【02】先客
駐車場は
ここから更に木立を割って延びる未舗装の坂道を少しだけくだると、渓流の河原へと辿り着く。
その坂道の入り口には木製の看板があり『荒井沢キャンプ場』と記されていた。
駐車場には白いライトバンと黄緑色のクロスビーが停めてある。どうやら先客がいるようだった。
桜井は、その二台から少し離れた場所にミラジーノを停める。
車から外に出ると、水流の音と山鳥の鳴き声が
荷物を降ろしたあと、いつものように心霊スポット探訪が目的である事などおくびにも出さないハイカー
「……キャンプ場といっても、利用料は
「それ、もう単なる河原じゃん」
桜井がストレートな突っ込みを放つと、茅野は苦笑して頷く。
「そうとも言うわね。まあ、元々はちゃんとした有人のキャンプ場だったらしいのだけれど、数年前、運営元である自治体の財政難から、今の形になったらしいわ」
「ふうん……」
と、桜井が気の抜けた相づちを打ったところで視界が開ける。二人は河原へと辿り着いた。
坂道の出口の右横に再び木製の看板があり、ゴミ捨てや火の始末に関するルールが記されていたようだが、ほとんどの文字はかすれて読めなかった。その前を二人は通り過ぎる。
そして河原を見渡すと、まず目に入ったのは二つのテントだった。
周囲には、大きなバーベキューコンロやクーラーボックス、アウトドアチェアが六脚ほどあったが誰もいない。無人である。目に見える範囲に人の姿は見当たらない。
「循、これは……」
「少し様子がおかしいわね」
桜井と茅野は、
「火は消えているわ」
コンロに火はともっておらず、炭や灰は火消し壺に入れられていた。網で肉などの食材を焼いた形跡はあったが、何も乗せられてはいない。
蚊取り線香の火も水をかけて消されている。ビールや酎ハイの空き缶、紙コップ、紙皿や割り箸などはゴミ袋に入れられて、まとめられている。
それらを
中は綺麗に片付いており、寝袋などの寝具の準備はされていなかった。天井から吊るされたLEDランタンの電源は消されている。
「……つまり、このテントの持ち主たちは自分たちの意思でこの場を離れた可能性が高い。残った荷物からすると、男が四人、女性が二人かしら」
「循、どう思う……?」
桜井の問いに、茅野はしばし考え込んでから結論を述べる。
「何かのトラブルがあったのかどうかは、今の段階では何とも言えないわね。メアリ・セレスト号やディアトロフ峠みたいなのを期待したのだけれど」
と、茅野が
「それは、循がホラー脳過ぎるよ」
「そうかしら?」と、肩を
「取り合えず、村の探索を終えて、帰ってきてもこのままだったら通報しましょう」
「そだね」
桜井が同意して頷く。
「……もしかして、この人らも、あたしたちと同じでスポット目的だったりして」
「まさか。それは偶然が過ぎるわ」
「それもそっか。あははは……」
「もう、死んでたりして」
「まさかー!」
「どうかしら?」
などと、呑気な会話を交わしながら、二人は下流にあるという岩場を目指した。
それは桜井と茅野が荒井沢キャンプ場を訪れる前日の昼過ぎであった。
バーベキューコンロの上で焼ける肉の脂が炭火に落ちて、食欲をそそる香を立ちのぼらせた。
その肉を箸で紙皿に取り、アウトドアチェアに深々と腰を埋めたのは、線の細い理知的な風貌の男だった。
彼の名前は
県内大学の理工学部に通う学生であった。
「肉はいいねえ。肉は心を
「はい、はい。文化の極み、文化の極み……」
前沢の言葉に応じながら、トレーに乗った生肉を網の上に並べるのは、眼鏡をかけたショートカットの女だった。怪我でもしているのか右足首に包帯を巻いている。
彼女は
そして、その野島に対して「美姫氏、英人氏の扱いが雑ぅー」と、ビール片手にゲラゲラと笑うのは
どことなく鼠に似た小柄な男で、彼も前沢や野島と同じ大学に通う同級生である。
「それにしても……」
前沢は駐車場へと続く坂道の方へと目線をやって、不機嫌そうにドリンクホルダーの缶チューハイを
「
「あ、
と、声をあげてスマホの画面を
彼の名前は
「……今、コンビニみたいっす。何か買う物あるかって」
前沢が舌を打って顔をしかめる。
「んな事はいいから早く明日菜ちゃん、連れて来いって言ってよ……」
「了解です」
森山は淡々と応じてスマホに指を這わせた。
彼ら四名と 現在キャンプ場へと向かっている最中の
ずっと活動休止状態であったが、ここに堤川と柊が到着すれば、数ヵ月振りに全員が顔を合わせる事となる。
「早く来ないと、肉も酒も全部なくなっちゃうぞ……まったく」
そう言って、前沢は缶チューハイを一気に
そんな彼の事を、横目で見ながら野島は微笑む。
「まだ、売るほどあるわよ? お肉……」
一方の池田と森山は……。
「やはり、拙者はエミスバ派でありまして……」
「いやいや、あの作品の真のヒロインは……」
などと、何かの作品についての所感を交わし合っていた。
それは、病禍のもたらした
渓流のせせらぎと、不意に耳を突く山鳥の鳴き声。
しかし、このあと、自分たちが辿る事となる死の運命の足音に耳を傾けようとする者は、まだ誰もいなかった。
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