【03】ヤバイ仕事


 そして、それは彼が両親に借金を申し込んだ次の日の事だったのだという。

『仕事が終わり、帰宅すると、自宅の留守番電話に鎌田かまたという人物からのメッセージが残されていました』

「鎌田……その人物はいったい」

 画面の向こうの畠野は、手元にあったミネラルウォーターのキャップを捻りながら九尾の質問に答えた。

『僕の遠縁に当たる人物で、小さい頃、盆や正月、一緒に遊んだ事があるらしい・・・んですよね』

らしい・・・、というと……?」

 どうにも引っ掛かる言い回しだった。

『いや、僕は全然覚えていなかったんですけど……』

 畠野によれば、父方の親戚筋に鎌田という姓があった事は、何となく記憶の片隅にあったらしい。

 そして畠野の一族は地元では有数の名家で、昔から盆や正月となると、遠方から沢山の親戚が集まるのだという。

 年度によっては遠方に住む、あまり馴染みのない遠縁の親戚がやってくる事もあり、そうした家の子供だったのではないか……と、そのときは考えたらしい。

「その鎌田さんは、どういう要件で貴方に連絡を?」

『何でも前日に用事があって、僕の実家に顔を出したらしいんですが、そこで両親から僕の様子がおかしい事を聞かされて……』

「貴方が両親に借金を持ちかけた事を知っていたと」

 畠野は頷く。

『はい。それで僕の様子が気になって、電話をかけてきてくれたらしいのです』

「なるほど……それで、どうされたのですか?」

 落雷の音が鳴り響き、一瞬だけ画面にノイズが走る。青白い稲光が室内の古めかしい調度品を妖しく照らしあげた。

『このとき、僕が考えたのは、この鎌田という人物からどうにかお金を借りる事ができないだろうか……という事でした』

「ああ……」

 傍目はためから見れば、彼の桃田への献身ぶりはあまりにも愚かである。それを通り越して狂気すら感じられる。

 しかし、あくまでも俯瞰ふかんして物事を見れる立場であるから、そう思えるだけなのだ。

 岡目八目おかめはちもく。そして、恋は盲目である。

 さんざん注意喚起がなされているにも関わらず“振り込め詐欺”のような犯罪がなくならない事からも、搾取さくしゅされる被害者の思考パターンとしては、さほど珍しくはないのだろう。

「それで、鎌田さんはお金を貸してくれたのですか?」

『一応、了承はしてくれました。ただ……』

「ただ?」

『ちょっとした仕事を頼まれて欲しいと』

「ちょっとした……仕事?」

 九尾は眉をひそめる。

「それは、いったい……」

 画面の向こうで畠野が頭を横に振り動かす。

『よく解りません。あれに何の意味があったのか……』

 一拍措いて雷鳴と共に畠野は語り始めた――




 そこは都内某所にある雑居ビル二階。大衆向けの居酒屋だった。

 その奥まった位置にある個室にて、堀炬燵ほりこたつに腰をおろし、座卓を挟んでビールジョッキを合わせる二人。

「しかし、久し振りだねえ。トシくんもすっかりおじさんになっちゃって」

 そう言って、朗らかに微笑むのはふくよかな容姿をした女性であった。

 鎌田絵美かまたえみである。

 畠野は彼女の言葉に、曖昧に頷きながらビールの泡に唇をつけて思った。

 やはり、どう考えても見覚えがない。

 事前に電話で本人の口から話を聞いたところ“ずいぶんと子供の頃より肥ったので、顔を会わせても解らないかも”との事だったが、本当に解らなかった。

 畠野より三歳下と聞いていたが、もっと若く見えた。

「それで、克哉かつやさんと美樹みきさんに内緒でお金を貸して欲しいって、どういう事なの? トシくん」

 克哉と美樹は、畠野の両親の名前である。

「実は……」

 そうして畠野は、現在結婚を前提に付き合っている女性がいる事と、その女性がお金に困っており、二百万ほど都合したい旨を鎌田に打ち明けた。

 すると鎌田は困り顔で「それは、確かに克哉さんと美樹さんには相談できないわね」と言った。

 畠野は急に恥ずかしさと罪悪感が込みあげて、いたたまれなくなる。

「すいません……いきなり、こんな話を。でも……」

「その人の事が本当に好きなんだね。トシくん」

「はい」

 力強く頷く。

 すると、鎌田は「ふう」と溜め息をついた。

「いいよ。お金、貸してあげる。克哉さんと美樹さんにも黙っていてあげる」

「本当ですか……?」

 狐に摘ままれた思いの畠野。

 すると鎌田はプラダのバッグからUSBを一つ取り出して、座卓の上に置いた。

 畠野はそのUSBを摘まむ。何の変哲もないコンビニなどで売られている規格のものだった。

 畠野が質問するより早く鎌田は口角の両端を釣りあげる。

「……そのかわり、ちょっとしたお仕事をしてもらいたいのだけど」

「仕事……?」

 畠野が首を傾げると、鎌田は悪戯っぽい微笑みを浮かべる。

「そうよ。内緒のお仕事」




 雷雲はずいぶんと遠ざかったらしい。

 しかし、依然として雨足は強いままだった。

『仕事の内容は、そのUSBを持って、ある場所に向かって欲しいというものでした』

 画面の向こうの畠野が言った。

 九尾は怪訝けげんそうに眉をひそめる。

「ある場所?」

 重々しい口調で、畠野がその地名を口にする。


『僕の地元の山間にある団地の廃墟です』

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