【10】病みゆく魂
「まだ、完全に安定した訳じゃあなさそうだね……」
松崎は残念そうに言った。姫宮は申し訳ない気分になり俯く。
「ごめんなさい」
「い、いや……あかりんが悪い訳じゃないよ。あかりんは何も悪くない」
「ごめんなさい……」
姫宮はもう一度、謝罪の言葉を口にした。昔から私事で人に迷惑や心配をかけるのが嫌だったからだ。
気まずい沈黙が流れる……。
そのまま数十秒の時間が流れた。
重苦しい雰囲気に耐えられなくなった姫宮は質問を発する。
「あの、私、何の病気なんですか? それに、ここって……」
本当に病院なのか……その疑問を口から吐き出される寸前に飲み込む。それを聞いてはいけないような気がしたからだ。
松崎が答える。
「君は、心の病なんだ……」
「心の……」
「たくさんの人でなしに傷つけられ……君は少しだけ病んでしまったんだ」
「傷つけられて……」
あの騒動の事だろうか。しかし……と、姫宮は疑問に思う。なぜなら、少なくとも高槻志歩からGirly7の武道館ライブが決まったと聞いたときの自分は、精神状態が上向きだった。
あのときは、かつての仲間たちの
さっき、甦った記憶の中の自分は確かにそうだったはずだ。
「……どうして、私は」
何かがおかしい。再び傷痕の消えた手首を眺める。
すると、ベッド脇に立つ松崎の声が、項垂れた姫宮の頭部に振りそそぐ。
「……君は前の事務所を辞めさせられてから、一年ぐらいで地元のプロダクションに所属する事になった。だけど、早すぎたんだ」
「早すぎた……?」
松崎の顔を見あげると、彼は泣きそうな顔で頷いた。
「世間では、未だに君をよく思わない声が多かった。
特にG7のファンたちは、まるで犯罪者か何かのように姫宮あかりの事を嫌っていた」
「犯罪者……」
絶句する姫宮。そして、自分の両手の指先が微かに震えている事に気がついた。
そして、松崎は忌々しげに表情を歪めながら話を続けた。
「復帰して最初の仕事はパチンコ店の営業だった」
「ああ……」
真面目な姫宮は興味のなかったパチンコの知識を事前に詰め込み、当日に臨んだ。会場は“あの姫宮あかり”見たさに客が押し寄せて大盛況だった。
店内の特設イベントスペースでのトークショー……そして、新機種に使われたアニメ主題歌のカバーも歌った。
結果的に会場は盛り、イベントは大盛況のまま幕を閉じた。少なくとも会場では、誰もが姫宮の存在を受け入れ、温かい声援を送ってくれているように思えていた。
しかし、イベント後のネット上では彼女の復帰を快く思わない者たちからのバッシングが吹き荒れた。
更に例の熱愛報道の記事を掲載した週刊誌が“スキャンダルで落ちぶれた人気清純派アイドルの末路”というような文脈で姫宮あかりの芸能活動復帰を報じた。
結果、世間は忘れていた彼女の名前を思い出す。
嘲笑と
そういった、姿の見えない不特定多数の者たちの悪意が姫宮の心を徐々に腐らせていった。
「……あかりんはさ、一見すると真面目でしっかりしているように見えるけどさ、か弱い女の子なんだよね……。僕だけはちゃんと解っているから」
そんな事はしたり顔で指摘されるまでもなく、姫宮は自覚していた。自分のメンタルの弱さなど、他人に言われるまでもない。
岸田良平と別れたあとに、自ら命を絶とうと切りつけた
「ああ……」
次の瞬間、姫宮の脳裏にフラッシュバックする。
かとうれお@leo_katoo・1日前
明日クソビッチ姫宮が地元の花火大会でるwww
竹本レイジ@TakeRayG・21時間前
姫宮あかりとか呼ぶならもっとマシなの呼べよ
富原正和@Tommy_masa・16時間前
姫宮あかりとかいうヤリマンまだ生きてたんか?
ゴー伯爵@Goooh_deep・11時間前
姫宮あかりってまだ引退してなかったんだ。あれだ
けやらかしといてよく顔出せるな。恥ずかしくない
のかよ。
Jonny@つっきー推し@warker_g7・8時間前
かたや武道館。かたや地方の花火大会。クソビッチ
姫宮ざまあwww
Backey黒田@back_black・3時間前
姫宮あかりとか誰得だよ。
啄木鳥マン@G7応援アカ@Picidaegirly7・1時間前
姫宮あかり? 久し振りにその名前見たな。とりず
えず○ね。
びーとるじゅーす@Betelgeuse・30分前
みんなやめろ! あかりんの事を応援してやれよ!
698:リゲル◆bu6gfde5a3 07/03(土)22:01ID:※※※※※※※※
(URL)
↑の花火大会のオープニングで姫宮あかりのステージがあるよ!
みんなで応援していこうぜ!
699: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:12ID:※※※※※※※※
>>698
死ね。
あのヤリマンクソ女の話はやめろ
700: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:16ID:※※※※※※※※
>>698
あのヤリマンの話は荒れるからヤメレ
701: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:21ID:※※※※※※※※
正直現地で声かければヤれそうじゃね?
702 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:25ID:※※※※※※※※
>>701
俺は無理。性病移されそう。
703: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:31ID:※※※※※※※※
シンプルに姫宮ってくさそう
704: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:40ID:※※※※※※※※
取り敢えず現地の人スネークたのむわ
705: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:44ID:※※※※※※※※
じゃあステージにロケット花火ぶちこんでくるわwww制裁じゃあwwwwww
706: 名無しさん@おーぶん 07/06(土)22:58ID:※※※※※※※※
>>705
これはauto
「うっ……おえええええ……」
えびす荘の一室で、姫宮あかりは込みあげる吐き気を抑えて精神安定剤を口にした。急いで座卓の上にあったミネラルウォーターをラッパ飲みする。やはり、吐き気は止まらず胃袋が痙攣し続ける。
姫宮はスマホを放り投げてから口元を抑え、トイレへと駆け込んだ。
この日はローカル局の情報番組の収録で、えびす荘に一泊して館内をリポートするという仕事だった。
特に何事もなく収録を終え、後は身体を休めて翌日の花火大会に備える予定だった。
しかし、ついつい眠る前にエゴサーチをしてしまい、心を大きく乱してしまう。
怖かったのだ。
姿も名前も解らない誰かの声が……。
エゴサーチは周囲の人間から止められていた。しかし、辞められない。
他人の目が怖い。自分の知らない場所で、また好き勝手なデタラメを言われてしまうのが怖い。自分が何と言われているのか、確認しないと怖い。それが仮令誹謗中傷であったとしても……。
しかし、エゴサーチを繰り返す度に、彼女は精神を
「オエエエエエエエ……もう嫌……」
トイレで胃液しか出なくなるまで吐き戻した彼女は、スマホを握り締めて部屋着姿のまま、ふらふらと部屋を出た。
旅館のフロントで「ちょっと、車に忘れ物をした」と虚ろな瞳で言って、外に出たのが最後に目撃された彼女の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます