みそ汁とバスと横引きの扉

リトルミックビリー

プロローグ:チヨコレイト・パレード

 茶色い。なんだ?僕は……。


「え?名前の由来?」

「うん!学校の宿題で、今度授業参観で皆で発表するんだ!」

「あらそうなの!ユウ、あなたの名前の由来はね、自由の由よ。」

「自由の由?」

「そうだぞ、由。お前がいつか本当にやりたいことを見つけたとき、なりたい自分を見つけたとき、そのときお前は“自由”になるんだ。頑張れよ。」

「?」

「ふふふ、少し難しかったわよね。でもね由、私たちは、あなたがいつか本当の自分を見つけてくれることを、本当に願っているのよ。」


 両親が教えてくれたことを、僕は授業参観で発表した。

 二人の言葉の意味がはっきり分かった訳ではなかったけれど、僕の発表は先生にとても褒めてもらえた。こう言ったらなんだけど、自分でも会心の出来だったと思う。

 だけどその日僕が一番嬉しかったのは、僕が発表している間、教室の後ろで母が少し照れて俯いていて、けれどすごく嬉しそうなことだった。

 その日の夕食はいつもよりかなり豪華で、父も母もなんだかとても嬉しそうで、僕のことを褒めてくれて、それもすごく嬉しかった。


 そうか、と思う。そうか、僕は今走馬灯をみているのだ。なぜなら今日、僕は死んだのだから。


 僕は今日、人生で二度目の初出勤をした。

 やっと決まった新しい仕事。いつもより少しだけ早く起きて、ボストンバッグをガサゴソ漁る。荷物は昨晩まとめていたが、確認しないとどうにも不安だ。

 「由」と自分の名前が書かれた名札。紛失したら大事になるから絶対に無くさないようにと念を押されていた。

 支給された制服を着て、履きなれたスニーカーで最寄りのバス停へ。バスに揺られながら、ふと思う。きちんと朝食を食べたのなんて、一体何年振りのことだろう。

「悪くなかった。いや、なかなかの出来だった。」

 朝食を思い出して自画自賛する。スーパーの見切り品から良さげな野菜を見つけ出し、そこそこ美味しい食事を作る。自慢にならない僕の特技だった。


「はぁ。」

 と溜息をついてバスを降りた。少し歩き、指定された現場に辿り着く。それらしい人影がなかったので、通行人の邪魔にならないよう、ビルの片隅に立った。

 ボストンバッグを地面に置いてから少し経った頃、同じ制服を着た、先輩らしき人物が現れた。

「おはようございます!今日からお世話になるユウと申します。よろしくお願いいたします。」

「お、そうか。よろしく、新人君。今日はまぁ、とりあえずトイレでも掃除してくれや。」


 それなりな重さのボックスが、「まぁ、適当な感じでよろしく」という、なんとも分かりやすい説明付きで手渡された。雑に貼られた緑色の養生テープが、「トイレ!」と主張している。おそらく、掃除道具が一式入っているのだろう。

「こういうときは、上から攻めるよな。」

 と呟いて、自身を鼓舞する。エレベーターに向かおうとすると、

「階段な~。」

 と、これまた明瞭な指示が飛んできた。

「はい!すみません、ありがとうございます!」


 階段でビルの最上階まで昇りきる、それが僕が成し遂げた唯一の仕事だった。左胸にぶら下げた名札すら重たく感じる中、「トイレ!!トイレ!!!」とボックスに急かされたのは今となっては良い思い出だ。

 疲れ切った身体でトイレに向かい、なんとなく手を洗った。ひんやりとした水が自動で出てきて、何とも心地よい。

「こういうときは、奥から攻めるよな。」

 とまた呟いて、一番奥の個室に入り、「トイレ!!!!!」を開けた。そして僕は死んだ。


 死にかけの視界が捉えた情報から察するに、僕の死因はおそらく、“まぜるなキケン!”だろう。そう書かれた液体たちが、ボックスの中で明らかに混ざっていた。きっと、「適当な感じ」で閉まっていたキャップが外れて、中身がこぼれてしまったのだ。

 そして僕の視界は薄れていった。フタが開いていたから便座に突っ伏して、センサーが反応して水が流れた。真っ白な便器の上を、真っ暗などこかに向かって水がグルグルと流れる。それが、僕が最期にみた景色だった。


 茶色い?なんだ?

 不思議に思う。僕の最期は、真っ白と真っ暗のグルグルだったはずだ。それに、茶色一辺倒の思い出なんて、特になかったはずだ。

 その上、死んだにしては独特の浮遊感がない。むしろ、かたい。痛い。

「痛っ……。」

 声が聞こえた。聞きなじみのある、自分の声だ。驚いて身体を起こす。起こせた。全身が痛かったが、とりあえず辺りを見回した。どうやら僕は部屋にいて、さっきまで天井を見ていたらしい。よく見れば木目もある。僕の下にはベッドがあったので、「かたいとか言ってゴメン」と、とりあえず謝っておいた。

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