【14】後日譚


「いやぁ、何か慌ただしくて、申し訳なかったねえ……」

 探索を終えた翌日の三月五日だった。

 いひひひ……と、魔女じみた不気味な笑い方をするのは、近藤由貴菜である。

 この日も和室の座卓を囲んで朝食を取る三人。

 因みにメニューはフレンチトーストと、コールスローサラダ、じゃがいものポタージュとピクルスという、老舗旅館らしからぬものだった。

 この朝食が終わったあと、二人は富沢に高速バスのターミナルまで送ってもらう予定であった。

「いや、今度はこっちも、もう少しゆっくりと温泉に浸かりにくるよ」

 と、桜井が名残惜しそうに言った。

 茅野も同意して頷き、やはり気になっていた事を近藤に問い質した。

「それで、けっきょく、例の婚約者の件は、どうなったのかしら?」

 近藤はかぶりを振り、肩をすくめて苦笑する。

「それが、まだ連絡もなしさ……」

 何でも婚約者の実家とも連絡を取ってみたが、まったく彼の行方には心当たりがないらしい。

「ねえ、その人って、どんな人なの? イケメン? ヤバメン?」

「何なのよ……そのヤバメンって」

 茅野が桜井の質問に控え目な突っ込みをした。

 近藤は目線をうえにあげて、記憶を手繰り寄せる。

「……まあ、顔は割りとよかったね」

「へえ」と桜井。そして、茅野が更に切り込む。

「じゃあ、やはり性格が壊滅的に悪かったのかしら?」

「というか……」

 そこで、近藤は少し思案して適切な言葉を脳内から探し出し、口にする。

「頭はいいらしいんだけど、かなりの変人で有名でね。ワタシが言うのも何だけど……」

 二人は、自覚あったんだ……と、思ったが口には出さず、黙って話の続きを促した。

「兎も角、何というか、ちょっとズレていてねえ……何かこう、悪気はないんだけど、人の心を理解していないようなところがあってね。例えば疫病を根絶するのに、疫病を治す薬を作るより、患者を全員殺す方を選ぶタイプというか……」

 桜井と茅野はそこで何となく、その人物の事を理解できたような気がした。

「ワタシと婚約するのに、義父の方に話を通したのも、単純に“その方が確実だったから”だと思うよ。それで、ワタシにどう思われるかとか、そういう事を考えられない人だったのさ。だから……」

 近藤はそこで言葉を区切り、スープ皿からすくったポタージュを物憂ものうげな眼差しで眺め、ぽつりと言葉を発する。

「ワタシの事を好いてくれていたのは、たぶん本当なんだろうね」

 二人は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

「まあ、何事もなければいいわね」

 茅野がそっけなく、そして優しい言葉を口にする。

 すると、近藤はいつもの調子に戻り、いひひ……と、笑う。

「そんな訳で、あの変人を爽やかな好青年だと思っているのなんて、ウチの義父ぐらいなもんさぁ」

 そして、意地悪な顔で吐き捨てる。

「あの人は、人を見る目がないんだよ。だから、駄目なのさあ……ひっひっひ……」

 このあと、朝食を食べ終わり、桜井と茅野は帰路に着く。

 こうして、二人の四泊五日にものぼる心霊旅行は無事に幕を閉じたのだった。





 それから数日経った。

 近藤由貴菜の婚約者である笹野優清の行方は依然として不明のままであった。

 親族が警察に捜索願を届け出るなど、けっこうな大事となっていた。

 そして、その日の夜、笹野と義娘の由貴菜の婚姻を目論んだ近藤博也は、真貴の仏前に向き合い、がっくりと肩を落として項垂うなだれる。

「……何で、上手くいかないんだ。真貴……」

 博也は不思議だった。

 昔からそうだった。

 彼が旅館の為にしようとした事は、ことごとく裏目に出る。

 今回の事もそうだった。自分が見初めた義娘の婿が婚約して早々に失踪……もう、訳が解らない。

 あくまで、彼の目線からすると、笹野優清は突然失踪するようなトラブルに巻き込まれるタイプだとは、到底思えなかった。

 真面目で、爽やかで、誠実。少なくとも彼には、そう思えた。

「なあ、真貴! 教えてくれ! 何が駄目だというんだ!」

 そう懇願こんがんしながら、博也は顔をあげた。

 すると、その瞬間だった。

 突然、ぴしっ……という音がして、仏壇に供えていた湯のみが真っ二つに割れた。

 中の水がだばだばと溢れて垂れ落ちる。

「ま、真貴……」

 博也は何となく亡き妻に『いい加減にしろ』と叱られたような気がした。


 ……この日以来、博也はめっきりと大人しくなり、義娘に干渉する事はなくなった。






(了)

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