【02】悪夢


「……最近、友澤さんの夢を毎日見るんです」


 羽田と友澤が出会ったのは、二〇一三年の四月の事だった。

「友澤明乃さんって、あの藤見少女連続誘拐殺人事件の最初の被害者よね?」

 四人分の珈琲を入れながら茅野がたずねると、羽田は頷く。

「そうです。友澤さんとは小学四年生のときに席が隣同士で……」

 当時、沖縄から引っ越してきたばかりの彼女と同じクラスになったのだという。

「その友澤さんとは仲よしだったの?」

 と、桜井。

 羽田はふるふると首を横に動かす。

「いいえ。ほとんど……喋った事はありませんでした」

 顔を見合わせる桜井と茅野。

 そして、緊張した様子の後輩を気遣ってか西木が口を開いた。

「今日で確か一週間連続だっけ? 例の夢」

「はい」

 羽田は怯えた表情で答える。

「いつも同じ夢なの?」と桜井。

「はい。そうなんです。まったく同じです」

 西木が桜井と茅野の顔を見渡す。

「……だから、流石におかしいって事で、これは二人の得意分野じゃないかなー、って。それで羽田ちゃんを連れてきたんだけど」

 うむむ……と、両腕を組み合わせて、眉間にしわを寄せる桜井。

「確かに、そんなに同じ夢ばっかり見るっていうのはあり得ないよね。あたしも一週間連続で、ごちそうを食べる夢を見た事があったけど、メニューは毎日違ったよ」

「流石は西木さん。“すべらない女”ね。中々興味深い案件だわ」

「それは、どうも」

 と、茅野の言葉に西木は苦笑する。そんな先輩の横顔を見つめながら羽田は首を傾げた。

「すべらない女?」

「あはは……気にしなくていいのよ。それより、二人に話しちゃいなさい。その夢の事」

「ああ、はい。解りました」

 羽田は姿勢を正す。

 そして茅野が湯気立ちのぼるマグカップを各人の目の前に置いて回り、自らも所定の位置へと腰をおろした。

「じゃあ、その夢の内容について覚えている限りの事を聞かせて頂戴ちょうだい

 そう言って、砂糖壺の中の角砂糖を三つ、自らのマグカップへと投入した。

 羽田は慎重に言葉を選びながら、語り始める。

「私はいつも夢の中で知らない男の人に首を絞められていて……」

 男は波打った長髪でせており、血走った大きな眼をいっぱいに見開き、唾を飛ばしながら、こう言う。


 『俺の為に死んでくれ』


 必死に、申し訳なさそうに、懇願こんがんするかのように……。

「それで、だんだん視界がぼやけて、暗くなって、何も見えなくなって……」

 場面が切り替わり、今度は仰向けになって、どこかの天井を見あげているのだという。

 その場所は鉄骨のはりが、むきだしになったコンクリートの打ちっぱなしで、裸電球が一つぶらさがっており薄暗い……。

「しばらくすると、男に連れられた友澤さんがやってくるんです」

「成る程。……それから、どうなったのかしら?」

「それで……友澤さんと、その男が私の上・・・にきて……」

「上?」

 桜井が首を傾げる。

 すると、羽田はどう説明したらよいのか解らない様子で、しばらく黙り込み……。

「何かこう……仰向けに寝ている私の上に、分厚い氷が張っていて、その上に友澤さんと男がいる感じです」

「つまり、貴女は友澤さんたちを真下のアングルからのぞき込んでいる……と?」

 その茅野の質問に、羽田は首肯した。

 桜井は両腕を組み合わせて嘆息たんそくする。

「なるほど。流石は夢。訳が解らん」

「それで、その男は貴女の首を絞めていた男と同じ人物なのかしら?」

「いいえ。違います。私の首を絞めていたのは、知らない男でしたが……」

「知り合いだったの?」

 この桜井の問いには、羽田は「知り合いというか……」と、言葉を濁しながら答える。


「友澤さんを連れてきた男は、あの事件の容疑者だった男です」




 『藤見少女誘拐殺人事件』は二〇一三年七月から二〇一四年十月までの間に、藤見市近郊で起こった三件の未成年女子児童誘拐と殺人、及び死体遺棄事件を指す。 

 犯人は捕まっておらず、この事件は今だに藤見市近隣の住民の心に暗い影を落とし続けていた。

 その発覚は二〇一三年七月七日の二十一時過ぎだった。

 藤見警察署に友澤明乃の父親である友澤洋司ともさわようじから、娘がまだ家に帰ってきていないとの電話があった。

 因みに友澤明乃は片親で、藤見市にある電子部品工場に勤める洋司の帰宅はいつもこのくらいの時間だった。

 普段ならば、自分でご飯を済ませ、すでに寝る準備を整えたパジャマ姿の娘が洋司を出迎えてくれるはずであった。

 しかし、この日は明乃の姿はなく、自宅アパートは藻抜もぬけの空であった。

 不吉な想像が頭を過ったが、仲のよい友だちの家にでもいるのかもしれないと考えた。

 しかし洋司は人気者のはずの娘の友だちの連絡先はおろか、名前すら誰一人として知らない。

 担任の教師と連絡を取り、洋司は初めて娘が自分に心配をかけない為に嘘を吐いていた事を知った。そのあと、警察へと連絡する。

 更に日付変わって翌日の午前一時頃。

 友澤明乃の住む白鈴地区から十キロほど離れた海沿いでの事だった。

 大学生の男女が、人気ひとけのない松の防風林で、怪しい人物と遭遇する。

 二人は恋人同士で深夜のドライブデートの最中に、近くの砂浜へと立ち寄ったところ、防風林の中に不審な明かりが灯っているのに気がついたのだという。

 恐る恐る近づくと、何者かがスコップで地面に穴を掘っていた。

 その人物は大学生二人に気がつくと、スコップを置いて脱兎の如く逃げ出したのだという。

 恐る恐る穴へと近づくと、近くの木の影に大きなビニールシートの包みを発見する。その包みからは人の足らしき物がはみ出ていた為に、大学生は慌てて警察に通報した。

 包みの中には、友澤明乃の遺体とランドセルがくるまっていた。

 目撃者の大学生によれば、その人物は黒い上着とジーンズを身にまとっており、身長と体格から男のようであったと後で証言している。なお、薄暗く突然の事であったので、その人物の人相などはよく解らなかったらしい。

 更に警察の調べでは、見つかった友澤明乃の遺体には首元を中心に複数箇所の刺傷があり、着衣の乱れや性的暴行を受けた形跡は見られなかったのだという。また友澤が胸につけていたはずの名札がなくなっていた。

 そして後日、被害者の住居近辺で聞き込みを行ったところ、友澤明乃と思わしき少女が不審な男と手を繋いで、人気ひとけのない農道を歩いている姿が目撃されたらしい。

 その証言を元に製作された似顔絵は速やかに公開される事となった――


「その似顔絵がこれよ」

 そう言って、茅野がタブレットに指を這わせてからくるりと裏返し、他の三人に見せた。

 ボサボサの髪の毛。

 膨らんだ輪郭と張り出した頬。

 黒目がちの小さな瞳は離れている。

「そうです。この人です。夢に出てきたのは……」

 羽田継美は怯えた表情で、はっきりとそう言った。

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