【03】今夜はテレビでないと!


『今夜はテレビでないと!』は、某民法テレビ局で夏クールより土曜九時に始まった一時間番組である。

 番組のキャッチコピーは“インターネットをぶっ壊す”

 テレビでしか見る事のできない特別映像をお茶の間に提供するというコンセプトで、昨今SNSや動画サイトの隆盛により衰退の一途を辿るテレビ業界に新風を吹き込むべく、局の重役肝いりで企画が始まった。

 MCには昨年度の賞レースで決勝進出を果たした人気お笑い芸人を起用。

 スタジオレギュラーには、大物俳優、裏回しの上手い中堅芸人、元国民的アイドルグループに所属していたインフルエンサー、番組主題歌を担当する人気ダンスグループのメンバー、大人気のギャルタレントを揃えた。

 番組は、あえてテレビ業界が人気だった頃の雰囲気を再現する事にこだわった。局の上層部、少なくとも企画を立案した本人は、番組の成功を確信していた。

 しかし、結果は大爆死。

 初回の三時間スペシャルは世帯視聴率は4%。二回目は1・8%、以降は計測不能という体たらくであった。

 当然の結果である。

 テレビでしか見られない映像などと言っても、ガチガチのコンプライアンスに縛られた現状では、アイディア勝負に出る事も難しく、無難に流行を追うとなると、どうしてもインターネットの後追いになってしまう。

 頼みの豪華レギュラー陣も、全員が何らかのSNSで自ら情報を発信しているので、彼らのよほど熱心なファンでもない限りわざわざテレビを見る必要はない。あえて、テレビが元気な時代を再現した番組の雰囲気も古臭くて悪趣味なだけである。

 そもそも今の時代、番組欄を見て『今夜はテレビでないと!』という内容がまるで伝わってこないタイトルを目にして、土曜九時に一時間もテレビの前にいてくれる視聴者がどれだけいるだろうか。

 最初から失敗を約束されていた番組であった。

 しかし、旧態依然きゅうたいいぜんとした業界の常なのか、誰もがこうした抜本的な問題点から目を逸らした。

 企画を立案した局の重役はプロデューサーに番組が失敗した責任を擦りつけ、そのプロデューサーは製作現場のせいにした。




 二〇二〇年十一月前半。

 それは都内の繁華街にある小料理屋のカウンターでの事だった。

「ねえ、大将さぁ……」と、カウンター内で見事な包丁さばきを見せる店主に向かって声を掛けたのは、小綺麗なカジュアルジャケットを着た男だった。浅黒い肌で、いかにも体育会系といった容姿をしている。名前を門脇敬士かどわきたかしといった。

『今夜はテレビでないと!』のディレクターである。彼は赤ら顔でヘラヘラと笑いながら言葉を続けた。

「……俺、有名なスターの出演したグルメ番組、何本もやってるから解るけど、この店、ちょっとつまらない酒しか置いてなくない? 駄目だよ、これじゃあ」

「はあ、すいません」と、流石に大将もむっとした様子で言った。すると、門脇は気取った様子で人差し指をワイパーのように振り乱し、小馬鹿にしたような顔で言葉を返した。

「ねえ、接客業なんだからさ、もっと愛想よくしろって。こんなご時世なのにわざわざ店に足を運んでやってるんだからさぁ……」

「はぁ」

 と、大将はひきつった笑みを浮かべた。門脇は得意げな顔で「……そんなんじゃ、テレビで使ってやれないよ? なあ?」と、自分の左側に座る鵜飼に同意を求める。

 鵜飼は「本当にそうですよね」と、申し訳なさそうな顔で苦笑した。そのリアクションに門脇は満足げに頷く。そして、つぶ貝とたこのわさび和えをつまんで熱燗をお猪口にそそいだ。

 もちろん、門脇も馬鹿ではないので、テレビ業界が衰退しており、昔ほどの影響力がない事も自覚していた。しかし、それでも、まだメディアの王様はテレビであり、その業界に身を置く自身は勝ち組であると信じ込んでいた。

 それだけに『今夜はテレビでないと!』の大爆死は彼の自尊心を大きく傷つけてしまった。それがアルコールによって攻撃性として出てしまったのだ。この尊大な態度は、テレビ業界にいるという特権意識がゆらいでいる事の裏返しであった。

