【16】後日譚


 博愛教会の元教団施設から、成人男性の遺体と木乃伊化した男児の遺体、そして正気を失った女性が発見されたという奇怪な事件の一報は、その日の夜には既にニュースとなっていた。

 以降、時を追う事に、この事件の異様な背景がマスコミによって、つまびらかにされていった。

 木乃伊は正気を失った女性と博愛教会の教祖との間にできた子供であった事や、遺体となって発見された成人男性が元信者であった事などなど……。

 また、木乃伊となった子供が虐待に近い扱いを受けていた事や、その子供の捜索願いが母親本人から二〇〇九年の九月中旬頃、最寄りの警察署に出されていた事など……。

 謎が謎を呼ぶ事件に世間は色めきたった。

 しかし、幸運にも宮野優香の名前が巷間こうかんにのぼる事はなかった。




 二〇二〇年七月二日の夜。

 都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』の二階リビングにて。

 胡桃ウォルナットの座卓に置かれたノートパソコンへと向き合うのはヘッドセットを被った九尾天全であった。

 そして画面のビデオ会議アプリに映るのは、桜井梨沙と茅野循である。

 九尾はリモートで二人と、先日の魔術師hog絡みの事件について話し合っていた。

 それが一段落ついた頃だった。

『……ところで、九尾センセ』

 その話を切り出したのは桜井だった。

『センセは生まれ変わりについて、どう思う?』

「生まれ変わり? 輪廻転生とかリインカーネイションとかの話?」

『うん、そう』

 唐突な話題の転換に戸惑う九尾。

 同時にまた新しい厄介事に首を突っ込んでいるのだろうか……と、不安になる。

「生まれ変わりについては、わたしたちの業界でも意見が別れているわ。何せ、死者の魂が最終的にどこへ行きつくか誰も知らないのだから。“成仏した”とか“天国へいった”なんて、曖昧に認識はしているけど……」

『その辺りは宗教だとか流派みたいなものによっても解釈の仕方が違いそうね』

 その茅野の言葉に九尾は頷く。

「そんな感じね。幽霊の存在は認めても、魂の転生は否定するっていう人もいるし解釈は様々。わたし個人としては、生まれ変わりは存在するとは思うけど……」

 そこでパソコン画面に映る二人の顔を見渡す九尾。

「……で、突然、そんな話をするって事は、hogの件の他にも何かあるの?」

 と、呆れ顔で促すと、茅野が博愛教会絡みの一連の出来事の顛末てんまつを語り始める――


 ……それを聞き終わった九尾は、右手を額に当てて溜め息を吐く。

「まさか、あの事件にも、貴女たちが関与していたなんて……いや、まさかとは思っていたけど」

『この県で起こるあの手の事件・・・・・・には、大抵、あたしたちが絡んでいると思っていた方がいいよ』

 などと、桜井が本気とも冗談ともつかない調子で、恐ろしい事を言い出した。

 九尾がその言葉におののき、言葉を失っていると茅野が話を軌道修正する。

『それは兎も角、先生の見解を聞きたいのだけれど。報道にあった通り、例の木乃伊……教祖の息子である神人が、死亡したのは恐らく母親に捜索願いを出された二〇〇九年の九月頃だと思うのだけれど、くだんの小学生男子に生まれ変わったのだとしたら、津波の映像だけが解釈から漏れてしまうわ。一応、自分なりに一連の情報から想像した仮説はあるのだけれど……』

「うーん」

 と、腕を組み九尾はしばらく考え込むが、諦めた様子で肩をすくめる。

「やっぱり、解らないとしか言えないわね。さっきも言ったけど、生まれ変わりという現象自体が解明されていないから……」

『九尾センセでも解らないとなると、真実はやぶの中か……』

「ごめんなさい」

『で、循の仮説は?』

 桜井に促され、茅野は『これが真相かどうかは確かめようがないのだけれど』と、前置きをして語り出す。

『やはり、例の小学生男子は木乃伊の神人の生まれ変わりだった。夢はすべて前世の記憶だった』

『じゃあ、津波の映像は?』

『神人には、本物の予知能力があったのではないかしら? 津波の映像は、その能力で視た本物の未来だった』

『ええっ、何だってー!』

 わざとらしく驚く桜井に九尾は苦笑した。茅野が話の続きを口にする。

『もしかすると、彼の父親だった教祖の御鏡真神も、同じような能力を持っていたのかもしれない。それで本当に一九九九年以降に起こった様々な災厄……同時多発テロ、東日本震災、そして、このコロナ禍を視て、一九九九年より先の未来が暗澹あんたんとしている事に絶望し、あの集団自殺をくわだてた』

