【11】ロストテクノロジー


「何なの……」

 城田吉香は唖然としていた。

 高柳の狂気の告白を聞いて、変な震動と音が聞こえたと思ったら、とつぜん彼が怒りで顔を真っ赤にして棚にあった鉈を持ってどこかへいった。

 しばらくすると、高柳ではなく、まるでピクニック中の様な女の子二人がやって来た。警戒心はもたげたが、どう考えても高柳の仲間には見えない。

 とうぜん城田は「あなたたちは?」と聞くと、背の高い黒髪の少女から「あの男の仲間かしら?」と質問を返された。

 城田はこの質問に首を振り「あの男に監禁されているの」と言うと「後で警察に連絡するから大丈夫よ。そこでちょっと待ってて頂戴」と言って、部屋の中を撮影しながら何やらよく解らない話をし始めたところだった。

「……石化技術とは恐れいるわね」

「せきか……ぎじゅつ……?」

 背の低いポニーテールの少女が首を傾げて、黒髪の少女が解説し始める。

「……十九世紀頃のイタリアでは何人かの科学者が、この技法を研究していたというわ。最も有名なのは、ジローラモ・セガトね。エジプト学者でもあった彼は、ピラミッドの中で何らかの天啓を受けて、木乃伊ミイラよりも完全な死体の保存方法を開発しようとした」

「それが、石化技術?」

 黒髪の少女は首肯する。

「基本的には、プラスティネーションと一緒ね」

「あー、あのギロチン踏切のときの、キモキモのキモいやつね」

「それよ。プラスティネーションは樹脂を有機物に含まれる水分と置換するのだけれど石化技術は、水銀などの化合物を有機物に含まれる水分と置換する」

 そう言って、黒髪の少女は部屋の中心にある箱の朱色の液体を見た。

「……この部屋の気温がやたらと低温に保たれているのは、あの朱色の液体にも水銀が使われているのでしょうね。水銀は二十度で気化して、人体に悪影響を及ぼすから……」

「なるほど」

「ちなみに伝説の賢者の石の正体は硫化水銀の結晶だという説があるわ」

「じゃあ、このスポットに隠された賢者の石の正体って……」

「たぶん、あの朱色のどろどろとした液体でしょうね。もちろん、あれには鉛を金に変える力もないし、人間に永遠の命をもたらす力もない」

「なあんだ」

 背の低い少女が鼻白んだ様子で言った。黒髪の少女が更に話を続ける。

「……ただ、この技術自体はかなりのレア物よ。後世に残る事がなかったのだから。どういう訳か、開発者のジローラモ・セガトは死の間際に、この技術に関わる研究資料をすべて処分してしまったらしいの」

「何でなの?」

「理由についてはよく解ってないわ。セガトは人付き合いが極端に苦手な上に、せっかく完成させた、この技術のお陰で魔術を使う怪しい奴だと誤解されていたらしいし、いろいろと思うところはあったのではないかしら?」

「あー……」

「でも、さっきもいったけど、彼以降もイタリアで何人かの科学者が、この技術の研究を行って完成させた。ただ、十九世紀末には病理標本を保存するためにより手頃なホルマリンが使われるようになり、そして一九七八年ドイツで、グンター・フォン・ハーゲンスの手によって、似たような技術であるプラスティネーションが開発され、完全に忘れ去られたロストテクノロジーとなった。今となっては、この石化技術の細かな部分は、謎に包まれたままとなっているわ」

「ふうん」

 と、背の低い少女が、気のない返事をしたところで城田は、ついに我慢できなくなり声をあげた。

「あの!」

 二人の少女の視線が城田に集まる。

「……何かしら?」

 黒髪の少女に問い返された城田は、緊張気味にずっと疑問に感じていた事を質問した。

「あの……高柳……いや、あの男は?」

 二人の少女は顔を見合わせる。そして、背の低い少女が当たり前の事のように言う。

「腹パンしたから大丈夫だよ。アッパーカットもおまけにつけといたから、しばらくは起きないはず」

「ちゃんと、手足は拘束してあるから安全よ」

 黒髪の少女が続く。

 二人の言葉が理解できず、城田は眉間にしわを寄せて首を傾げる。

「ハラパン? アッパーカットがおまけ? コウソクって拘束したの? あなたたちが?」

「そだよ」

 と、背の低い少女があっさりと言った。城田はとうぜんながら信じられない。凶器を持っていて体格のいい高柳を二人がかりとはいえ、普通に見える少女が何とかできたはずがない。

「あ、あなたたち、何者なの……?」

 城田はもう一度、その質問を繰り返す。すると黒髪の少女が平然とした口調で言った。

普通の女子高生よ・・・・・・・・

「普通の……」

 普通って、何だ。

 城田にはよく解らなかった。ただ、ここから無事に帰る事ができたら故郷に帰り、疎遠だった両親に頭をさげて真面目に働こうと決意した。

 自分がいかに凡人であるかを思い知った城田は、もう見栄を張るためだけにキラキラした毎日を送りたいとはまったく思えなくなっていた。

「そろそろ篠原さんに連絡しましょうか」

 その黒髪の少女の言葉に背の低い少女が首を振った。

「その前にお昼ご飯にしようよ。ここはちょっと寒いから、外に出て」

「いいわね」

 と、黒髪の少女が答えたあと、背の低い少女が城田の方を見て言った。

「おねーさんも、どう? お弁当。お腹空いてない? ちょっとなら分けてあげるよ」

 その言葉で、酷い空腹である事を思い出した城田は、思い切り腹を鳴らした。

「じゃ、じゃあ……」

「なら決まりね」と、黒髪の少女が言う。

 その様子を部屋の片隅で一匹の鼠がじっと見つめていた。

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