【08】占い結果


『兎も角、あの存在と弟さんの相性が徐々に合い始めているわ。今はまだ家の中に招き入れなければ大丈夫だけど、じきにそれでは済まなくなる。もう数日の猶予もないわね……』

 と、画面の向こうの九尾が言った。

 表情はキリッとしていたが、赤ら顔で呂律ろれつが回っていない。

 そんな彼女を胡散臭そうな眼差しで見つめる弟を尻目に、茅野は話を進める。

「それで、どうすれば、八尺様を退ける事ができるのかしら?」

 その質問に九尾は絶望的な表情で首を横に振る。

『あの存在を退ける事は難しいわ。今まで何人もの霊能者が犠牲になっている……』

「九尾センセでも?」と、桜井。

『そうね。やってみなくちゃ解らないけど……倒すとなると、あの“調伏法ちょうふくほう真髄しんずい”くらいのものがないと、無理かもしれない』

 桜井と茅野は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 この九尾天全は、単なる酔っ払いなどではない。業界でも最強と目される霊能者である。

 桜井と茅野も彼女の実力の高さは、これまでに何度か目の当たりにしてきた。

 その九尾天全でも祓う事のできない存在なのだという。今回の敵の強大さを実感した二人は……。

「まあいいわ。私の可愛い弟に手を出そうとした事をたっぷり後悔させてあげる……」

「今回は久々に格上の相手と試合やりあえるって訳か」

 新たな闘志を燃やしていた。

 そして、茅野が勢いよくソファーから腰を浮かす。

「どしたの? 循」

「その長臑村へ行ってみましょう」

「お、敵陣に乗り込むんだね?」

 桜井が左掌に右拳を打ちつけて微笑む。ぱしん、という小気味のよい音がとどろいた。

 そして、茅野が確信に満ちた眼差しで述べる。

「……あのネット怪談が事実を元にしているなら、恐らく八尺様を倒すヒントは、その長臑村にあるはず」

「どゆこと?」

「いくら何らかの利を得るためとはいえ、八尺様を村に留めておけば貴重な労働力である若い男を失う危険が大きくなる。これは、昔の農村部では致命的よ。恐らく八尺様を退ける方法が村に伝わっていたのではないかしら?」

 そこで九尾が感心した様子で頷く。

『流石は循ちゃんね。確かに長臑村には八尺様を調伏するための霊験れいげんあらたかな不動明王の数珠があった・・・らしいわ』

あった・・・……?」

 と、眉をひそめる茅野。

 九尾は神妙な顔つきで頷き、四合瓶をグラスの真上で傾けた。

『ただ、その数珠は盗難にあって、村から持ち出されて以来、今では所在が解らなくなっているの』

 数珠を盗んだ犯人は杉田多三郎すぎたたさぶろうという男らしい。

 彼はくだんの数珠を管理していた一族の三男で、村の外で放蕩三昧ほうとうざんまいを繰り返し、多額の借金があったのだという。

『……十五年前、祖父母を訪ねて村にやって来た若者が八尺様に魅入られてしまったとき、その若者を安全な結界の中にかくまって、その間に不動明王の数珠で八尺様を退けようとしたんだけど……』

 そこで、村人たちは数珠がなくなっている事に気がついたのだという。

 焦った村人は魅入られた若者をどうにか結界の張られた村の外へと連れ出し、同時に杉田の行方を追った。

 しかし、彼は草津の山中で無惨な死体となって発見されたのだという。

『杉田を殺したのは、彼に金を貸していたヤクザだって話よ。彼の遺体は発見当時、肝臓や腎臓なんかの臓器が全部なくなっていたみたい……』

「うへえ……」

 と、顔をしかめる桜井。九尾は更に話を続ける。

『杉田は殺される前に何人かの故買屋と顔を合わせていて、数珠はその中の誰かの手に渡ったらしいわ。でも大したお金にはならなかったのでしょうね』

「それで、借金のカタに臓器を抜き取られたという訳ね……」

 茅野の言葉に頷く九尾。

『けっきょく、数珠の行方が見つかるまで封印を維持して、八尺様を村に閉じ込めておこうという事になったんだけど……元々、長臑村の住人は老齢の者ばかりだったから、村に若者を来させず、封印を維持する限りは新たな犠牲者が出る事はないから』

「なるほどね。しかし、封印は破られてしまった」

『ええ。そうよ、循ちゃん。二〇一二年の事よ。ドライブ中だった学生たちが偶然にも村に迷い込んで、誤って封印の地蔵を倒してしまったらしいわ』

 八尺様は、その隙を逃す事はなかったのだという。

 そして、それから二年後に長臑村は住民が途絶え、現在は廃村となっているらしい。

「ねえ、センセ。その数珠の行方、占いで探せない?」

 桜井の提案に、九尾は浮かない表情で答える。

『やってはみるけど……でも、かなり難しいと思うわ。せめて、その数珠の写真でもあれば精度はあがると思うけど』

「それでもいいから、やってくれないかしら?」

『いいわ。やってみる』

 真剣な表情の茅野のお願いを、九尾は二つ返事で了承する。

「あの……僕は、どうすれば……」

 そこで、おずおずと言葉を発した弟の顔を一瞥いちべつしたあと、茅野は九尾に尋ねる。 

「先生、薫はどうしたらよいかしら?」

 この質問に九尾は、少しの間、思案顔を浮かべてから口を開く。

『……家の東西南北の四隅に盛り塩をして……取り合えずは、それだけでも、時間は稼げると思うわ』

「解ったわ」

『あと、魔除けの御札のデータを送るから、それをプリントして貼って』

「そんなのでいいんだ」

 と、桜井が言った。

『まあ、無いよりはマシっていう程度だけど、確実に効果はあるから』

 九尾が苦笑する。

『……それでも、猶予は、あと一日か二日といったところね。それから解っていると思うけど、絶対に招き入れたり、呼び掛けに応じたりしちゃ駄目よ』

「大丈夫よ」

 と、茅野が答える。

『それじゃあ、真面目に集中して占いたいから、いったん落ちるわね。結果が出たら連絡するわ』

「いってらー」

 桜井がひらひらと手を振ると、九尾はログアウトする。

 そのあと、茅野は不安げな表情の弟に向かって、得意気な顔で胸を張る。

「大丈夫よ薫。お姉さんに、任せなさい!」

「ああ、うん……」


 どう考えても不安しかなかった。




 それから数時間後。

 都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』であった。

 二階リビングの胡桃ウォルナットの座卓の上に並べられた惣菜類やグラス、四合瓶は既に綺麗に片付けられていた。

 代わりに燭台や香炉、日本地図、そして、タロットカードやダウジングの振り子ペンデュラムなどの占いグッズが無造作に置かれている。

「うーん……」

 それらを眺めながら頭を抱えたのは、九尾天全であった。

 彼女はあのあと、すぐに入浴を済ませて酒をできるだけ抜き、集中力の高まるアロマキャンドルや香を焚いて、例の数珠の行方を様々な方法で占ってみたのだが……。

「やはり、精度の問題なのかな……それとも、これで合っているのかな……」

 さしもの九尾天全でも、話に聞いただけの見たこともない物の所在を占うのは、なかなか手こずっていた。

 すべての占い結果は、どういう訳なのか、既に目的の数珠が失われて久しい長臑村を指していた。

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