 ともあれ、門脇はお猪口につがれた熱燗を一気に呑みくだして言う。

「まあ、つまんねえ店だけど、値段は安いから気軽にやっちゃってよ」

 その言葉に苦笑しながら、大将に注文をするのは、鵜飼の左側に座る怪談師のノロイであった。

 この日の門脇はプロデューサーより、番組視聴率が振るわない事について詰められ、少々荒れていた。憂さ晴らしで久々に呑みに出歩こうと思ったはいいが、誘いを掛けても誰ものってこない。そこで普段から奴隷のように、こき使っている鵜飼を無理やり呼び出した。

 それから、酒を呑みながら番組の視聴率が振るわない事に対して散々愚痴を吐き散らし、酔いがかなり回ってきた頃に、新しい企画をどうするかという話になった。もちろん、建設的なアイデアなど出ようはずもない。

 そうして時間を浪費していると、鵜飼が自分の大学の後輩にオカルト系のYouTubeチャンネルを始めたやつがいる事を思い出して、何となく流れでその話を口に出した。それが怪談師のノロイである。

 オカルト番組といえば、昨今はコンプライアンスの問題などで絶滅し掛けているが、昔は一定の視聴率は見込める鉄板ネタであった。もしかしたら、沈み行く番組視聴率をどうにかできるかもしれない。

 門脇は、ノロイから番組に使えそうなネタを仕入れる事にした。すぐさま、ノロイを呼び出すように命令し、今に至るという訳だった。

 彼の注文が揃い、乾杯してから少しの雑談を挟んで、門脇は本題を切り出した。

「……でさ、ノロイくん。ちょっと、お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

 ノロイは烏龍茶のジョッキを右手に、刺身の盛り合わせに箸を伸ばしながら返事をした。

「……何かいいネタない? オカルト系でさ」

「うーん……」とノロイは視線を斜めにして、しばらく考え込み、烏龍茶を一口飲んでから「オカルトで定番の人気ネタといったら洒落怖じゃないすかね」

「洒落怖?」

「ほら、コトリバコとかあるじゃないですか。2ちゃんねるで有名だった」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ……」

 門脇は笑う。

 それでは駄目なのだ。結局インターネットの後追いにしかならない。テレビでしか見る事のできない特別な映像をお茶の間に届けるという番組のコンセプトに反する。

「……まだネットとかで未出みしゅつの誰も知らないようなネタ、ないかな?」

「いや、ない事はないですけど」

「何?」

「流石にそれは、ちょっと……」

 ノロイは苦笑しながら、わさびを大量に溶かしてペースト状になった醤油皿に鮪の刺身を浸す。

 門脇は尚も食い下がる。

「お願い。お礼はするから」

「なあ、俺からも頼むよ。何かない? ボツになったネタでもいいから」

 その鵜飼の言葉に、ノロイは「うーん」と両腕を組み合わせて、しばし考え込んだあとで口を開く。

「まあ、先輩には、けっこうお世話になりましたし、それなら……」

 と、言って、件の鏡の話をし始めた。




 ノロイの話を聞き終わったあと、門脇は上機嫌な様子で手を叩いた。

「いいねー。見たら狂う呪われた鏡。今度はそれで行こう! その何とか村とかいうところにもロケにいってさ……リポーターは、ほら、前に心霊回のときに呼んだ、あの子……」

「玉城ゆいですか?」

 鵜飼の言葉に門脇が「それ!」と声を張りあげる。すると、ノロイが遠慮気味な調子で言葉を発した。

「あの……お礼、いただけるのでしたら、僕も番組に出演させてくださいよ」

 門脇と鵜飼が顔を見合わせる。ノロイは照れ臭そうに言葉を続けた。

「……実は僕、ゆいちゃん推しなんですよね」

 そこで門脇が吹き出す。

「お前、ああいうのが好みのタイプなの?」

「ええ。まあ……」と、ノロイの返事を聞くと、門脇は酔った勢いで、また言わなくても良い事を言い始める。

「でも、あの子、清純そうな顔して、裏でけっこう遊んでるよ? 煙草もガバガバ吸ってるし」

「は、はあ……」と、あっさりタレントの裏の顔を明かした門脇の酒癖の悪さにドン引きしながら、ノロイは言葉を続けた。

「……そ、それでも、番組に出してください。お願いします」

 門脇はわざとらしい思案顔を浮かべながら、腕組みをして黙り込むと「解ったよ」とノロイの出演を了承した。

 しかし、彼の出番はリモートでのインタビュー映像だけで、ロケには参加させてもらえなかった。

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