【05】殺意の灯火


 それは二〇一三年十一月二十日の定期メンテナンス明けだった。




 b/head『いやー、ついに来るべきときが来たかって、感じだなぁ』


 セント・ジョージ『まあ、最近の運営は、明らかにやる気なかったしね。何となく、そろそろかなって思ってたけど』


 カエデ『まあ、よく持った方だよね。こんな壊れバランスのマニアックなゲームw』


 カエデ『みんなはどうするの? 私はエオルゼアの方に移住するけど』


 セント・ジョージ『俺は、どうしよっかな……』


 カエデ『みんなで行こうよ。ジョージも、リーダーも、アレスも。六月さんにも声かけてみる』


 b/head『あー、俺はネトゲはそろそろ引退かな。最近、体力的にキツくって』


 カエデ『でたよwwwジジイwwwリーダーがゲーム止められる訳ないしwww』


 b/head『うるせwww』


 セント・ジョージ『まあ、あと半年以上もあるし、ゆっくりと身の振り方を考えようよ』


 セント・ジョージ『てか、アレスどうした? 静かだけど。ラグった?』




 そのチャットログを凝視しながら、桐場秋人は奥歯をきしらせていた。

「おおおお前ら……何で、そんな……世界が終わるんだぞ? こここの世界が終わるんだぞ? 何で……何で……そんなに……」

 それは、まるで夕暮れ時の公園の砂場で、遊び飽きた子供たちのように思えた。

 暗くなったからまた明日。

 お腹が減ったからまた明日。

 仲間たちの会話が、そんな幼稚なやり取りに聞こえて桐場は愕然がくぜんとする。

「お前らにとって、この世界は、そんな程度だったのか……何で、そんなに平然としていられるんだ……」

 その仲間たちの態度は、自分が文字通り人生を賭けて取り組んできた大切なものへの冒涜ぼうとくであるかのように感じられた。

 パーティの為に生活費を切り詰めて……切り詰めて……睡眠時間を削って……削って……頑張って【黒騎士アレス】として戦ってきた努力を馬鹿にされたような気がした。

 それも真の仲間であると思っていたパーティメンバーたちに……。

「……酷い……酷いよ……」

 画面の向こうの仲間たちは、既に世界が終わる事など忘れてしまったかのように、十二月二十六日のオフ会についての話題を交わしていた。

 しかし、桐場の涙に歪んだ視界は、そのログを映し出す事はなかった。


 ……これが、彼の心の闇に殺意の灯火がもたらされた瞬間であった。




「……この黒騎士アレスっていう人が、七年前のオフ会で放火した人……」

 桜井の言葉に茅野は答える。

「現場の状況や目撃証言などから間違いないそうよ」

「なるほどねえ……」と、桜井は得心した様子で頷いた。

 因みに、犯行動機は未だに本人が口を閉ざしたままであるために不明である。

 しかし、彼が犯行前に匿名掲示板やSNSへとおこなった書き込みの内容から、ゲームのサービス終了が切っ掛けになったのではないかとされていた。

「……で、どうする? 何て返信するの?」

 茅野は顎に指を当て、しばらく考え込んでから口を開く。

「今は、まだやめておきましょう」

「どして?」

「これは、このゲーム独特の仕様なのだけれど……見て」

 茅野は【黒騎士アレス】から送られてきたメッセージの下部を指す。

 そこには【From:城塞都市フール】とあった。

「メッセージがどこのマップから送信されたものなのか表示されるようになっているの」

「つまり、居場所を相手に知られる事になる……?」

「まあ、そうね。だから、どうだっていう事もないのだろうけれど……何となく嫌な予感がするわ」

「だねえ」

 と、ワクワクした様子で相づちを打つ桜井。

 そして、同じく楽しそうな顔で茅野は舌舐めずりする。

「それなら、こちらから向こうに行ってみましょう」

「なるほど。……で、城塞都市フールって、どんなところなの?」

「私の所属していたギルドのホームがあった町ね。ゲームのスタート地点でもあるわ」

 そう言って、メッセージウィンドを閉じると、茅野は【六月】に来た道を戻らせ始めた。

 すると、早々にサーベルと丸盾を構えた骸骨剣士の群れと遭遇し、戦闘となる。

 杖スキルを連発しながら骸骨剣士を次々と倒してゆく【六月】

 その光景を眺めながら、桜井が再び質問を発した。

「……それで、黒騎士アレスさんって、どんな人だったの?」

 マウスをタイミングよくクリックしながら茅野は答える。

「パーティでは、もっとも課金額が大きいエースアタッカーだったわ」

「いくらぐらいかけてたの?」

「そうね。見たところ課金額は中の上、もしくは上の下といったところだったわね……」

 彼の収入は親の仕送りのみである。なので、いくら生活費を切り詰めても課金額の上限は、トップクラスの廃人ゲーマーには到底およばない程度であった。

「……レベルは私の知ってる当時で97。ギルド内ではもっとも高かった」

「ふうん」と、いつもの気のない相づちを打つ桜井。

「それから、彼はパーティで、もっともキャラクターになりきっていたわ。思い返してみても、ほとんど素の彼って見た事ないかもしれない」

「ある意味、一番真面目に“ろーるぷれいんぐ”していたんだね?」

「そうね。……だからこそ、ゲームのサービス終了には思うところが大きかったのかもしれないわ」

 茅野は何とも言えない表情で肩をすくめる。

 画面の中では【六月】が最後の骸骨剣士を杖スキルで打ち砕いていた。




 ちょうど、その頃だった。

 今年で六十七歳になる菅山富一すがやまとみいちは、一人で問題本を片手に詰め将棋に熱中していた。

 すると、玄関前にいる飼い犬のシロが激しく吠え始めたので、怪訝けげんに思って眉をひそめる。

 しばらく待っても、まったく鳴き止む気配を見せない。

 菅山は気になって重い腰をあげた。冷房の効いた居間から玄関へと向かい、サンダルを突っかけて外に出る。

 すると、ひさしの柱に繋がれたリードをいっぱいに伸ばし、シロが門の外へと吠えている。

「なした? シロや」

 飼い犬の視線の先は、路地を挟んで正面の家の玄関前に向けられている。

「何じゃあ……」

 しかし、いくら目を凝らしても菅山の瞳には、何も映らない。門の奥にある庇の下に漂う薄暗い日陰があるばかりであった。

「また茅野さんのところで何かあったんかの……」

 そう言って、菅山は不安げな顔で首を捻った。

 彼の自宅の正面の家。

 そこは・・・藤見市の駅裏にある・・・・・・・・・茅野循の住む・・・・・・家であった・・・・・

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