【14】犯人の印


 近藤の部屋から戻ったあと、桜井と茅野は順番に入浴を済ませると、夕食を取った。

 因みにメニューは蟹炒飯かにチャーハン回鍋肉ホイコーローである。

 腹を満たしたあと、食後にお茶を飲みながら、今後の捜査方針について話し合う。

 しかし、取り立てて新しいアイディアは出てこなかった。

 けっきょく、今まで通り矢島直仁への怨恨の線で情報を集めようという事になり、キモいおじさん……稲毛徹平を情報収集の次なるターゲットへと定める。

 そこで、桜井がふと思い出した様子で両手を叩き合わせた。

「そういえば、スマホの電源、落としたまんまだったね」

「そういえばそうね。案外、スマホってなくても何とかなるかもしれないわ」

 などと、茅野がとぼけた事を言う。

 二人は各々のスマホを手に取り、電源を入れた。すると……。 

「おや。九尾先生からね」

 九尾天全から長々とメッセージが届いていた。それによると――。




『ちょっと、電源切らないでよー!(意味の解らないゆるキャラのスタンプ)』


『……それは兎も角。壺はちゃんと送ってくれたんでしょうね? あなたたちの中の呪いはまだ残っているから、こっちで壺を処分するまでは、まだ猿の夢を見てしまう可能性があるわ。

 そのときは、術者が用意した非常口を夢の中で探して。

 昼間の電話でも言ったけれど、この術は、術者本人にも返ってくる可能性もある危険な術よ。そうなったとき、自力ですぐに目を覚ます事ができるように緊急避難用の非常口が用意されている。

 大抵は現実なら入らないような場所が非常口に当てられている場合が多いから、片っ端から扉や窓を開けて確かめて!

(意味の解らないゆるキャラのスタンプ)』


『それから、犯人は猿の骨の頭蓋骨に記してあった文字列と同じ刺青を身体のどこかに入れているわ。

 呪いをかけるときのIDみたいなものなんだけど、だいたい自分で入れるから、利き腕とは逆の腕や手の甲、両腿なんかに刺青はあるでしょうね。

 それで、もしも、犯人を見つけたら余計な事は何もしないでわたしに連絡をちょうだい

(意味の解らないゆるキャラのスタンプ)』


『昼間も言ったけど、相手は本格的な呪術を使える危険な相手なんだからね!

 余計な事はくれぐれもしないで!

 絶対、約束なんだからね!?

(意味の解らないゆるキャラのスタンプ)』




「センセ、このキャラ好きなのかな……?」

 桜井が困惑気味に首を捻った。

 茅野の方は嬉しそうに微笑む。

「それは兎も角、これは犯人に関する有力な情報ね。ありがたいわ」

「そだね。でも、冬場だからなー」

 当然ながら冬場の着衣は袖が長い。せっかく、犯人に印がある事が解っても夏場よりは、ぱっと見で解り辛い。

「……あたしが片っ端から裸絞めで落とすから、脱がしちゃう?」

「それは、最後の手段にしましょう」

 茅野は桜井の本気とも嘘ともつかない調子の恐るべき提案に、冷静なコメントを返した。

 このあと、二人は九尾にお礼と謝罪のメッセージを送った。




 画面の中でM16を構えたポリゴンの兵士が瓦礫から顔を出した瞬間、敵の狙撃によって頭を撃ち抜かれた。

 画面中央に血文字のような不気味なフォントで『DEAD』の文字が表示される。

 その瞬間、稲毛徹平は握っていたコントローラーを床に叩きつけ怒り狂う。

「糞がッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! リアルでぶっ殺すぞ、ゴミ野郎!! スナイパーなんか卑怯なんだよッ!! 堂々と殴り合えッ!!」

 立ちあがり、ローテーブルの縁を足の裏で蹴った。

 すると、テーブルの上に並んでいた珈琲の空き缶やペットボトルが倒れて、がらがらと転がった。

 そこで、やっと稲毛は冷静に返る。

「ふーっ、ふーっ……」

 荒い息を吐いでいると、インターフォンの音が鳴った。

「あ……?」

 穿いていたジャージのポケットからスマホを取り出す。

 時刻は二十時三十分過ぎだった。

 こんな時間に誰だろう……訪ねてくるような人物に心当たりはない。

 稲毛はいぶかしく思いながら玄関へと向かった。

「あい……」

 あからさまに不機嫌な声をあげて、扉を開ける。

 すると、その瞬間、稲毛は目を丸くする。

 何故なら、扉の向こうに立っていたのは、前日に談話スペースで話した二人の女子高生であったからだ。

 黒髪の方がひらひらと右手を振りながら可愛らしく微笑む。

「今晩は」

「どう……して……?」

 幽霊でも見たときのような顔で問う稲毛。

 ポニーテールの方が無邪気に笑う。

「遊びにきていいって言ったから、きたよ。ゲームしよ?」

「あ……ああ……」

 そのとき稲毛は、自分の部屋の惨状を思い出す。とてもうら若き乙女たちをこのままあげる訳にはいかない。

「迷惑でした……?」

 黒髪が悲しげな表情で小首を傾げる。

 稲毛は右手の指を三本立てると、真顔で言う。

「三分待ってて」

 そう言って玄関の扉を閉めると、急いでゴミ袋を取りだし、ローテーブルの上の空き缶やペットボトル、床に散らばったスナック菓子の空き袋や弁当の空を片っ端からつめ込んで、押し入れへぶち込む。

 代わりに掃除機と使っていなかったクッションを取り出す。

 更にエロDVDや美少女ゲームなども押し入れへとぶち込んだ。他にも散らかった諸々の物をすべて押し入れへと詰め入れる。

 続いて掃除機を起動させ床を綺麗にし、適当なタオルを絞ってローテーブルの上を拭いた。それから消臭剤を噴霧ふんむする。

 クッションを並べ、皿にキッチンペーパーをしいて、その上にポテトチップスをぶちまける。

 グラスを水ですすぎ、その中にペットボトルの緑茶をそそいだ。

 そして、この時点で十五分は経過していたが……。

 扉を開けると二人の少女はまだ待っていてくれた。

 稲毛は思った。

 この子たち、確実に自分に気があるだろ……と。


 もちろん、勘違いである。

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