【08】アルテマウェポン製作


 都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン

 閑散とした店内奥のカウンターで、九尾天全は焦りの色をその顔に浮かべていた。

 茅野に言われた通り、桜井にメッセージを打ったあと、警察庁の穂村一樹にも今回の件を報告した。

 彼も事態の深刻さを見て取り、すぐ動けそうな近場の“狐狩り”を早急に探すと言ってくれはした。

 しかし、しばらくして穂村から返ってきたメッセージによると、ちょうど動けそうな“狐狩り”が見つからなかったのだという。

 一応、それでも、最も早く動けそうな者に状況を説明してくれたらしいのだが……。

「ああ、思いっきり、心配だわ……」

 あの受話口から伝わってきた禍々しい気配。

 封じられてはいたが、強力で凶悪。まるで、溢れ出さんとする激流のようだった。

 ただでさえ、コロナ禍により住民の心は暗い。あの存在が、力を取り戻し掛けている原因の一端は、そこにもあるのだろう。

 ともあれ、今あの町で、更に人々の不安を助長するような何かが起こってしまったとしたら、封印は完全に解けてしまう。

 そして、その事態を回避するためには、あの厄介な二人の力がどうしても必要となってくる。

「ああ……心配だわ。色々な意味で」

 九尾はうっそりと頬杖を突いて、溜め息を吐くのだった。




 ホームセンターはかなりの広さで、中央の連絡路にて隣のスーパーと繋がっていた。

 茅野はがらがらとショッピングカートを押しながら、天井にぶらさがった案内板へと目線を送る。

「……九尾先生の話だと今からでも赤獅子神楽を執り行うのがいちばんよいらしいのだけれど」

「そもそも、その赤獅子神楽って、何なのさ?」

「赤獅子神楽は、清戸町の犬塚地区にある大己貴神社に奉納されている赤い獅子舞で、神社から地区内をぐるりと回り、最後に巨頭地蔵の頭を獅子舞で噛みつくのでワンセットの儀式よ」

「ふうん」

 と、桜井は気のない返事をした。茅野が園芸コーナーの案内板を見つけて、そちらの方へ向かう。桜井も続いた。

「……でも、そんなの、あたしたちがやってくれってお願いしても、無理だよね」

「まず“巨頭さんが復活する”なんて言っても、信じてくれないでしょうね」

「じゃあ、忍び込んで勝手に獅子舞を持ち出してあたしたちでやっちゃう?」

 茅野は首を横に振る。

「いいえ。私たちで作りましょう。そして、私たちでやる」

 そう言って茅野は、ありったけの長藁を籠の中に入れた。

「作るって獅子舞を!?」

「そうね」

 そう答えて、唐竹の竿をカートに乗せる。

 次は鋸や鉈などの大工道具の売っているエリアを目指した。

「……でもさ、循」

「何かしら?」

「そんな、あたしたちが適当に作った獅子舞なんか、ご利益ないんじゃないの?」

 流石の桜井もいぶかしげである。しかし、茅野はどこ吹く風といった様子で、工具や釘を次々と籠に入れていった。

「大丈夫。これから作ろうとしているのは、由緒正しき棧俵さんばいし神楽かぐらよ」

「さんばいし……かぐら……?」

「“サンバイシ”というのは、方言で棧俵さんだわらの事。米俵の両脇を覆っている蓋の部分ね」

「へぇ、そなんだ」

「本来はどちらかといえば、五穀豊穣ごこくほうじょうとかの意味合いが強いのだけれど、疫病神は棧俵が苦手なのよ。きっと効くわ」

 そう言って、工作用品が置いてある棚へ向かう。

「棧俵神楽は、かつて水害に悩まされ、獅子舞を用意するお金がなかった農村部の人々が編み出したものよ。口は棧俵で、歯は唐竹に金紙を貼ったもの、鼻は南瓜で、目玉は茄子よ。髪の毛は熊稗くまびえを使うのだけれど、まあなければそこら辺に生えている猫じゃらしで代用しましょう。きっと同じイネ科だし何とかなるわ」

「あー、どうせならさ、にんじんで角とか作ろうよ。その方が強そうで格好いい」

 その桜井の提案に首肯する茅野。

「良いわね。赤は疫病神の苦手とする色よ。きっと、人参も効くわ」

 そう言って、折り紙を籠に詰め込んだ。

 その後も棧俵神楽の製作に必要なものを次々と籠に放り込む。

 そうして、ホームセンター側で買い物を終えると、次はスーパーで野菜を買い込む。

 一通り材料と道具を揃えたあと、車のトランクに詰め込んだ。

「……で、どうする?」

「次は髪の毛にするための猫じゃらしを採集するわよ」

 そう言って、駐車場の外へ目線を向ける。そこには国道を挟んで広がる田園地帯があった。その道ばたに生えているものを摘む事にした。

 そして、茅野はスマホに指を走らせながら言葉を続ける。

「それが終わったら、町中にあるお米屋さんに行って、棧俵を譲ってもらえないか頼んでみましょう。一応、材料の藁は買ったけれど、いちいち編むのは手間だわ。完成品が欲しい」

「そだね……」 

「……それから、大己貴神社の境内で棧俵神楽製作に取りかかりましょう。きっと神社の中なら、疫病神も私たちの邪魔をする事はできないわ」

「らじゃー」

 桜井が返事をしてトランクの扉を閉めた。

 二人は車に乗り込み、ホームセンターの駐車場をあとにした。




 師崎康史は見影医院の外へと駆け出したあと、膝に手を突いて、荒い息を吐く。

 ついさっき、自分が目にしたものが本当に現実の出来事なのか、悪い夢ではなかったのか……何度も頭の中で記憶を反芻はんすうする。しかし、甦るのは明らかな実感の伴った恐怖だった。

 おもむろに、彼の横で死人のように青ざめた実松茂親が口を開いた。

「見ただろ……師崎のぉ」

「ああ……見た」

「やはり、巨頭さんが力を取り戻そうとしている……」

「ああ……」

 師崎康史は顔をあげ振り返り、門の向こうの見影医院の玄関を見ながらぽつりと、その疑問を漏らした。

「じゃあ、本物の勝江はいったい……」

「きっと、伝説にあった、木こりの一家みたいに、巨頭さんに食い殺されたに違いあるまい……」

「そ、そんな……」

 康史は愕然がくぜんとした表情で、その場に膝を突く。

 地面を見つめながら、表情をくしゃりと苦痛に歪めた。

「なぜ、勝江が……勝江がどうして……うっう……」

 嘆き悲しむ康史。

 その耳元で実松はささやく。

「勝江さんは、巨頭地蔵の祠へ散歩にいくのが日課だったろ?」

「ああ……そうだ……」

「だから、目をつけられたんらねえのか?」

 康史は、はっとする。

 そして、実松の声が耳の奥に絡みつく。

「勝江さんは、まだきっと、あの祠から帰ってきてねえ……」

「ああ……」

 まるで夢遊病患者のように、ふらふらと立ちあがる康史。

 そして、ブロック塀沿いに停めていた車に乗り込む。

 シートベルトをして、エンジンをかけた。

 すると、助手席の実松が不気味な笑みを浮かべた。

「早いところ、勝江さんを迎えにいってやらねえと……」

 その彼の姿がルームミラーに映っていない事に、康史はまったく気がついていなかった。

 車は淀んだ廃気ガスを撒き散らしながら、巨頭地蔵の祠のある山沿いの田園地帯へと進路を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る