【04】身近な敵
「……何なの? 協力して欲しい事って」
「いいからきてよ」
呼び出されて早々に津村宅の玄関から洗面所に連れていかれる。
そして……。
「やあ」
「お久し振りね」
廊下に佇む西木、洗面所から顔を出した桜井と茅野の姿を見て、ぎょっとする羽田継美だった。
「きっ、危険な事はやりませんよ!? は、犯罪行為も……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
桜井は大丈夫そうに聞こえない口調で言った。そして
「これを使って、あそこの洗面台で顔を洗って欲しいんだ」
「何ですか? これ……」
羽田は
「普通の洗顔料だよ。変なのじゃないから、お願い。継美ちゃん」
津村が手を合わせた。
「本当に、何なの……」
羽田は仲のいい後輩に言われて渋々洗面台の前に立ち、顔を洗った。
津村に差し出されたタオルで顔をふく羽田。そして茅野が、開きっぱなしの窓を指差す。
「羽田さん、あの窓を見て。あの窓から何が見える?」
「え……?」
羽田は窓へと視線を向けた。
すると、彼女の目が次第に大きく見開かれる。
「あれ……やっぱり、光ちゃんの言う通り、何かおかしい。こんなところに家なんか建ってなかったような……気がしてきた……」
「でしょ!? やっぱり、そうでしょ!?」
津村は羽田のリアクションに興奮した様子で声をあげた。
そして、呆気に取られた様子の西木が呟く。
「洗顔料で、本当に何とかなっちゃったよ……」
「兎も角、これで決まりだね」
桜井の言葉に茅野は頷く。
「……ところで梨沙さん」
「何?」
「うちにフランキンセンスのお香があるのだけれど、それをあの家の中で焚いてみるというのはどうかしら? 中々、面白い実験だと思うけれど」
「いいねえ」
桜井が楽しそうに笑う。
そんな訳で、桜井と茅野は津村宅をあとにして、突入の準備をととのえるために、いったん帰宅した。
その頃、都内某所の占いショップ『
午前中に常連客が一人だけ顔を覗かせたあとは、
やはり、比較的ではあるが売りあげのいい安価なパワーストーン、アロマオイルやお香などの並んだ棚は、さほど汚れは目立っていなかった。
しかし、二年前に奇跡的に売れて以来、調子に乗って発注した手彫りのガーゴイルなどは頭に蜘蛛の巣が掛かっている。
これは流石に駄目だと、ハンディタイプの掃除機や雑巾を片手にやる気を出す。
九尾はズボラで普段は中々片づけようとしない癖に、一回ハマると、とことんまで掃除に熱中してしまうタイプであった。
客足はコロナ禍……で、あってもなくても相変わらずないために、清掃作業は
よくよく考えれば悲しい事であるが、九尾は現実から目を逸らして、一心不乱に掃除に打ち込んだ。
そうして、それは、古代ケルト紋様を型どったシルバーアクセサリのショーケースの清掃を終え、タロットカードや占いの教本が収まった棚へと取りかかろうとしたときだった。
「……ん?」
足元を何かの小さい影が過る。
不穏な気配を感じた九尾は目を閉じて、第六感を研ぎ澄ました。
見えざる手で、その不穏な気配の元を掴んだ。
ゆっくりと目蓋を開けると、近くにあった棚と棚の隙間を
すると、そこには一匹の
動けないらしく、プルプルと小さな身体を震わせていた。見えざる手により、掴まれたためである。
九尾は
「これは……」
この鼠には、かなり高度な魔術が掛けられている。恐らく諜報用の使い魔であろう。
西洋の黒魔術師が使う術である。
そして、これと同じ使い魔を二年前にも見た事があった。
「hogが帰ってきた……」
九尾はそう独り言ちてバックヤードへ向かい、適当な鍵つきの箱に使い魔の鼠を放り込んだ。
掃除用具を片づけるとスマホを手に取り、警察庁の穂村一樹へと連絡を取った。
カウンター内の椅子に腰をおろした九尾天全はヘッドセットを被り、ノートパソコンに向き合っていた。
画面には、ビデオ会議アプリにログインした穂村一樹の姿が映し出されていた。
どうやら、出張中らしくビジネスホテルの一室にいるようだった。
『……で、間違いないのか?』
「ええ。奴よ」
二年前のhog絡みの強盗事件の際、九尾天全は実行犯グループから押収した魔道具に残されていたわずかな痕跡を辿り、hogの居場所を
結果、九尾の類い希なる霊視能力により、首尾良くhogの所在を突き止めた。
しかし、穂村と捜査官数名で九尾の指し示した地点に向かったところ、そこには何もなかった。
どうやら、hogの隠れ家はどこか別の空間にあり、九尾が突き止めたのは複数ある入り口の一つであったらしい。
しかも、すでにその入り口は閉じられてしまったあとで、そこから隠れ家に入る事はできなくなっていた。
つまり、まんまと逃げられてしまったという訳だった。
更にそれから間もなくの事だ。
夏目が運転していた車の中から、使い魔の鼠の死体が発見された。どうやら捜査側の情報が筒抜けだったらしい。
以降、hogは完全に姿を消し、ダークウェブにおいても、その名前を聞く事はなくなったのだが……。
『奴の使い魔は、いつ頃から君のところにいたか解るか?』
穂村の問いに九尾は首を振る。
「解らない。巧妙に気配が
『君ほどの力を持った霊能者の目を欺ける魔術師など、そうそういないだろうし、やはりhogの仕業で間違いないだろうな』
「そもそも、現代じゃ使い魔を操れるレベルの力を持った魔術師自体、ほんの一握りしかいないもの。……ただ」
と、そこで九尾は表情を曇らせて、言葉を詰まらせる。
『何だ?』
「これは、前にも言ったと思うけど、使い魔を操れる範囲はそれほど広くはない。術者の腕にもよるだろうけど、hogとはいえ数キロってところよ」
『つまり……』
穂村は懐から取り出したマイルドセブンを一本、唇に挟む。
『案外、奴は俺たちの近くにいるっていう事か……』
九尾は眉間にしわを寄せたまま、重々しく頷いた。
『こちらから夏目に連絡しておこう』
「解ったわ」
『君の方も何か解り次第、また連絡をくれ』
「うん」
こうして、二人は通話を終えた。
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