【11】謎の二人組


 茅野循と名乗った少女が、まるで世間話でもするかのような調子で話を切り出した。

「それにしても、何で貴女が、こんな場所に……この柿倉出身だというのは知っていましたが」

「それは……」

 その問いに口ごもる滝川。

 すると桜井梨沙という名の少女に押さえつけられていた源が叫ぶ。

「その女は同窓会に出席する為に柿倉へ帰ってきたのだ! 俺は彼女を連れてきたに過ぎない! 離せ! 離せ!」

 もがき出すが、彼を地面に押さえつけている桜井は微動だにしない。

 小柄な少女が自分よりも身体の大きい成人男性を完全に制圧している……その光景に若干の違和感を覚えつつも、滝川は茅野の質問に答える事にした。

「ジョギングの最中に、彼に襲われて無理やり連れてこられたのよ」

 すると、源がヒートアップし始める。

「それは、お前が、ずっと仕事が忙しいとか何とか言い訳して、同窓会の案内を無視し続けたからだろうが!? 本当は田仲に頭をさげるのが嫌だっただけだろう!?」

 顔を真っ赤にして、血走った目で唾を飛ばしながら叫び続ける源。

 そのあまりの狂気染みた様相に、滝川はゾッとする。

 なぜ、ここまで彼は……いや、彼ら・・は“三年A組”にこだわるのか。

 ふと体育館の開かれた入り口に目線を移すと、三年A組の面々が悲しげな表情で、自分をじっとめつけていた。

 滝川は桜井と茅野の表情をうかがう。二人は亡霊に気がついていないように思えた。

「……お前は、この柿倉を離れ、少しばかりの成功を収め、調子に乗っている! だから、過去のほんの些細ささいないさかいについても、頭をさげて仲直りする事ができない! 傲慢ごうまんだぞ、滝川さくら!」

 そこで、源の怒声がいったん途切れる。

 桜井が渋い表情で茅野へと視線を送った。

「循……このおじさん、ちょっと、頭おかしいよ」

「そうね」と茅野は返事を返すと、指で首元をかき切る仕草をしながら言う。

「梨沙さん、もういいわ。黙らせて頂戴ちょうだい

「らじゃー」

 桜井は嬉しそうに返事をすると、源の上半身を強引に起こし、背後から首筋に両腕を絡めた。

 必殺の裸絞めである。

「やめ……」

 ものの数秒で意識を失う源。

 桜井は楽しそうに「落ちたよー」と宣言した。

 そこで茅野は体育館の入り口の方へ視線を送ったあと滝川に向き直り、

「貴女がここにいる理由は、あそこの連中と関係があるのかしら?」

 その言葉を耳にして滝川は驚く。

「視えて……いたの……?」

 首を縦に振る桜井と茅野。

 この二人にならば、自分の身に降りかかった不可解な体験を話してもよいだろう。

 そう感じた滝川は、いっさいの事情を話す事にした――。




 中学時代、クラスメイトたちにいじめられていた事。

 そのせいで良い気がせずに二〇一〇年の同窓会を欠席し、あの災害を免れた事。

 しかし、なぜか翌年も、またその翌年も、同窓会案内の葉書が届いた事。

 元担任に拉致らちされ、この場所に連れてこられて死んだはずの同級生たちと仲直りを強要された事。

 滝川が話を終えると、桜井は事もなげに言う。

「ああいうのは、無視しておけばいいよ」

「無視て……」

 無視するだけで何とかなるものなのだろうか。滝川は疑問に思った。

 そこで茅野は地面に転がったままの源に目線を向けた。

「恐らく、この人を使って、わざわざ貴女を連れてきたという事は、それほど彼らに強い力はないのかもしれない」

 そして、再び体育館の入り口の方を見つめて、

「今もあそこから出てこようとしないのが、その証拠よ」

 と、言いながら、肩にかけたデジタル一眼カメラで三年A組の幽霊を撮影し始めた。桜井もスマホでパシャパシャやり始める。

 その姿を見て、呆気に取られる滝川。

 いったい、彼女たちは何なのだ……幽霊などより、この二人の方がずっと奇妙に感じられた。

 そして、撮影を済ませると画像を確認し「やっぱり、撮れてない……」だとか「何かコツがあるのかしら?」などと、眉間にしわを寄せて悩み始めた。

 すっかり忘れさられたような気がして何とも言えない気分になった滝川は、二人に恐る恐る話しかける。

「あの……それで、その……」

 そこで茅野が滝川の存在を思い出した様子で、はっとする。

「ああ、ごめんなさい。待たせてしまったわね」

 茅野はリュックからメモ用紙とペンを取り出すと、そこに『Hexenladenヘクセンラーデン』の電話番号を記す。

「何か霊的におかしな事があったら、ここに電話してください。きっと、貴女の力になってくれると思います。お金はかかるけど腕利きの霊能者よ」

「あ、ええ、はい……?」

 滝川は怪訝けげんな表情で電話番号を受け取る。

「それから、できれば私たちの素性については警察に黙ってて欲しいのだけれど」

「うんうん」と首を縦に揺らす桜井。

 滝川は聞かずにはいられなかった。

「あの……貴女たちは、だから何で、そんなに警察を嫌がるの?」

 茅野があっさりと、その理由を述べる。

「事情聴取が面倒臭いからよ!」

「は、それだけ?」

 目を丸くする滝川。

 桜井が、源のジャンパーのポケットから取り出したスマホを彼女に手渡す。

「それ、使っていいよ。お元気で」

 茅野は気軽な笑みを浮かべながら右手をひらひらさせる。

「お仕事、頑張ってください。応援しています」

 こうして二人は『柿倉いきいきの里』から去っていった。

「ねえ、本当に何なの……あれは……」

 滝川は遠ざかる桜井と茅野の二人を唖然としながら見送る。

 そして言われた通り、二人の姿が見えなくなってから源のスマホで警察に連絡した。




 人気女優が拉致され、連れ回されるというショッキングな事件は、各種マスコミによって大々的に報じられた。

 犯人が中学校の元担任であった事から、二〇一〇年の事故が犯行動機に深く関わっているものと見られ、様々な憶測を呼ぶ。

 被害者のSAKURAは、頭部に傷を負った以外、大きな怪我はなかった。

 しかし精神的なショックはやはり大きく、しばらく休業する旨が事務所より発表された。

 また警察によると犯人の源邦一は、取り調べに対して『教え子を同窓会に連れていっただけ』だとか『教え子に対して指導を行っただけ』などと、意味不明の供述を繰り返している。

 彼もまた十年前の同窓会に遅刻した事により、SAKURAと同じく一命を取りとめた。

 しかし、かつての教え子のほとんどを喪ったショックから精神を失調し職を辞して以来、ずっと自宅療養中であったのだという。

 その彼を投げ飛ばして拘束した人物について、 SAKURAは『身長百八十センチくらいのがっちりとした体型の男』だと述べた。

 源は『中学一年生くらいの女の子に一本背負いで投げ飛ばされ、裸絞めで落とされた』と証言したが、誰一人、彼の言葉を信じる者はいなかった。

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