【12】後日譚
二〇二〇年二月十日の放課後。
柿倉での探索を終えた翌日だった。
藤見女子高校部室棟二階にあるオカルト研究会部室にて。
「物乞いの霊は凶事を引き起こしているのではなく、凶事の発生を予兆しているのではないか……という可能性を九段さんに
「それで間違いないよね。あの霊のお陰で、あたしたちはSAKURAさんを助ける事ができた訳だし」
「九段さんも、人喰い忌田の伝承の新しい解釈として興味を持ってくれているわ。いずれどこかで発表したいそうよ」
「それで、物乞いさんの霊も少しは浮かばれるといいねえ……」
そう言って、例の如くテーブルにだらりと身を投げ出す桜井。
それから、例のSAKURAこと、滝川さくらにまつわる一件に話題は及ぶ。
「それにしても、SAKURAさんの中学校の同級生さあ……そんなに彼女と仲直りしたかったのかなあ……?」
「死んで化けて出てきたぐらいだから余程なのでしょうね」
「だったら、最初から彼女をいじめなければいいのに」
桜井が口をへの字に曲げる。
茅野は珈琲カップをソーサーにそっと置くと、己の推論を述べ始めた。
「これは想像でしかないけれど、死んだ事でSAKURAさんの同級生たちは“クラス”という枠組みに余計捕らわれるようになったのかもしれないわ」
「枠組み?」
「そうよ。七人ミサキや百鬼夜行、ヨーロッパの伝承にあるワイルドハント、さまよえるオランダ人号……集団で行動する怪異はけっこう多い。この中でも七人ミサキなんかは、“七人組”という枠組みが強い意味を持つ怪異よ。同級生たちも個々の霊の集合ではなく、“三年A組”の亡霊だった。そして完璧な三年A組となる為にSAKURAさんを求めた……とか」
「ふうん」
と、気のない返事をしながら、桜井はテーブル中央の菓子箱に手を伸ばし、チョコチップクッキーをパクつき始めた。
「それから、もしかすると三年A組の面々にとって、SAKURAさんをいじめた事が大きなトラウマになっていたのかもしれない」
「いじめた方なのに?」
桜井がきょとんと首を傾げた。
「過去にいじめて軽んじていた人間が、華々しい成功を収めて社会的に認められた。その事によって、知らず知らずのうちに、彼女を
「……どゆこと?」
茅野は悪魔のように笑う。
「自分が否定していたものが社会に認められる。自分の価値観の方がおかしいのでは、という疑念……その一つ一つは、ほんの
「それは、また大変だね」
桜井は呆れた様子で肩をすくめた。そして、すっかり温くなったブラック珈琲を
「だから、三年A組の面々は、自分たちが彼女に働いた仕打ちを“若気の至り”にしようとした」
「必死だねえ……」
桜井が顔をしかめる。
「いじめなんかをしても、その報いは自分に跳ね返ってくる。呪いのようなものね」
茅野はかつて自らの親友を呪った人物の事を思い出しながら言った。
その言葉に桜井は
「月並みな結論だけど、それが真理だよね」
「まあ、今となっては、真相は
そう言って、茅野がたっぷりと甘くした珈琲に口をつけると、桜井は渋い表情をする。
「でもさあ……大丈夫かな? 同級生たちは、またSAKURAさんの事を狙ったりしないかな?」
「九尾先生の連絡先は教えたし、いざとなったら、先生が何とかしてくれるわ」
丸投げである。
「キモいし面倒そうだから、諦めてくれればいいんだけどねえ……」
二〇二一年の春先だった。
都内某所の占いショップ『
彼女は二〇二〇年に世間を騒がせた自身が被害者の“女優拉致連れ回し事件”についての
「……と、言うわけで、事務所に確認したところ、今年もまた葉書が届いていました」
そう言って、滝川はポーチから一枚の葉書を取り出して座卓の上に置いた。
九尾は葉書を受け取ると呆れ顔で
「また、あの二人か……まあ、別にいいんだけどね」
彼女の気苦労は、まだまだ絶えない。
そして、このあと、九尾天全は柿倉へと
(了)
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