【04】戸田の娘と嫁
『嘘だろ……おい』
桜井梨沙は
戸田の映っていた画面に彼の姿はなく、戸田美月と楪の二人が並んで座っている。
戸田美月の方は、小柄でふんわりとした雰囲気の美人であった。手足はほっそりとしているが、その胸部には凄まじい圧を感じる双丘が隆起し、上着の布地を押しあげていた。
そして楪の方は間近で見るとやはり可愛い。
あの薄汚いおっさんの血がどこに混ざっているのかと首を傾げたくなる顔立ちは相変わらずだったが、髪は文化祭のときより少しだけ伸びていた。
恐らく藤女子の生徒に実物の二人を“戸田純平の嫁と娘である”と紹介しても、誰も信じないだろう。
かく言う桜井と茅野も、実物を目にして逆に疑わしく思えてきたレベルである。
『あの……つかぬ事を
桜井がおずおずと尋ねる。
『お、奥さんはなぜ、と、戸田センセとご結婚を……』
茅野は、本当につかぬ事だな……と思ったが、興味はあったので彼女の答えをじっと待った。
すると、美月は特に気にした様子もなく桜井の質問に答える。
『私と純平くんは幼馴染みで、小さい頃から私の方が純平くんの事をずっと追っかけていて……』
と、そこで画面の外から戸田の声がした。美月の言葉を
『おい、馬鹿。子供と教え子の前で何を……恥ずかしい』
『ええー、よいじゃない。別に』などと可愛らしくすねる美月を見て、桜井は再び
『嘘だろ……おい』
茅野も、幽霊を見たときより驚いた様子で画面の向こうの戸田美月を見つめていた。
『取り合えず、もういいから早く本題に入ってくれ』
再び画面の外から、うんざりした様子の戸田の声が聞こえた。
それを切っ掛けに茅野は気を取り直し、画面越しに困惑ぎみの表情を浮かべる楪に向かって語りかけた。
「それで、楪さん……」
『あ、はい』と、いずまいを正す楪。
「貴女が見たという幽霊の話を聞かせて欲しいのだけれど」
すると、楪はうつ向いて
「どうしたのかしら?」
と、尋ねると楪は警戒心をむき出しにした野良の仔猫のような眼差しで、ウェブカメラを
『お姉さんたちは、私の話、信じてくれるの?』
「ええ」
と、即答する茅野。そして桜井も……。
『あたしたちは、君の見た幽霊をやっつけにきたんだ』
そう言って、しゅっ、しゅっ、と虚空に向かって左ジャブ、右ストレート、左フックをリズムよく繰り出す。
『本当に? やっつけてくれるの?』
まだ疑わしそうな楪に、茅野は優しく言い聞かせる。
「そうよ。お姉さんたちは、これまでにもたくさんの幽霊を退治してきたの。だから、お姉さんたちに任せてくれると嬉しいのだけれど」
楪は少しの間、うつむき加減で考え込み、顔をあげた。
『解った……』
そう言って静かに頷き、自分の見たものについて語り始めた。
楪の話によると、心霊再現ドラマの特番を見て、怖くて眠れなくなったというのは戸田の言った通りだった。
それから眠れなくなった彼女は、幽霊がいない事を確認するためにカーテンを開けた。
これには、茅野はたいそう感心した様子だった。
「不明と無知は恐怖の根源。それに打ち勝つための剣こそ好奇心……シーツを被って朝まで震えるでもなく、幽霊がいない事を確認しようとするだなんて、貴女は中々やるわね」
『そ、そうかな……?』
誉められたのが嬉しいらしく、楪は頬を赤らめてはにかんだ。
『それで、けっきょく、どうなったの?』
と、桜井に促され、話を再開する楪。
『……それで、最初は何にもなくて普通だと思っていたんだけど、私の部屋の窓から隣の家が見えるのね。その家は、今は誰も住んでいないはずなんだけど……』
すぐ外の垣根越しの正面に見える隣家の掃き出し窓……そこにかかっていた分厚いカーテンにぼんやりと明かりが浮かんだのだという。
『すぐに、懐中電灯の明かりで、家の中に誰かがいるんだって……それで、カーテンの隙間を、ふっ……と、人影が横切ったの』
まだこのときは幽霊だとは思わなかった。しかし、空き家なのに、こんな夜中に誰かがいるのはおかしいと感じたそうだ。
何か見てはいけないものを見たような気がして、カーテンを急いで閉めたあと顔を引っ込めた。
何とか今見たものを忘れて眠ろうとしたが、怖がりな楪には、そんな事ができるはずもない。
そうしているうちに、かつ……かつ……と、窓硝子を外側から叩くような音が聞こえた。
『……心臓が口から飛び出そうなくらいびっくりして……でも、このままじゃ、ずっと怖いまんまだって思って……また、思いきってカーテンを開けたの』
『やるねえ。それで?』
桜井が合いの手を入れる。すると、楪は恐怖に満ちた表情で、その勇気ある行為の結果を語った。
『窓の外に髪の長い女の人が……べったり張りついていて……』
怖くて悲鳴もあげられなかったのだという。
「その女の歳格好は、覚えているかしら?」
楪は視線を上にあげて、恐怖の記憶を掘り起こしてから答える。
『髪はちょっとウェーブが掛かってて、白いブラウスで……確かフリルがついていた気がする。それで、そう。ハイウェストで腰のところにリボンがついた黒のスカートで、顔は怖くてよく見なかったから歳は解らないけど、たぶん若かった』
『何そのオシャレ幽霊』
桜井が突っ込んだが、茅野は取り合わずに話の続きを促す。
「それで、貴女はどうしたのかしら?」
『それから、急いでカーテンを閉めて、お父さんとお母さんの部屋に行ったの』
と、楪は話を結んだ。
もしも、幽霊でなくとも、頭のおかしい不審者に部屋を
てっきり、怖いものを見たがる癖に自爆して怖がる、娘のいつもの挙動であると勘違いしていた戸田夫妻は驚いて声も出ない様子だった。
『今の話は、本当なのか……』
と、画面の外から戸田が問うた。楪は父親がいる方に目線を向けながら真剣な顔で頷く。
その表情を見て、父と母は娘が嘘を吐いていないと判断したようだ。
美月が楪の頭に手を置いて、申し訳なさそうに謝る。
『ごめんなさい。ユズちゃん……貴女の話をちゃんと聞いてあげなくて』
『ああ。すまない。本当に……』
画面の外から戸田の声が聞こえた。
『いいよ。別に……』と、照れ臭そうに、健気に微笑む楪。そして、当然ながら幽霊の存在を信じていない戸田は、
『これは、お前たちより警察に相談すべき案件だろうな』
という、ごく真っ当な反応を示したが、それでは面白くない茅野が待ったをかける。
「待ってください。先生」
『何だ?』
「どうせ、警察に通報したって無駄ですよ。だいたい何て言うんですか。娘さんが幽霊を見たとでも?」
『そそ。“警ら強化しまーっす、ちーっす”で終わりだよ、たぶん』と桜井がチャラい感じで言った。
そして戸田が何かを言う前に茅野が楪に問う。
「それで、楪さん……」
『何?』
「幽霊を見た時刻は覚えているかしら?」
目線を上にやって記憶を辿る楪。
『うーん、確か一時半頃だったと思う』
「幽霊を見たのは、その日だけかしら?」
楪は頷く。
『……でも、そのあと、ちょっと変な事があって』
再び自らの体験した出来事を語り始めた。
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