【07】バラバラ死体


 その事件が発覚したのは先月の終わりの事だった。

 長野県との県境の山間で、登山客が人骨のようなものを発見した。 

 その人骨は鉈やのこぎりのような刃物で切断された痕跡があり、複数のビニール袋や鞄の中に詰められていた。死後二十年近くが経過しており、合わせて男女二人分あった。

 登山道から少し離れた斜面に空いた直径一五〇センチほどの洞穴に押し込まれていたのだという。

 身元に関しては人骨と一緒に見つかった免許証などから、二〇〇二年の四月に失踪して行方が解らなくなっていた自称祈祷師の羽村宏美はねむらひろみと、その夫の信太しんたであると推定された――。




『羽村宏美は、その筋では有名な呪い屋だった』

 と、受話口の向こうで言ったのは、警察庁の穂村一樹であった。

 彼は呪いや霊障といった、超常的な存在に対応するための特別な部署に所属している。

 二〇二〇年八月二十四日深夜、その彼の言葉に自宅リビングで耳を傾けるのは篠原刑事である。

 彼女は県警警備一課に籍を置く刑事であるが、ときおり穂村の仕事を手伝っている。

「呪い屋、ですか」

『ああ、そうだ』

 と、相づちを打って、彼は羽村夫妻についての情報を口にする。

『こちらの資料によれば、表向きは霊能者として依頼を受け、除霊や祈祷きとうなどを請け負っていたらしいが、その実態は自ら呼び出した悪霊を人や物に取り憑かせ、それを高額な報酬で祓うという霊感商法れいかんしょうほうに手を染めていた。下手な詐欺師とは違い、本物・・であるところが最悪だ。被害者は誰も騙されている事に気がつかないからな』

「それは、確かにとんでもないですね」

『羽村夫婦は監視対象とされ、その動向はこちらでも注視していたようだが、そんな矢先に行方を眩ましたらしい』

「それが十八年前の事ですか」

『そうだ』と、穂村は相づちを打ってから話を続ける。

『どうも、失踪の前年に夫の羽村信太が事業に失敗して、多額の負債を抱え込んだらしい。そのゴタゴタで地元の暴力団とも揉めていたようだな』

 と、ここまで穂村の話を黙って聞いていた篠原は、首を傾げた。そういう事ならば、羽村夫妻殺害の犯人は、そのトラブルのあった暴力団関係者である線が濃厚だろう。

 では、この事件のどこに心霊的な要因が絡んでいるというのだろうか。 

 彼女の脳内に浮かんだ疑問を察したかのように、穂村は言葉を発する。

『……羽村夫妻の住居は競売にかけられており、二人の失踪後にある一家が住む事となったらしいのだが、その一家はものの見事に離散している』

「離散……」

『何もなければそれはそれで構わない。しかし、羽村のやり口をかんが みるなら、万が一という事もある』

「なるほど……」

 穂村は疑っているのだ。

 “金に困った羽村夫妻が差し押さえられた家に悪霊を取り憑かせ、誰かの手に渡ったあとで自分たちが祓う”という自作自演を行おうとしていたのではないかと。

 しかし、羽村夫婦はその自作自演を行う前に殺され、家には悪霊が残ってしまった。

『そういった訳で、申し訳ないのだが少し調べてみて欲しい。詳しい資料を今から送る』

「了解しました」

 内心では嘆息たんそくしつつも、そう言うしかない篠原であった。




 穂村から送られてきた資料によると羽村夫妻のあとに、その家に住んでいた古寺一家の末路は酷いものだった。

 まず二〇〇六年頃、娘の美知が学校の遠足の最中に高所から転落し大怪我を負った。一命は取り留めたが片足を切断する事になった。そして、その二年後、彼女は悪性の骨肉腫を患い、残りの足も切断する事となる。結果、車椅子生活を余儀なくされた。

 そして、次は二〇一〇年。息子の敬士が当時所属していた野球部の先輩から虐めを受けて不登校になる。

 それから二〇一二年。実家で暮らしていた母方の祖父が来訪中に脱衣場で突然死する。

 この頃から妻の美袋の様子がおかしくなり、藤見市内の総合病院にある心療内科へと通い始める。

 そして二〇一五年、古寺大樹と美袋は離婚して一家は離散。

 その後、くだんの家は財産分与され、妻のものとなったらしい。

 篠原結羽は資料に一通り目を通したあと、古寺大樹とアポイントを取る事にした。



 古寺大樹は意外な事に、かつて住んでいたあの家の近くに暮らしていた。

 二〇一六年にかねてより関係のあった女性と再婚し、二年前まで県外で暮らしていたらしい。しかし、彼の父親が寝た切りとなったのを機に転職し、帰郷したのだという。

 因みに再婚の際に養子縁組を組んでおり、彼は既に古寺姓を捨てている。

 そんな訳で、自宅に電話を掛けると大樹本人が応対してくれた。さっそく身分を明かして、あの家の事や前の持ち主である羽村夫妻について、話を聞きたい旨を申し出る。

 すると、彼は少し迷った末に了承してくれた。

 ただし、同居中の妻と娘に話を聞かれたくないので、自宅には来ないで欲しいとの事だった。

 仕方がないので仕事先の近くにあるファミリーレストランで落ち合う事にした。

 そして、待ち合わせ時間よりも少し早く来店して待っていた篠原の前に姿を見せた彼は、挨拶を交わしたあとで話の水を向けると憂鬱そうに笑い、

「……もしかして、元妻に何かあったのでしょうか?」

 と、言った。その言葉の意味が少し気になったが、篠原はなるべく柔らかい表情で「そうではありません」と、彼の疑念を否定する。

 そして、あの家に元々住んでいた羽村夫妻が呪い屋である事を伏せて、彼らの遺体が見つかった経緯を明かした。

「……羽村夫妻が失踪した時期というのが、貴方があの家を購入する前後となります。夫妻は差し押さえられた後も、あの家に居住していたらしいですね」

「ええ」と頷く大樹。篠原は質問を続ける。

「もしも、羽村夫妻と面識があるようなら、そのときの二人の様子を思い出していただけないでしょうか」

「……実は、あの家を購入したのは妻なんです」

「奥さんが……?」

「ええ。占有者である、その……羽村さんですか? と、交渉したのも妻です。私は今日まで名前すら知りませんでした」

「そうですか」と篠原が頷くと、大樹はグラスの中のアイスコーヒーをストローですする。

 それから、怖気おぞけを滲ませた声で言う。


「妻は、あの家に取り憑かれていました」

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