『確かに色々あったけど、よい事もあっただろうに……』

 桜井が眉をハの字にした。

『……その御鏡の能力が彼にも受けつがれていたとしたら……』

「だったとしたら、その神人という子は、未来に絶望して死んだのかしら? 報道では、生まれつき心臓の病を抱えていたらしいし、狂信的な母親によって、かなり抑圧的な生活を強いられていたようだし」

 九尾の放った問いに茅野は首を振る。

『さあ。もしかしたら、生まれ変わった未来の自分の姿も、それを知って死を選ぶ自分の運命もすべて視えていたのかもしれないわ』

 因みに一連の経過は楪には報告済みで、そのときに彼女から宮野颯天の誕生日が三月十一日である事を聞いていた。

『……だから彼は迷わず首に縄をかける事ができた。あの脛椎けいついの折れ方……確かな事はいえないけれど、彼の思い切りのよさを感じたわ』

 そこで茅野は声のトーンを軽いものに変える。

『もっとも、最初に断った通り、今の話は全部、真実かどうかは確かめようのない私の妄想でしかないのだけれど。津波の映像は、前世とは何の関係もない彼の意識が作りあげた夢の中だけのものかもしれないし……』

『うーん。真実はけっきょく何なんだろ』

 桜井は腕組みをして悩み始めた。

 すると、茅野は悪戯っぽい調子で言う。

『真実を一つに決める必要なんてない。オカルトなんて、それぐらい、いい加減でいいのよ。そうじゃないと……沼にはまるわ』

「沼にはまる?」

 九尾が聞き返すと茅野は悪魔のように微笑む。

『……狂気という沼によ』

『ああ、あの目つきバキバキおばさんみたいに、か』

 と言って、桜井が両手をぽんと軽く打ち合わせる。

 九尾には“目つきバキバキおばさん”が何の事を言っているのかよく解らなかった。しかし、茅野の言葉はもっともであると思い同意した。




 その次の日だった。

 宮野颯天はいつも通り、朝起きて身支度みじたく済ませると母に見送られ、学校へと向かった。

 因みに例の一件は、父と母から「お母さんが、悪い犯罪者に脅かされて困っている」と聞かされた。

 少し怖かったが、その犯罪者はもう捕まったらしい。

 今ではすっかり父も母も、そんな事があったのを忘れてしまったかのようにいつも通りに戻っていた。

 宮野も特に何事もなく学校へ着くと、検温を受けて教室へと向う。

「おはよう」と、クラスメイトの男子たちと挨拶を交わしながら、宮野は朝の教室へと足を踏み入れた。

 すると、戸田楪と松本姫子が何事かを熱心に話し合っている姿が目に映る。どうも数日前から、二人は意気投合して前よりも仲よくなったようだ。

 席に着くと皆川日菜美と徳間心愛が寄ってくる。

 その二人の話を聞きながら、宮野はこっそりと真剣な様子で松本と議論を重ねる戸田の顔を盗み見る。そして思い出した。

 あの釣りに行った日の翌日、楪から急にこんなメッセージが届いた。


 『宮野くんって誕生日、いつ?』


 宮野颯天はモテる。

 それゆえに、女子からの誕生日プレゼントなど珍しいものではない。しかし、これが戸田のものとなると、意味合いはかなり変わってくる。当然ながら、もらいっぱなしではなく、お返しをしなくてはならない。

 戸田の喜ぶものって何だろうか。あとで誰かにそれとなく聞いてみるか……などと、思案していると、戸田と不意に目があった。

「あ、宮野くん、おはよう」

「おはよう」

 戸田と松本がやってくる。

「今度、また釣りにいこうよ。お弁当持って、みんなで」

「お、おう……」

 あのおかしな夢は、すっかり見なくなった。

 依然として病禍の影は去らず、世界は混沌としていた。

 しかし、宮野颯天の日常は、この日も平凡で幸せだった。






(了)

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