【10】後日譚
連休明けの昼休み。
藤女子の部室棟二階の端にあるオカルト研究会部室にて。
「いやー、流石に疲れたね。まだ疲れが取れないや」
という言葉とは裏腹に、桜井が元気そうに左肩をぐるぐると回し、右手に持ったおにぎりへとかぶりついた。具は筋子だった。
そこで茅野がコンビニのチキンサンドの包装をむきながら柔らかく微笑む。
「確かにけっこうハードだったわね」
あのあと、けっきょく、二人が帰宅したのは日付を跨いだあとだった。そして、一日休日を挟み、いつも通り登校し、何事もなく昼休みとなった。
それから、一年三組の教室で二堂凪の口から上野貞子についての驚愕の事実を聞いて、部室に戻ってきたところだった。
「……でも、私たちも、来年の春には卒業よ。そうなれば、流石に今まで通り、心霊スポット探索をする時間もなくなるかもしれないわ」
「そだね。この部室とも、あと三ヶ月くらいてお別れか。早いもんだね。いろいろあったよ」
桜井は天井を見上げながら目を細める。そして、これまでの事を思い出す。
あのときの腹パン……あのときの裸絞め……あのときの投げ技……あのときの蹴り技……。
それらのシーンを常に間近で目にしてきた茅野は、柔らかな微笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「……だから、悔いが残らないように、今しかない時間を残りの三ヶ月、たっぷりと楽しみましょう」
「よーし、これまで以上に心霊スポットに凸しまくるぞー!」
と、桜井は篠原が聞いたら卒倒しそうな事を高らかに宣言して、再びおにぎりにかぶりつくのだった。
その篠原は錬金術師の家と八十上村で発生した事件の報告書作りに追われていた。朝から自宅のリビングで部屋着のままノートパソコンのキーボードを叩き続ける。
シンプルかつ機能的な調度類で占められた室内は、ぎりぎり綺麗には保たれていたが、彼女の切羽詰まった顔つきが現状を表していた
そうして昼頃になると、リモートで特定事案対策室を束ねる穂村一樹と、いくつかの確認および報告を口頭で済ませる。
「……で、室長。増員の件は考えていただけましたでしょうか?」
流石にもう一人では手が回らない。もう一人くらい“あいつら”担当官を増やして欲しい。これは常々篠原が言い続けてきた事だった。
その訴えに穂村は冷静な表情で、眼鏡のブリッジを右手の人差し指で押し上げてから答える。
『無理だな。何度か話したがうちは人員に余裕がない。申し訳ないが。そもそも“特定事案”に関わるためには、呪いや祟りに耐性のある“資質”を持たなければならない。その“資質”を持った人間自体が希少であり、そこから更に任務や捜査に必要なスキルや素養を持つものとなると限られてくる。そして、特定事案対策担当官である“カナリア”は……』
「あ、もういいです。解りました。大丈夫です。ただ言ってみただけですから……」
篠原は苦笑する。
彼女にも良く解っていた。穂村の言う通りで、まず“カナリア”になれる者が少ない。そして、もう一つ。彼が最後に言い掛けていた理由。
“カナリア”はすぐに死ぬ。
呪いや祟りに強いと言っても、完全に防げる訳ではないし、この世の中には人を簡単に死に至らしめるような霊的な脅威が想像以上に満ち溢れているのだ。
霊能力も“資質”も持ち合わせていない癖に、まるで遊園地に遊びに行くかのように、超危険な本物の心霊スポットへ行って帰って来るあいつらが異常なのだ。
「それと、もう一つ、前々から気になっていた事を、この際なんで、はっきり答えて欲しいんですが」
『何だ?』
「……室長、あの二人の行動をあえて黙認する事により、危険な心霊スポットに凸させて、ぶっ潰そうとしてませんか?」
沈黙。
篠原はモニターを
『……
「何なんですか! 今の間は!」
『それでは、今後ともよろしく頼む』
そう言って、穂村は逃げ去るように通話を終えた。
篠原は、自分が忙しいのは、あいつらのせいだけではないんじゃないかと、ちょっとだけ思った。
(了)
*つぎの連載再開まで今しばらくお待ちください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます