【05】謎の女刑事登場


 石段を登り、丘の上に建つ廃屋の門前に辿り着いたとき、宮野颯天は唾を飲み込んだ。

 事前に楪と松本から聞いた話で抱いたイメージよりも、ずっと不気味であったからだ。

 そして、その二人が少し遅れてやってくる。宮野はもう一度確認する。

「いっ、一階の玄関から入ってすぐ正面の階段の右横なんだよね?」

「そうだよ」と楪が答えた。それを聞いて、宮野は安堵あんどする。

 入ってすぐの場所だから大丈夫。きっと、すぐに終わる。何かがあっても、すぐに逃げ出せばいいのだ。

「どうしたの? 早く行こう?」

 松本がきょとんとした顔で言った。宮野は胸を張り無理やり笑顔になる。

「おおう。そろそろ、行こうか」

 門を通り抜けて、生い茂る雑草を割って延びる煉瓦の小道を行く。そして、玄関ポーチの奥の扉を開けた。

 その瞬間、宮野は吹き出してきたほこりの臭いに顔をしかめた。そうするうちに、楪と松本が彼の横を通り抜けて、待ちきれないとばかりに玄関ホールの奥へと進む。

 どうやら、宮野という頼れる男子の味方がいる事で、多少ではあるが強気になっているらしい。

 その後ろ姿を見て、当の宮野は「女子って、すげーな」と独り言ちる。二人の後を追った。

 そして、問題の階段と壁の隙間の前に立ったとき、言い様のない違和感を覚える。ついさっき、コンビニの駐車場で見せてもらった心霊写真とは、何かが大きく異なるような……。

 その答えを言葉にしたのは楪であった。

「ねえ……冷蔵庫の位置……」

「うん」と、松本が相づちを打って、キッズ用のデジタルカメラを操作し、あの心霊写真を確認する。

 それを覗き込んだ瞬間、宮野も違和感の正体に気がついた。

 写真では階段と壁の隙間に、家電製品や段ボール箱が二列になって押し込められており、最後尾には冷蔵庫が一つだけ左寄りに置かれていた。その右側の壁に人の顔のようなものが写り込んでいる訳だが……。

冷蔵庫が動いてる・・・・・・・・

 左寄りだった・・・・・・冷蔵庫の位置が・・・・・・・右寄りになっていた・・・・・・・・・

「……勝手に動いた?」

 宮野は床に視線を落として周囲を見渡した。

 すると、床に積もった砂埃には、たくさんの足跡が浮かんでいたが、段ボールや家電などの荷物を移動させたような痕跡はなかった。

 壁と階段の隙間には、誰かが通り抜けて奥の冷蔵庫のところまでいけるようなスペースはない。上にあがれば、荷物を動かさずに奥まで行ける。しかし、その荷物の上には足跡などの痕跡が見当たらない。

 仮に何らかの方法で奥まで行ったとしても、冷蔵庫を左から右に移動させる理由が解らない。

 壁に浮かびあがったあの顔を隠すためだろうか。そうなると、あれは単なる壁の染みなどではなく、意味を持った何かであるという事になるのだが……。

 そこで、宮野は女子たちの方を見た。その視線に気がついたらしい楪が「どうしたの?」と小首を傾げる。

 彼は一瞬、すべてが自分を騙すための悪戯なのでは……と、考えたが、すぐに思い直す。

 ドッキリを仕掛けるのであれば“荷物の奥にある冷蔵庫を動かす”だなんて、面倒臭くて解りにくい事をするとは思えなかった。

 それに楪と松本も冷蔵庫が移動した事について驚きを露にしており、そのリアクションは本物であるように感じられた。

 そして、そもそも、戸田楪は可愛い。そんな事をする訳がない……。

 だとすると、なぜ冷蔵庫は動いたのか。この現象の正体はいったい何なのか……。

 考えれば考えるほど、冷蔵庫が動いたという些細ささいな現象が恐ろしく感じられてきた。

 心霊慣れしていない宮野は、足元から日常が崩壊し始めたような気がして背筋を震わせた。

「……な、何かヤバい。いったん、外に出よう」

 しかし、楪から返ってきたのは、極めて冷静な声音だった。

「うん。でも、ちょっと、待って。姫ちゃん、今の写真も撮って」

「う、うん」と、戸惑い気味ながらも異を唱える事なく彼女の提案に従う松本。

 その二人を見て宮野は、女子って凄いな……と、再び思った。

 そうして、不気味な雰囲気が渦を巻く廃屋の玄関ホール内に、無感情なシャッター音が鳴り響いた直後の事だった。


「あなたたち、何をやっているの!?」


 凛とした声が玄関の方から聞こえた。

 三人は同時に背筋を震わせて後ろを振り向く。

 すると、開かれた玄関扉の向こうから一人の女がやって来る。

 歳は三十前後といったところだろうか。びしっとしたスーツを着こなしている。

 その女は宮野たちの前に立つと、腰に手を当てて鋭い声を飛ばした。

「勝手に入っちゃ駄目でしょ? まったく……」

「ごめんなさい」

 と、素直に謝る楪。その悲しそうに歪んだ表情を見たとき、宮野は思わず口を開いていた。

「……でも、この家、誰も住んでないし、別に勝手に入ったって」

 彼の言葉をさえぎるように女は言う。

「それでも駄目なの。こういう誰も住んでいないところでも、誰かの持ち物になってて、その持ち主の許可なく勝手に入るのは法律違反なの。解った?」

「法律……違反……」

 どうやら、そのワードが響いたらしく、松本は青い顔で呟いた。

 宮野は楪の前だという事もあり、何となく意地になって女に突っ掛かる。

「……じゃあ、おばさんは」

「お、おば……」と女が目を丸くする。それに構わず宮野は続ける。

「……おばさんの方は、この家の持ち主に許可を取っているんですか?」

 すると、女はうんざりと言った様子で溜め息を吐いて、ジャケットの内ポケットから取り出したものを掲げた。

 それは、警察手帳であった。

 流石の宮野も黙り込んで何も言えなくなる。女はどこか勝ち誇った様子で言葉を続けた。

「……私は、ここに仕事で来ているの。兎に角、邪魔だし、危ないから帰りなさい」

 もう逆らう理由はなかった。

 三人は廃屋をあとにした。




「それで、門から出て階段を降った先の広場に、その女刑事さんの車が停めてあって……」

 と、言った楪に茅野は問う。

「その刑事さんの名前は? 警察手帳に名前がなかったかしら?」

 楪は松本と顔を見合せてから答える。

「よく見えなかった……」

 続いて桜井が問う。

「その刑事さんの車は、どんな車だった?」

「うーん、黒い車。名前は解らないけど」

 その楪の返答を聞いて、桜井はわざとらしく顔をしかめ頭を抱える。

「黒い車、心霊スポット、スーツ姿の女刑事……うっ、頭が……」

 そこで茅野が自らのスマホに指を這わせ、画面を楪と松本の方に掲げた。

「車って、これかしら?」

 楪と松本が同時に頷く。

 画面に表示されていたのは県警警備一課の篠原刑事が乗る、黒のアリオンであった。

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