【09】後日譚
『……という感じで、私と梨沙さんは仲よくなって、今にいたるという訳よ』
「……はあ、成る程ねえ」
西木は妙に納得してしまった。
やはり、普通じゃない二人の出会い方もまた、普通ではないのだと……。
『スタンド使い同士のように変人同士も引かれ合うのだよ』
『梨沙先輩、自覚はあるんすね……一応』
速見が桜井に突っ込む。
そこで、西木はふとした疑問を抱いた。
「そう言えば、犬が突然吠え出したのは何で? それがなければ、茅野っちはスルーされてた訳よね?」
『それは、あの蛯沢さんの家の飼い犬は、どうも普段はあまり吠えないらしいんだけれど、カレーとかに使われる香辛料の匂いに、敏感に反応するみたいなのよ』
「ああ……」
茅野の解説で、西木は得心する。
『あたしが、蛯沢さんの家に聴き込みにいったときも、あのわんこ、ずっと、吠えていたよ。あの日は、給食がカレーだったから、いっぱいおかわりしたんだ』
その桜井の言葉のあとで、速見がしみじみとした調子で『それにしても、循先輩って……』と言いかけて言葉を濁す。
『あら、何かしら? 遠慮しないで言って
茅野本人に促され、速見はたっぷりと
『いや、案外、どじっ子だったんだなーって……』
『な!?』
『いや、カレーを持って
『そうそう。循は意外と残念なんだよ。中学に入る直前まで自転車に補助輪つけてたし、BL好きだし』
と、桜井が同意した。
『び、BLは別にいいでしょう!?』
茅野が見るからに
その彼女の様子を見て、西木は盛大に声をあげて笑った。
……彼女たちの夜会は、まだまだ続くのだった。
開かれた掃き出し窓の向こうから、心地よい涼風に乗って
水滴をまとったグラスの氷が、かたりと音を立てた。
それは、二〇一八年だった。
高校一年生の夏休み。
茅野家のリビングにて、桜井がレースゲームの対戦を何回か終えたところで、ふわりと
茅野はその様子を横目で見て、
去年の春、桜井梨沙は事故に遭い、右膝に大怪我を負った。その結果、ずっと打ち込んでいた柔道から離れなければならなくなった。
メンタル強者であった桜井も、これには大きく落ち込んだものだったが、ゆっくりと時間をかけて以前の彼女を取り戻していった。
しかし茅野循にしてみると、
今のように、ときおりではあるが、とても退屈そうな顔をする。
そのたびに茅野は、あの日、彼女と交わした約束を思い出し胸を痛めていた。
桜井梨沙を退屈させたくない。
自分の隣にいる限りは絶対に。
しかし、彼女が失ったものはあまりにも大きい。
その穴を埋めるためには、彼女が熱狂できる何かが必要だ。
刺激的で、とっておきで、当面の目標になるような何かが……。
「どうする? もう一戦やる?」
「少し休憩しましょうか」
そう言って、茅野はゲームの電源を落として、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。
すると、ちょうど映し出されたのは、甲子園の有名高校野球部同士の一戦であった。
左投手の外角に落ちるシンカーを右バッターが豪快に空振りする。
それを見た桜井が「おおーっ」と歓声をあげて手を叩いた。
「青春だねえ。いいなあ……」
と、そこで茅野の脳裏に天啓が訪れる。
「……そうだわ。梨沙さん」
「どったの?」
「私たちも部活で青春をしてみるっていうのはどうかしら?」
「唐突だね。どゆこと?」
桜井の問いに、茅野は得意気な顔で答える。
「私たちで新しい部活を作るのよ。何部だっていいわ。それはあとから考えましょう」
「部活って作れるの?」
「簡単ではないけれど、申請の手順は生徒手帳に載っていたから、その通りにやればね」
「ふうん」と、いつものような返事をする桜井。
茅野の方も、いつものように自らのアイディアを語る。
「それで、部を作ったら、部費を上手いこと着服しましょう」
「えぇ……それ、何か悪い政治家みたいじゃん」
桜井が難色を示す。しかし茅野は引きさがらない。
「その部費で、速見さんの店のトウキョウX食べ放題……」
「よし、やろう」
即答である。
「取り合えず、生徒会や教師たちを上手く騙すために色々と準備や根回しが必要だわ。二学期から動きましょう。そして、来年の春に部の設立を目指す」
「うぉーっ! これは、久々のスペクタクル!」
桜井の瞳が輝き出す。
こうして、二人の悪巧みが始まったのであった。
(了)
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