【04】物書きにとってのホラー


 二〇二〇年八月九日の事だった。

 寺井秀太は朝起きると身支度を整えて食事をし、家事を済ませて書斎机に向かった。

 ノートパソコンを立ちあげ、テキストエディタを開く。

「よし、今日こそやるぞ……」

 寺井は意気込むが……。


 ……点滅を繰り返すだけのカーソル。

 やはり、一文字も浮かんで来ない。

「糞……糞……俺には才能があるんだ。俺の作品を評価できない世間の方がおかしいんだ……」

 そう独り言ちて、寺井は気がつく。

 あのときと同じだ。

 一文字も書けなくなっていたあの頃から、自分はまったく変わっていない……。

「糞……畜生……畜生……糞ぉ……」

 机の天板に両手の拳を振りおろし、点滅するカーソルを見つめたまま、過去を振り返る――






 筆名“てらいしゅうた”こと、寺井秀太が作家を目指そうと思い立ったのは、二〇〇六年の事。

 彼が二十歳のときだった。

 あるライトノベル文庫の公募に応募した作品が、一次審査を突破したのが切っ掛けであった。

 元々ライトノベルを読むのが好きだった彼は、ある人気作品を読んだあと、ふと思った。


 ……こんなの俺でも書けるだろ。


 それから彼は、勢いのまま四百字詰め原稿用紙換算で三百枚に及ぶ作品を一気に書きあげ、当時の最大手ラノベレーベルが主催する公募へと応募した。

 けっきょく、その作品は二次審査は通らなかったのだが、このとき寺井は自分に才能があると勘違いしてしまった。

 最初に書いた作品で、いきなり一次を突破したのだから、もう少し頑張れば簡単に作家デビューできるだろうと……。

 さっそく、寺井は次の公募に向けて、自作の改善点を模索し始めた。

 彼の第一作目の作風はハードでダークなSFで、当時の流行とは大きく違うものだった。

 その辺りに落選の原因があるのだろうと結論づけた寺井は、流行りだった『ハルヒ』や『戯言シリーズ』のような文体の作品を書くようになった。

 安易で浅はかに思えるかもしれないが、この時点の彼は流行を分析して取り入れようとするだけ、まだマシだった。

 しかし、己に才能があると勘違いしていた彼は、自分程度が思いつく事など、既に他人が思いついてやっているかもしれないなどと、欠片も考えなかった。

 結果、寺井が書きあげて新たに公募へと送った作品は、全国津々浦々から集まった“斜に構えた男主人公の一人称小説”の群に埋もれて日の目を見る事はなかった。

 もちろん、この結果を受けて落胆した。

 だが、それでも、彼は諦めずに小説を書き続ける道を選んだ。

 まだ寺井は自分の才能を過信していたし、何よりもこの頃は小説を書く事自体が好きだったからだ。

 彼は都内の大学に通いながら小説の執筆を続け、公募にチャレンジし続けた。

 しかし、どんなに努力しても、やはり彼の作品が日の目を見る事はなかった。

 よくて一次審査を突破する程度で、二次審査の壁は厚かった。

 そのまま、大学を卒業しアルバイトをしながら執筆を続ける寺井。

 そんな折りに、友人から『小説家になろう』への投稿を勧められる。

 当初の彼は、こう考えていた。


 ……公募で鍛えあげられた俺の文章力をもってすれば、ウェブサイトに集まっている素人どもの作品など、ものの数ではない。すぐに出版社の目に止まり、デビューできるだろう。


 この頃、ちょうどウェブサイト発の作品がライトノベル業界で注目され始めていた。

 そうした作品のように、自分の書いた小説も脚光を浴びる事ができるはずだ。

 寺井は意気揚々いきようようと、自分の書いた“似非えせキョン”と“似非戯言使い”を足して二で割ったような作品を完結まで一気に投下した。

 これが、寒風吹き荒ぶ二〇一二年の暮れの事であった。

 しかし、結果は……。




 評価ポイント合計


 0pt


 ブックマーク登録


 0件




「あああ……何で……何でだ……?」

 投稿を終えて朝起きて、自宅の作業机の古いデスクトップパソコンでマイページの小説情報を開いた結果、彼は愕然がくぜんとした。

 何かの冗談だと思った。

「ああ。そうだ……きっと、まだ読み終わっていないんだ。だから誰も評価を入れていないだけなんだ」

 アクセス解析を見れば、わずかであるがPVはあった。

 つまり、誰かは必ず自分の作品を閲覧してくれているという事だ。

 そう気を取り直した寺井は、顔の見えない読者が自作を読み終わってくれるのを待つ事にした。

 確かに自分の作品は、最初はつまらない・・・・・・・・かもしれない・・・・・・

 しかし、我慢して・・・・最後まで読んでくれれば、よさは絶対に理解してくれるはずだ。

 寺井は神にも祈る気持ちで、そのときがくるのを待ち続けた。

 だが、彼の作品の評価ポイントやブックマークが増える事はついになかった。




 年が明けても、寺井の作品のブックマークが増える事はなかった。

 流石にこの頃になると、自信家の彼も自分の作風が時代遅れなのでは……と、気がつき始めた。

 そして、ウェブ小説投稿サイトにおける、人に読まれやすい投稿の仕方やタイトルのつけ方、あらすじの書き方がある事を学んだ。

 更に彼は、昔そうしたように、サイトの流行を分析する事にした。

 ランキングに並んだ作品を片っ端から読破してゆく。

 そこで寺井は気がつく。

 それらの作品が、ことごとくつまらない事に……。

 自分の作品のどこが劣っているのか真剣に解らなかった。

 オリジナリティ皆無のどこかで見たような世界観に、矛盾ばかりの陳腐な設定。

 紋切り型でマネキンのようなキャラクターたち。

 薄っぺらく起伏にかけるストーリー展開。

 寺井にはランキングに並んだ作品のすべてが、そんな風に感じられた。

 つまらないだけならまだしも、中には小学校の国語レベルの基本的な日本語すらできていないものも多かった。

 そんな駄作よりも、才能のある自分が苦心して書いた作品が評価されていない。

 この事実に彼は信じられない思いだった。

 なぜ、そんな不可解な現象が起こっているのか。

 寺井は必死に考えた末に、ある一つの結論に達した。


 ……こいつらは、全員がインチキをしているに違いない。


 複数アカウントによる不正なポイント操作。

 サイト外で結託した集団クラスタによる組織票。

 それらの根拠は『評価を受けているランキングの作品が評価を受けていない自分の作品よりもつまらないから』

 それだけだった。

 しかし、ネットを検索してみると、寺井は自分の導き出した結論が正しいという確信を更に深めた。

 なぜなら、掲示板やSNSなどで、そうした不正の実在を示す論拠が多数あげられていたからだ。

 この日から彼は、暇があればネットにかじりつき、不正が存在するという確定的な証拠を探す日々を送った。

 しかし、いくら不正が存在するという確信を深めても、彼の傷ついた自尊心が元に戻る事はなかったし、彼自身が面白い小説を書けるようになりはしなかった。

 そして、数ヵ月後の事だった。

 寺井はようやく自分が一文字も小説を書けなくなっている事に気がついた。

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