【File32】巨頭村

【00】巨頭の呪い


 明和めいわ六年の春先。

 ちょうど、田植の時期であったという。

 越後国えちごのくに蒲原郡かんばらぐん清戸村きよとむらに旅の侍がやってきた。

 その侍はせこけて目つきも虚ろで、まるで墓場から出てきた死人のようであった。

 全身が血塗れで足取りもおぼつかない。

 あまりの尋常ならざる様子に恐れをなした村人たちは、数人がかりで侍を捕らえて事情を聞き出してみた。

 すると侍は「近くの山の中に頭だけが大きな怪物がいる」などと言って、ひどく脅えだす。

 何でも、この侍は上方かみがたから知人を尋ねて一人で旅をしてきたところ、山中で道に迷い、行き倒れかけたのだという。

 そこへ通りかかったのが、近くに住む木こりの男だった。

 侍は木こりの家へと連れていかれ、一晩の宿を借りる事となった。

 木こりの一家は、快く侍を迎えいれてできる限りのもてなしをした。

 しかし、その夜、侍は熱にうなされてしまう。

 そのまま、朦朧もうろうとして朝を迎えると、驚いた事に木こりの一家は、頭の大きな怪物に変化しているではないか。

 驚いた侍は、怪物となった木こりの一家を斬り殺し、山を降りてきたのだという。

 にわかには信じがたい話であったが、このまま捨て置く事もできない。そこで翌日、村人の中でも腕っぷしの強い者たちが、侍から詳しく場所を聞いて、木こりの家があったという山中に行ってみた。

 すると、確かにそこには家があり、中にはいくつかの惨たらしい死体が転がっていた。

 死体はすべて普通の人間のもので、侍の言うように頭が大きいという事はなかった。

 しかし、その身体には何かの獣によって食い荒らされたあとがついており、元の形をとどめていなかったのだという。

 恐らく山に住むものが木こりの一家をみなごろしにして、成り代わっていたのだろうと考え、清戸村の者たちは死体を埋めて手厚く供養した。

 しかし、話はこれで終わらなかった。

 今度は牢に閉じ込めたままだった侍が、突然苦しみ出して帰らぬ人となってしまう。ほどなくして村で疫病が流行り始めた。

 更に頭の大きな怪物を見たという村人が何人も現れて、気狂いになって死ぬ者も出た。

 村人は、やはりあの山には何か悪い物が棲んでいるのだろうと考えて、近くの町から有名な祈祷師きとうしを呼んだ。

 祈祷師の指示で、木こりの家があった場所に御堂を建てて頭の大きな地蔵を祀り、悪い物を封じる儀式を行った。

 すると、たちまち、災いは収まったのだという。

 



 それは二〇一九年の七月三日だった。

 透き通るような青空に千切れた白い雲が漂っていた。

 長閑のどかな田園風景の向こうに鬱蒼うっそうとした木々に被われた山肌が連なっている。

 その景色を背負い、スウェーデン堀こと堀光明は語り出す。

「はい。今回もやってまいりました。謎と怪奇、この世の神秘と隠された歴史を皆さんと一緒に探索してゆく、The Haunted Seekerです。本日で十二回目となります、今回は」

 と、そこで、右手の人差し指の先を画面に突きつける。

「皆さん、ご存知。ネットでは有名な、あの“巨頭オ”のモデルではないか、と噂される伝説の地、この清戸町へとやってまいりました。因みに巨頭オというのは、二〇〇六年二月、匿名掲示板のオカルト板に投稿されたネットロアで語られる頭の巨大な怪物が棲む廃村の事で……」

 堀が巨頭オについて説明をする……。


 その後も撮影は滞りなく進んだ。




 木立の合間を吹き抜ける生温い風が、蝉時雨を遥か遠くへと押し流した。

 その小山の山頂にぽっかりと空いた空間の中央には木の祠がある。

 屋根も壁もすべてが朱塗りで、ひざを抱えれば大人の男でもすっぽりと入れそうな大きさがあった。

 両開きの扉はしっかりと閉じられており、頑強そうな南京錠がぶら下がっている。

 祠の中には、この地に昔現れた怪物を模したといわれる、伝説の“巨頭地蔵”が祀られていた。

 富田Dこと富田憲吾が、その扉へと手を伸ばして乱暴に揺する。

「駄目だなこれ、開かねえ……」

「んじゃあさ……」

 堀が悪戯っぽい笑みを浮かべて、鞄の中からバールを取り出す。

「これで、ぶっ壊そうぜ」

 富田は苦笑して肩をすくめる。

「おいおいおい……んな事したら流石にやべえだろ」

 この祠は毎年六月二十日に行われる祭の日以外は、決して開けてはならないと言われている。

 その事を富田たちが知ったのは、六月二十日をとっくに過ぎたあとだった。つまり、本来なら来年までこの祠の中身を撮影する事は叶わないのだが……。

「大丈夫……大丈夫。祭は終わったばっかだっていうし、誰もこねえだろ。扉を閉めてボンドで止めておけば誰も来年まで気がつかないって」

「まあ、そうだけど……」

「そもそも、ここまできて、祠の扉が閉まってました……じゃ、説得力がないでしょ。やっぱインパクトのある画がないと、再生数は稼げないよ」

「でも、村の連中が俺らのチャンネル見たらどうすんだよ。祠、勝手に開けたのが知られたら……」

「田舎のジジイとババアがネットで動画なんか見るわけないだろ? もしもイチャモンつけられたら、最初から壊れてたって事にすりゃいい。何なら最初からそういう演出にしようぜ。で、俺らがボンドで治しましたって、事にして……」

「ああ、それいいね」

 とうとう富田も、堀の案に賛同しだす。

「ほんじゃ、いくぜ」

 堀がバールを思い切り振り、その先端を扉に叩きつけた。

 木の砕ける音が鳴り響いた。




 撮影が終わり、祠のあった場所から山道を通って、ふもとの町へと戻る富田と堀。

 道すがら、さっさく次回作についてのプランを練る事にする。

「……それで次はどうする?」

 堀の問いに富田が答える。

「榛鶴にある“発狂の家”はどうだ? 何か、かなりヤバいらしいんだが」

「お、いいんじゃない? どうせ、ヤバいっつっても何もないでしょ。いつも通り」

 けらけらとふざけた調子で笑う堀。しかし、富田は真面目な顔で首を横に振る。

「いや、発狂の家はガチらしい」

「ガチ……いや、だから、いつもそれじゃん」

 堀は富田に突っ込んでゲラゲラと笑う。

「ていうかさ、これだけ心霊スポット凸って一回も幽霊見たことないって事はさあ、やっぱ幽霊なんかいないんじゃねえかな……」

 その堀の見解に、富田が異を唱える。

「でも、“囁く家”のときは声が聞こえたじゃん」

「あれも、空耳だって。そもそも音が入ってなかったし。幻聴だよ、幻聴」

 そう言って、堀は肩をすくめて話題を変えようとする。

「そんな事より、次は、あゆちゃん呼ぼうぜ?」

 “あゆちゃん”とは『あゆゆん』の名前で活動する有名なコスプレイヤーである。

 堀のお気に入りで、富田の方も、あわよくば……などと考えてはいるのだが、

「あの子、ギャラ高えんだよな。最近は忙しいみたいだし」

 そう言って、渋い顔をする。


 ……このあと、堀光明と富田憲吾は、遠くない未来に凄惨な運命を辿る事となるのだが、それはまた別な話である。

 ともあれ、この日の撮影で彼らがおこなった分別のない行動は、あとに大きな災いを引き起こす事となるのだった。

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