異変の前兆






 苦労して働いた上で初めて、人間は金の重みを理解する。

 昔、誰かがそんなことを言ってたような。


「マジにその通りだよなぁ」


 今日は色々あって作業に手間取り、夜中まで縺れ込んでしまった。

 これで給料の方は据え置きなんだから、世の中は間違ってやがる。


「はー、やってら」


 夜の露天風呂に溜息が溶ける。

 星空を眺めながら風呂に入るってのも、中々悪くないもんだ。

 地球で言う月ぐらいでかい星が、十個以上見えるけど。


「……落ちてこねぇよな、あれ」

「あはははっ! ヨルハは心配性だなー、大丈夫だよ」


 分かっちゃいるけど不安になるんだよ。

 あと、風呂の度に言ってるが裸でくっつくな。暑苦しい。

 背中の翅を擦り付けてくるのも、くすぐったいからやめれ。


「むむむー! 妖精のきゅーあいこーどーにケチつけちゃダメー!」

「は? QRコード? どこについてんだよ、そんなもん」


 そもそも、読み取り用のスキャナーだって無いだろうに。


「つかさ、お前たまに翅から蜜みたいなの分泌させてるよな。ベタつくんだが」


 見た目が花びらに似てるからって、そういうとこまで再現せんでも。

 妖精って不思議。


「ボクは半分植物みたいなもんだからしょーがないの!」

「しょうがないのか」

「なのです!」


 胸張って断言することかね。

 肩の上で楽しそうにされると、深く追求する気も失せるが。


「えへへー、ヨルハー」

「だからくっつくなっつうに。発情期か」

「うん」


 冗談で言ったらまさかのってオチ。

 なんなのコイツ。俺にどうして欲しいの?

 指一本入れるのも無理だろってくらいサイズ差あんのに。


 とか思ってたら、耳元に口を寄せてきた。


「ごにょごにょごにょごにょ……」

「なんと。そんな特殊なプレイが」


 世界ってひろーい。

 え。でも、それを俺にやれっての?

 勘弁して下さいよ先輩。幾らなんでもレベル高過ぎ。


「何をイチャついてるんですか、貴方達」

「およ、シャクティ」


 甘ったるく誘ってくるクララをいなしてると、湯煙に紛れてシャクティの姿が。

 なんで男湯に居るんだ。


「この温泉、夜は混浴なんです」

「はー知らなかった」


 考えてみれば夜中に来るのは初だったな。いつも夕方か朝早く入ってたし。

 まあ混浴だろうが男女別だろうが、どっちでもいいけど。


 しかし、エルシンキに住み着いて、かれこれ五ヶ月少々。

 こんな小さな町だってのに、まだまだ知らんこと多いのね。


「隣、よろしいですか?」

「好きにしろよ。今更、細かいことで遠慮する間柄でもねーだろ」


 髪を掻き上げたシャクティが、湯に浸かる。

 ……つーか、風呂でくらい外せばいいんじゃないだろうか。眼帯。


「アイデンティティですので」

「さよけ」


 地毛とは思えん色合いの髪だけじゃ足りないってか、欲張りさんめ。

 濁り湯にぷかぷか浮いてる乳、揉みしだいてやる。


「あ。その触り方、肩凝りに効きそうですね……こう、持ち上げる感じでお願いします」

「マッサージしてんじゃねぇんだぞ」

「こらー、二人だけでイチャイチャすんなー!」


 ちなみに、現状俺達以外に客の姿は無い。

 貸し切り状態の温泉とか、歌いたくなるほど気分が良いもんだ。






「そう言えば、ヨルハ。もう知っていますか?」

「何を」


 三十分ほど、じっくり温まった後の風呂上がり。

 髪を拭いて欲しいとねだるシャクティから、そんな問いを向けられた。


「いえ。つい昨日、探索者シーカーとなるため、この町を訪れた方達が三人ほど居るのです」

「酔狂な連中も居たもんだ」


 こんなロクに依頼も無いド田舎、わざわざ選ぶ理由無いだろ。

 他のでかい町の支部か、王都にあるって聞く探索者シーカーギルド本部に行けばいいだろうに。

 なんて思う俺だが、シャクティ曰くそれは難しいらしい。


 中規模以上の迷宮メイズを管轄とする支部、或いは都市に在って多くの依頼が舞い込む支部。

 そしてザ=ナ王国十二ヶ所、全ての支部での活動許可が得られる本部。

 これ等のギルドで探索者シーカー登録を行うには、審査を通らねばならないのだと。


「審査の基準はステータス鑑定、及び積み上げた功績。水準に満たぬ者は弾かれます」


 名の知れた支部や王室直々の指令も届く本部では、迂闊な人間に任せられぬ仕事も多い。

 余程の伝手を持つ場合を除き、無名の新人は殆どが門前払いを受ける。


 故、まずは小規模迷宮メイズを管轄とする五つの支部の何れかで功績を上げるのが常道。

 ノウハウや経験を積むという意味合いに於いても、極めて順当な慣習と言える。


「その中で最も不人気なのがエルシンキ支部というワケです」

「ぶっちゃけたな、お前」


 稼ぎにくい上、攻略難易度は小規模迷宮メイズでも上位。

 他四ヶ所は少なくとも三十人以上のギルド所属者が居る時点で、程度は察せよう。


「今回の新人は隣町の出身だそうです」

「とりま一番近いとこに来たって感じか。探索者シーカーナメてんじゃねーぞ」

「……彼等も、貴方にだけは言われたくないでしょうね」

「ひゃはははっ!」


 格好良さで武器防具含む装備一式を選び、分け前が減るからとパーティも組みたがらない。

 唯一の連れは、半ば物見遊山気分の妖精。


 成程、確かに俺ほどナメてる男はそうそう居ねぇわな。


「兎も角、貴方にとって初の後輩です。見かけたら、少しは気遣ってあげて下さい」

「お、優しいじゃねぇか。さては新人の中にイケメンが居たな?」

「ギリギリ許容範囲内が一人」


 鉄面皮のくせ、こういうとこは分かり易い女だ。

 あーいや、どっちかっつうと割り切りがハッキリしてるって感じか。


「ほい髪拭き完了。ま、新人云々に関しちゃ一応考えとくぜ」

「ありがとうございます」


 俺だって探索者シーカー始めて一ヵ月半のぺーぺーだけど。

 そうは言っても、狼の狩り方ぐらいなら教えられるだろ。






 シャクティの制止を無視して迷宮メイズ探索に出た新人達が帰って来ない。

 そんな話を俺が聞かされたのは、これからほんの一週間後のことだった。





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