【11】館の主


 次の日の昼休みだった。

 オカルト研究会の部室には、桜井と茅野、そして西木と羽田の四人が集まっていた。

「……と、言う訳で、心配する事はないそうよ」

 茅野は九尾から聞いた話をかいつまんで羽田に聞かせると、コンビニのサンドウィッチをかじった。

「そうなんですか……」

 羽田は弁当箱のでブロッコリーのマヨネーズあえをはしで摘まむ。

 “心配する事はない”と言われても、夢の内容が内容なだけに安堵あんどもできない……そんな微妙な表情をしていた。

 そこで西木が購買の焼きそばパンの包みを開きながら、疑問の声をあげる。

「でも、何で羽田ちゃんは友澤さんじゃなくて、あの館の幽霊の思念なんか、読み取っちゃったんだろう……? その幽霊って、あの館の元々の住人なのかな?」

「そこですよね……そもそも、あの風見鶏の館って、どんな人が住んでいたんですかね?」

 羽田は表情を曇らせる。昨晩見た白い影を思い出しているのだろう。その彼女の疑問に茅野が答える。

「それも、調べたわ」

「え、そんなの解るものなんですか!?」

 羽田が驚きをあらわにする。

 そこで、がつがつと自作の中華風弁当をかき込んでいた桜井が、顔をあげた。

「登記情報を見たんだね?」

「そうよ。因みに登記情報とは法務省が管理してる土地に関する様々な情報の事よ」

「よくそういうの思いつきますね」

 羽田は関心半分、呆れ半分といった調子で言った。

「それによると、あの館の最初のオーナーは、さる企業の社長だったらしいの……」

 そう言ってスマホをいじり、画面を表にして見せた。

 それは地方新聞のアーカイブだった。西木が身を乗り出し、表示された記事のタイトルを読みあげる。

「えっと……地下室から現金……脱税事件?」

 茅野は頷き、スマホを再びしまう。

「二〇〇二年、あの館の初代オーナーが脱税で逮捕されている」

「ふうん」と弁当を食べながら相づちを打つ桜井。

「その翌年に館を購入したのが芦屋育郎あしやいくろうという人物なのだけれど、女の幽霊は彼に縁のある者だったんじゃないかしら。家族、もしくは、恋人とか」

「芦屋……育郎」

 羽田がまるで、その名前を忌々しい言葉であるかのように呟く。

「じゃあ、その芦屋という人が、女の人の首を絞めて殺したのかな?」

 西木の問いかけに茅野は首を横に振る。

「それは、まだ何ともいえないところだけど、その可能性は高いわね」

 羽田は息を飲んだ。

 夢で自分の首を絞めていたあの男の事を思い出す。

 波打った長髪。

 血走った大きな瞳。

 そして、あの言葉……。


 『俺の為に死んでくれ』


「あの男の人は何で……」

 ぽつりと呟く羽田。

 すると西木が、不意に茅野へと問うた。

「茅野っち……もしかして、だいたい解った・・・・・・・?」

 彼女は知っていた。

 茅野循の口から、その言葉が出たとき……それは、彼女が本当にだいたいの事を解ったときである事を。

 そして、茅野は期待通りの言葉を口にする。

「ええ。西木さん……だいたい解ったわ・・・・・・・・

 そう言って、再びスマホに指を走らせる。画面を表にして見せる。

「……それで、芦屋育郎の名前を検索してみたのだけれど」

 三人は、その画面をのぞき込んで息を飲む。

 それは、あるウィキペディアの項目であった。


『梶尾銀は日本の小説家・ホラー作家。本名は芦屋育郎・・・・――』


「梶尾銀って、私があの日、買った本の作者……」

 羽田は大きく目を見開く。 

「じゃあ、羽田ちゃんがあんな夢を見るようになったのは、この人が元凶なの?」

 西木の問いに茅野が「そうね」と頷く。

「きっと、羽田さんはあの本を媒介ばいかいにして、あの館に関わる殺人の犠牲者の思念を読み取ってしまった」

 言葉を失う羽田と西木。

 桜井はというと、スマホの画面を一瞥いちべつし、いつもと変わらぬ表情で「ふうん……」と言って、水筒からコップにほうじ茶をそそぎ始めた。

 そして、ぽつりと呟く。

「じゃあ、謎も解けた事だし、あとは、とことんやるだけだね」

 それは、まるで『あとは皿洗いをするだけだね』とでも言うような、極めて呑気な調子だった。

 しかし、二人をよく知る西木はもちろんの事、羽田ですらも、その言葉に不穏なものを感じで眉をひそめる。

「と……とことんやるって……な、何をですか?」

 時限爆弾にでも触るかのように、恐る恐る質問する羽田。

 すると、桜井は……ずずず、とほうじ茶をすすり、

「それは、もうとことんだよねえ」

 と、満面の笑顔で相棒の方を見た。

「ええ。このまま、殺人鬼共を野放しにはできないわ」

 こちらは悪魔のような顔をしていた。

 羽田の背筋に、ぞくり……と、冷たいものが走った。

「野放しにはできないって……どうするつもりなんですか?」

「それは、当然……」

 意味深に微笑み、桜井と視線を合わせる茅野。

「けっ、警察に言った方が……」

 その羽田の言葉に、桜井が右手の人差し指を横に振る。茅野の真似である。

「駄目だよ。警察に何て言うのさ? 夢で殺人現場を見ましたなんて言っても、信じてなんかくれないよ」

「ですが……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あとは、あたしたちがやるから」

 桜井が羽田の言葉を制する。

 すると、西木が呆れ半分、心配半分といった表情で言った。

「あー、あんまし、危険な事は、しないでね? 前のときみたいに」

 あのカメラのレンズ越しに見た桜井と殺人犯の対決を思い出しているのだろう。

 それを察したのか桜井は照れ臭そうに笑う。

「だいじょうぶ。今度はあのときみたいに、手加減なんかしないよ」

「あれ、手加減してたの……?」

「西木さんが見てると思ったら、張り切っちゃってさあ。遊びすぎた」

 そこで茅野はスマホを手に取る。

「まあ、どう料理してやるかは、さておき、まずは獲物の居場所を突き止めないといけないわ」

 そうして、またもや九尾天全にメッセージを送った。

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