【11】後日譚


 それは、巨大匿名掲示板のオカルト板だった――




001: 名無しさんきっと来る 7/05(日)17:30 ID:※※※※※※※※


今日の昼間、散歩していたら空が真っ暗になって凄い雨が降ってきたんだけど、道路を挟んだ反対側にやべーやつがいた。

誰かの悪戯にしては様子がおかしいし意味が解らない。

これ、なんだと思う?


(画像)





 それは、SNSの呟きだった――




 富原正和@Tommy_masa・1時間前

 車で家に帰っている途中、何かヤバいのとすれ違った。獅子舞にしては、様子が変だった。




 闇にゃんこ@nyannyan_nyan・14時間前

 今日の昼間、雨が降ってきたから洗濯物を取り込もうとしてベランダに出たらアパートの前の道を獅子舞みたいなキモいのが横切ったんだけど、旦那にいっても信じてくれなくてつらい。




 密バチ夫@honey_bee・7日5日

 俺は妄想癖でも総合失調症でも病気でもなんでもないんだが今日の昼間に家の前をヤバい獅子舞が通っていった。警察に通報しようとしたけど何て説明したらいいのか解らなかったからやめた。






 動画の再生が始まる――


 勉強机と画面の端に映り込んだ本棚。画質は悪く手振れも酷い。撮影者の声が響く。

『……ええっと。さっき、ドラッグストアから帰ってきたんですけど』

 まだ十代とおぼしき若い少年の声だった。特に説明はないが、画面の中の部屋は彼の自室なのだろう。

 少年の声に重なって、激しい雨音が間断かんだんなく鳴り続いていた。

『急に凄い雨が降ってきて、辺りが真っ暗になったと思ったら、かみなりまで鳴り始めて……』

 画面が急に蒼白く光る。刹那の雷鳴。どうやら、随分と近くに落雷があったらしい。

『急いで、走って家に帰ってきたんだけど、その途中でおかしなモノ・・・・・・とすれ違って……』

 画面が右側に動く。

 水色のカーテン。

 その隙間には、びしょびしょになった窓硝子があった。どうやら部屋は二階にあるらしく、窓からは薄暗い住宅街の路地が見おろせた。

『誰かの悪戯……てか、動画でも撮ってるのかなって思ったけど、カメラとか持った人、誰も周りにいなかったし……あれ、何なのかなって』

 画面のアングルを窓の外に固定したまま、少年は語り続けた。

 すると、再び雷光が瞬き、窓の外が青白い光に包まれる。

 次の瞬間、轟いた雷鳴と少年の興奮した様子の声が重なった。

『いた! あれ……ほら、あれ!!』

 画面が激しく左へぶれる。すると、家の前に横たわる路地の向こうからやってくる奇妙な存在を、カメラはとらえた。

 それは、シルエットだけを見れば、獅子舞のようだった。

 しかし、それは獅子舞というには、あまりにも奇怪過ぎた。

 異形の怪物……または野菜の塊。

 どしゃ降りの中、それはカクカクと妖しく揺らめきながら、人気ひとけのない通りを練り歩いている。

『一応この町にもお祭りがあって、ああいう獅子舞が町中を回るんですけど……今年はコロナで中止になったし……そもそも、こんなどしゃ降りでやる意味が解らないし……』

 戸惑いに満ちた少年の解説。

 そして、その奇怪な何かは、頭部をカクカクと揺らしながら家の前の通りを横切る。

 通りの向こうへ過ぎ去っていった。

 そこで動画は終わる――。




『……以上が、昨日の七月五日にYouTubeに投稿された動画だ』


 七月六日の朝だった。

 胡桃ウォルナットの座卓に置かれたノートパソコンの画面に映し出されているのは、穂村一樹である。

 その彼の言葉に耳を傾けるのは、九尾天全であった。

 何でも、この日の明け方に、例の疫病神の封印作業が終わったらしい。

 そして、確認して欲しい動画あると言われたので見てみれば、この有り様であった。

『他にも、数は少ないがSNSや掲示板に目撃情報があげられている』

 穂村の言葉を受けて九尾は渋面を作り、手元のスマホを指でなぞる。

 すると“獅子舞に似た何か”に関する目撃情報の呟きがあげられていた。

「あ、あの子ら……」

 一応、二人からは昨晩のうちに“やるだけの事はやった”とメッセージはもらっていたが、具体的に何をやったのかは聞いていなかった。

 随分と疲れているようだったので、この日の夜にリモートで詳しい話を聞く事にしていたのだが……。

「まさか、あんな、馬鹿げた方法で……」

 唇を戦慄わななかせる九尾に、穂村が問う。

『これは、あの二人で間違いはないのか?』

「こんなぶっとんだ事をやらかすのは、あの二人だけよ」

『そうか……』

 穂村は無表情のまま、眼鏡のブリッジを、くいと持ちあげた。

 九尾が手元のスマホから目線をあげて、穂村に尋ねる。

「それで、けっきょく、例の疫病神はどうなったの?」

『ああ。対処に当たった“狐狩り”は田中太夫たなかだゆうだったのだが……』

「ああ。田中さんか……」

 田中太夫は、いざなぎ流の陰陽師であり、ベテランの“狐狩り”である。九尾とも何度か面識があり、あの隠首村の禍つ箱の封印作業にもたずさわっていた。

 因みに“太夫”とはいざなぎ流において神職に与えられる称号であり、本名ではない。

「まあ、田中さんなら腕は確かだけど……」

『彼の報告によれば“自分が清戸に着いた頃には、何か凄くいい感じに鎮まっていて、とても仕事がやり易かった”との事だ』

「あ、あのヤバい獅子舞……そんなに効いたんだ……」

『この前のhogの件といい、本当にあの二人はとんでもないな……』

 穂村はしみじみとした調子でそう言って、マイルドセブンをくわえた。


 ……このあと、ヤバい獅子舞の動画はそこそこバズり、けっこうな再生数を稼ぐ事となった。

 それから数ヵ月間、どういう訳か清戸町では謎の獅子舞じみた何かの出没情報が多発する事となる。もちろん、それらは単なるデマであるのだが……。

 ともあれ、清戸町に住む人々は、この獅子舞に似た奇怪な存在を大己貴命おおなむちのみことの化身ではないかと真しやかに噂しあったのだという。






(了)

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