【01】後継者たち


 二〇二〇年の夏休みも残すところ一週間となった八月二十四日。

 その家は、町外れの田園を見おろせる丘の上にあった。

 正面右の玄関に覆い被さるような切妻破風きりつまはふ

 その左手には広々としたウッドデッキがしつらえてあり、屋根からは煙突が突き出ていた。

 家の左側面には薪が積まれており、玄関ポーチからは、白い煉瓦の小道が門前まで伸びている。

 元々は海外ドラマにでも出てきそうな洒落た外観であっただろうが、今となっては見る影もない。

 庭先の芝生は手入れをされておらず、背高泡立草せいたかあわだちそうや猫じゃらしなど、お馴染みの雑草が随所に勢力圏を広げている。

 格子窓の硝子はすべてが割れて、ウッドデッキには枯れ葉や木の枝が転がっていた。その奥の掃き出し窓は木板の雨戸で堅く閉ざされている。

 積みあげられた薪は朽ちて、今や虫たちの集合団地と化していた。

 外壁の白いペンキは無残にも剥げ落ちて、所々で下地の木板が覗いている。

 その廃墟の門前へと続く石段を昇る二人の女子の姿があった。

「……この廃墟は昔、ある一家が住んでいたらしいわ」

 と、言ったのは、藤女子オカ研の副部長である茅野循――ではなく、牛頭小学校四年の松本姫子であった。

「その一家は、呪われていて、夫が浮気して家に帰って来なくなっちゃって……」

「浮気とか、サイテー」

 と、松本の後ろで唇を尖らせるのは、まだ夏休みの宿題の事を忘れたままの桜井梨沙――などではなく、同じく牛頭小学校四年生の戸田楪であった。

 二人は六月下旬にあった宮野颯天の視た奇妙な夢の一件で、共にオカルトの道を歩む同士だと気がつき仲を深めた。

 それから、松本が戸田から“本物の・・・ゴーストハンター・・・・・・・・”の話を聞くうちに、自分もやってみたくなり、結成されたのが……。


 “牛頭小心霊倶楽部”


 因みに、当然ながら学校非公認である。

 ともあれ、松本の話は更に続く。

「……それで、次は奥さんが発狂」

「うわー、可哀想」

「そして、双子の男の子と女の子がいたんだけど、その二人は行方不明になったんだって」

「行方不明? そうなんだ。ニュースとかになったのかな?」

 その戸田の質問に前を歩いていた松本が前を向いたまま、首を横に振る。

「……それは、ちょっと、解んないかも」

「そうなんだ」

 と、相づちを打ちつつ、戸田は家に帰ったらパソコンで検索してみようと心に留めた。

 そうするうちに、二人は辿り着く。その呪われた廃屋の前に……。

「雰囲気、凄い……」

 松本がごくりと唾を飲んだ。

「そうだね……」

 戸田は大きく目を見開き、建物の前面を見渡した。

 すると、その瞬間に吹き抜けた風が、ぞわりと裏手の竹藪を撫でつけた。




 二〇〇二年の春先。

 裁判所を出た後だった。

 古寺夫婦は夫の大樹の実家へと帰る。既に東京で暮らしていたときの荷物は運び込んであり、家の中は電化製品や、生活雑貨、衣類を納めた段ボール箱で溢れ返っている。

 その光景を見渡した古寺美袋は、このまま実家で暮らす事となる実感が込みあげて目眩めまいがした。気分が沈み込み、表情が暗くなる。

 問題の姑は、孫の相手をした事で機嫌はよさそうであったが、美袋の暗い表情を見るなり、怪訝な顔で「どうしたの?」としきりに尋ねてきた。

 それが、またわずらわしく、つっけんどんな受け答えをしてしまい、そのせいで姑が機嫌を悪くする。悪循環であった。

 やはり、このまま夫の実家で過ごす事など我慢できるはずもない。

 古寺美袋は夕食が終わった後、わざとらしく家族の前で携帯電話のメールを確認する振りをして、遠方の知人が死んだと嘘を吐いた。

「葬儀に行きたいので、明日、車を貸して欲しい」と申し出る。

 こうして、古寺美袋は翌日の朝、占有者を説得するために、あの競売物件を目指したのだった。

 



 例の競売物件は螺木町になぎまちの外れにあった。

 田園を割って丘のふもとまで延びる道を進み、突き当たりにある楕円形の広場で車を降りた。

 本来ならば、大樹の実家から四十分程度で到着できるはずだったが、倍の時間が掛かってしまっていた。

 広場の奥には丘の斜面を割って横たわる石段があり、その向かって左手にはコンクリートのガレージがあった。シャッターは閉まっており、家人が在宅かどうかは解らない。

 美袋は意を決して石段を登り、その家の門前に辿り着く。

 まず目を奪われたのは、正面右の玄関に覆い被さるような切妻破風きりつまはふ。その左手にはウッドデッキが設えてあり、屋根からは煙突が突き出ていた。

 家の左側面には薪が積まれており、玄関ポーチからは、白い煉瓦の小道が門前まで伸びていた。

 庭先の芝生は丁寧に刈り込まれ、外壁の白いペンキが降り注ぐ春の日差しによって輝いて見えた。

「……やっぱり、素敵……」

 その場に佇み、瞳を潤ませてうっとりとする美袋の脳裏を過るのは、彼女が理想とする幸せな未来であった。

 夫の大樹と息子の敬士が、芝生の上でサッカーボールを蹴りあっている。

 そして、ウッドデッキのテーブルを挟んで、娘の美知と向かい合う自分の姿……。

 四人共、キラキラと輝く笑顔で微笑んでいる。

 やがて、大樹と敬士が一息吐いたところで、よく冷えた自家製のレモネードを二人に差し出す――


「……いいわ」

 美袋は恍惚こうこつとした表情で溜め息を漏らした。

 すると、次の瞬間だった。

 おもむろに玄関の扉が開き、中から男が顔をのぞかせた。

 男は門前の美袋に気がつき、怪訝けげんそうに眉をひそめる。

「誰だ? お前……」

 その男は・・・・禿げあがった頭部と・・・・・・・・・左右が繋がりそうな・・・・・・・・・ぐらい濃い眉をして・・・・・・・・・いた・・

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