【10】名札
戸田宅の隣の空き家に不法侵入して
二人はSNSを通じて知り合い、自宅が近かった事から昨年の春より密会を重ねるようになった。
あの空き家を逢い引き場所に使おうと考えたのは三田の方だった。飼い犬の散歩途中に例の家の前を通りかかったときに思いついたらしい。
二人はメッセージアプリなどで示し合わせ、お互いの家人が寝静まった頃合いを見て家を出ると、あの空き家をラブホテル代わりに利用していた。
その際、冨山は万が一、旦那が夜に起きてこないように、また、早く深い眠りにつくようにと、睡眠薬を混ぜた飲み物を与えていた。
このお陰で旦那は、冨山が夜中に家を抜け出している事にまったく気がついていなかったのだという。
一方の三田の家族たちも、彼が自室で大人しく寝ていると思い込んでいたらしく、まったくの寝耳に水のようだった。
以上の一連のニュースは、各メディアでそれなりに大きく取りあげられ、世間は無邪気な残酷さで二人を糾弾した。
未成年という事から名前は伏せられていた三田であったが、ネット上であっさりとその身元は特定されてしまった。
こうして二人は世相の潮流通り、浮気によって手痛い代償を払わされる事となった。
例の捕り物のあった翌日の昼過ぎだった。
桜井、茅野は藤見市郊外にある大型ショッピングセンター二階にあるフードコートで鈴木と待ち合わせた。すべての真相を彼に明かすために。
「……と、言う訳で、幽霊の正体は、その専業主婦でした。楪さんが幽霊を目撃したときの時刻を覚えていたので、その時間帯に毎日張り込むつもりだったのですが、思ったよりも早く片付きました」
茅野が語り終えるとテーブルの向かいに座る鈴木は、大きな戸惑いを見せた。
「えっ……じゃあ、あの家が呪われているというのは……」
「残念ながら、家には特に問題はありませんでした」
茅野がきっぱりと言うと鈴木は「えっ……え? でも……」と、呟きながら瞬きを繰り返す。
「引っ越す前に霊能者に視てもらったら、あの家には怨念が染みついているって……」
「きっと、その霊能者は偽物の詐欺師でしょうね」
「そっ、そんな……」
そこで桜井が追い討ちをかけるようにつけ足す。
「……あたしたちの知り合いの
「うっ、嘘だ。なら、何で……妻は……」
軽い
指が震え、水滴が零れる。
これ以上、話を聞いてはいけない。そんな予感だけが脳裏に強く浮かびあがる。
しかし、茅野は淡々と話の続きを口にした。
「
「何で……誰に……?」
青ざめた顔で唇を戦慄かせる鈴木。
信じられなかった。
いつも元気で、明るく、頑張り屋で、男女共に好かれていた……はずだった。
そんな彼女を誰がいったい……鈴木には、まったく思いつかなかった。
「妻は誰からも好かれていた……いったい、誰が……呪うだなんて、そんなバカな……妻は怨みを買うような人間じゃなかった!」
その言葉を聞いた茅野は、どこか悲しそうに
「天才、人気者、成功者、幸せな人……何でもいい。そういった人の足を引っ張り、破滅へ導こうとする者の多くは、どこにでもいる、平凡な、つまらない人間たちなんですよ」
「そんな……」
「そんな普通の皮を被った化け物なんか、それこそ掃いて棄てるほど世に溢れています」
「しょ、証拠は! 妻が……妻だけが呪われていたという証拠は……!?」
鈴木が喚き立てると、茅野はスマホを手に取り画面に指を這わせ始める。
「鈴木さん。これから見せる写真は、去年の夏、我々が訪れた、
桜井がその画像を
茅野がスマホを掲げた。
鈴木はその画像をしばらく見つめたあと、
画像はどこかにある杉の幹を写したものだった。
そこには藁人形が打ちつけられており、名札がつけられていた。
その名札に記されていた名前は“
「この藁人形は、大津神社という丑の刻参りの呪いで有名となった場所で撮影したものです」
「……そんな」
「私は、この神社の力が本物である事を知っている」
「……そんな」
「あの家は呪われていなかった。あの家の幽霊は不倫カップルだった。貴方の奥さんは、この神社で誰かに呪われて命を落とした。これが、あの牛頭町の家であった出来事のすべてです」
茅野はそう言って話を結んだ。
彼女の既視感の正体……それは、鈴木美里のブログにアップされていたいくつかの写真であった。
茅野は大津神社での探索を終えたあと、藁人形の名札に記されていた名前の人物の近況を調べたときに、そのブログに行き着いた。
更に彼女が命を落とした事故の事も調べて知っていた。
「嘘だ……そんな……」
鈴木は頭を抱えた。
彼の妻――鈴木美里が呪われていた事が信じられない訳ではなかった。
彼はもう確信していた。
妻は呪われて殺されたのだと……。
何故なら画像にあった藁人形の名札の筆跡が、先日処分した年賀はがきに記された筆跡とよく似ているという事に、気がついてしまったからだ。
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