寮監が入り口にいて、案内してくれた。マルクス・クァエストルと名乗ったその先生は、ゆるい感じの三十半ばくらいの先生だった。
試しにやってみて、と言われて入寮手続きを行ったときにはめられた細い真珠色のブレスレットを、グリフォンが彫られた金色のプレートにかざしてみる。淡くグリフォンの眼が発光すると、ずずーっという音がして門が開いた。
「おお! 面白いですね」
「毎年、女子の方にも男子の方にも潜り込もうとする子がいるからね~。仕方ないんだぁ」
皆、お年頃だからね!と妙にうれしそうにクァエストルはいった。小説にありがちな恋バナが好きなタイプなのかもしれない。
『うっさんくせぇなぁ、この教師』
『そんなこと言わないの!胡散臭いのはグーグーも一緒じゃないか』
念話で話しかけてきたグーグーがそういった。
両親には絵本にしか見えなかった本に書いてあった翼を生やした犬の名前。それがグラシャ=ラボラスだった。異界から渡ってきたという召喚士が使っていたという、悪魔の名前である、と本には記されていた。
本当かどうかはよくわからない。
「ん? その子とはもう意思疎通ができるんだ」
声を出してはいなかったが、やりとしていている様子を見てとったらしく、彼はそんな風に訊いてきた。
「はい。グーグーって言います。とっても賢いんです。かわいいでしょう?」
口は悪いけど、とは言わなかった。僕の魔力を与えて毛艶がよくなったグーグーはとってもかわいいと思う。目つきこそ悪いが、ぱっと見は可愛らしい子犬だ。色違いの眼が素敵だし、真っ黒な鼻はつやつやと健康的だ。
「かわいい。かわいい、ね。まあ、美醜の感覚は人それぞれだから」
『んだよこいつ。失礼だな。オレ様はどう見ても愛らしいだろうが』
『ねえ、グーグーかわいいもんねー』
頭に手をやってグーグーをなでる。それだけでちょっと満足げなグーグーである。かわいい。
「まあいいや。食事は食堂でしてもいいけど、部屋にも一通りの設備があるから、料理してもいいよ。スクートゥム君は食堂派みたいだけど」
「へえー」
話ながら歩いて二階ほど登ると、突き当りに出る。目の前には大きな木できた扉があった。扉にはガーゴイルのようなものがついている。いびきをかいているような気がするのだが、気のせいだろうか。
「はいここ。このガーゴイルに言うと入れてくれるから。ガーゴイル!ガーゴイル・ウーヌム。スクートゥム君を呼び出してくれる?この子、今日からここに住むから」
「う…む。おお、新たな子だな。ふむ、犬も一緒であるか。我が鼻にそれぞれ触れるといい。匂いを覚えよう」
おじいちゃんのような口調で言われ、僕は手のひらで、グーグーは肉球でガーゴイルの鼻を触る。少し、魔力が引き出され、ひんやりとした感触が掌に触った。
「おお、いい魔力だ。今、アーギルを呼び出してやろうぞ」
一分くらいだったろうか。内側から鍵が開き、アーギル・ルヴィーニ・スクートゥムが出てきた。相変わらず、燃えるような赤い髪が印象的だ。
「クァエストル先生。連れていただき、ありがとうございました」
折り目正しく、礼をする。階級から言えばスクートゥムの方が上だろうが、学校内では教師はあくまでも教師であるらしい。上位者に対する礼であった。
「どういたしまして~。あとはお願いね。じゃ、僕はこれで帰るけど、ウーヌムに言えば、僕の部屋に通じるから。ウーヌムもよろしくね」
「うむ、心得た」
「じゃあね~。ルプスコルヌ君、頑張って!」
「はい、ありがとうございます」
そうして、僕とグーグーはスクートゥムの前に取り残された。
上からじっと見降ろされる。彼の足もとには、綺麗な赤茶虎の飛び猫がいた。毛足が長く、こちらをじっと見上げてきている。とても上品な感じで、愛らしい。
頭にのせているのも何なので、グーグーを足元に置くと、上位貴族にする礼を取り、挨拶をした。
「あのアーギル・ルヴィーニ・スクートゥム先輩。本日よりお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
「ほお、臆せずに来たか。散々威嚇したのに、鈍いのか、お前?」
今日は、控えめではなく、思い切り威嚇されてしまった。と、いうか前回感じたやな感じは気のせいではなかったようであった。
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