【19】姉妹


 世花と恵麻の姉妹は、日本人で祓魔を生業とする霊能者の父親と、ドイツ人で占い師の母との間に生を受ける。

 の世花は、生まれつき霊能者としての高い才能を持っていた。

 本来、霊能者が行う儀式の類いは、霊的な世界への干渉を行う為の鍵でしかない。宗教的な知識や信仰も、目には見えない世界を認識する為の道具である。

 しかし、世花はそういった物を使わず、まるで呼吸をするかのように、生まれつき霊的な世界への干渉を行えた。

 そうした才能を持ち合わせていた世花であるが、父の使っていた“九尾天全”の名前を受け継いだのは、妹の恵麻であった。


「……妹は、まだ箜芒甕子に完全に支配された訳ではなかった。それは“九尾天全”という名前のお陰」

「ふうん」と桜井梨沙は、何時ものように相づちを打った。

 県庁所在地駅前にあるファミリーレストランの店内は、昼時をとうに過ぎたというのに相変わらずの賑わいであった。年始というシーズンのお陰だろう。

 ともあれ、茅野が珈琲をすすった後で問う。

「一つ聞きたいのだけれど……貴女は“九尾天全”という名前を、妹さんが自分を差し置いて継いだ事について、悔しく思わなかったのかしら?」

 九尾は寸分の間もなく首を横に振る。

妹は・・霊能力以外の・・・・・・すべてにおいて・・・・・・・わたしより勝って・・・・・・・・いたから・・・・

 桜井と茅野は……。

「なるほど。それはそうだろうね」

「私もそう思うわ」

「ちょっ、それどういう意味!?」

 九尾が慌てて突っ込む。

 妹の優秀さは心の底から認めていた。しかし、その妹の事を知らないはずの二人に言われるのは当然の事ながら納得がいかない。

 茅野は平然とした顔で、

「特に深い意味はないから気にしないで頂戴ちょうだい

 桜井も真顔で「うんうん」と頷いている。

 しかし、九尾は釈然としない。眉を釣りあげる。

「言っておくけど、わたしがそういう風に納得していただけで、妹が“九尾天全”の名前を継いだ理由は『妹の方が、わたしより力が劣るから』よ。中途半端に高い力を持っていると逆に悪い霊や呪いを引き寄せ易いから」

 無言で顔を見合わせる桜井と茅野。

「ちょっと、何とか言ってよ!? 本当よ!? 本当なんだから!」

 実際に妹の恵麻は、なまじ霊能力を持っていたがゆえに、幼い頃、何度も怪異の被害にあっていた。時には命の危険に曝された事もあった。

 大抵は両親が対応に当たったが、彼らが仕事などで手を離せない時、その役目を担ったのは姉である世花――つまり、今の九尾天全であった。

「お父さんからも直接そう聞いたし!」

「別に何も言ってないよ、センセ」

「必死に否定すればするほど信憑性しんぴょうせいが薄くなるわね」

「ちょっと、信じてよ、もう……」

 そう言いながら九尾は、いつからだろうと、不思議に思った。

 守る側から守られる側へ。

 手を引く側から手を引かれる側へ。

 思い起こせば、恵麻は守られてばかりだった自分にコンプレックスを抱いていたのかもしれない。

 そこまで思い出し、九尾は、はっとする。

「どうかしたのかしら?」

 茅野が尋ねると、九尾は過去の記憶を反芻はんすうしながら言う。

「いや。箜芒甕子も勘違いしていたなって……」

「何を?」と桜井。

「確か……こんな感じで」


 『そなたの妹は、姉を差し置いて父の名を継いだ事に随分と引け目を感じているようだな。そなたも妹を憎んでいたのではないか?』


「……みたいな」

 そこで茅野があごに指を当てて思案顔になる。

「疑問系……本当にそんな言い回しだったの?」

「え、あ、うん……微妙に言葉は違うかもしれないけど、必死に否定したからよく覚えてる。兎に角『お前は妹を怨んでいたんじゃないのか?』って訊かれた」 

 九尾は問いに答えた。すると桜井が「何かわかったの?」と茅野にたずねる。

 茅野は相変わらず思案顔で「まだ、何とも言えないわ」と呟く。

 そして、改めて九尾に訊いた。

「では、先生が妹さんに名前の事で嫉妬の感情を抱いていなかったとして、逆に妹さんの方はどうだったのかしら?」

「どうって、言うと……?」

「妹さんが、箜芒甕子の言うように姉の貴女を差し置いて名前を継いだ事に関して引け目を感じていたのか、どうなのか……」

 この疑問に九尾はしばらく思案してから口を開く。

「それは、当たっていると思う。霊能者をやる時、わたしを誘ったのも単純に一人でやっていく自信がなかったというのもあったんだろうけど、多分そういう引け目を感じていた部分も大きかったんだと思う」

 九尾はありし日の妹を思い出したらしく、寂しげに笑う。

「まったく……そんなの、どうでもよいのにね」

 三人は同時に黙り込んだ。

 少しだけ、会話の間が空く。

 その隙間に周囲の客の話し声や食器の立てる音が入り込む。

 桜井が、それらの音を押し退けるかのように、九尾に向かって言った。

「……んで、結局どうなったの?」 

「どうなったって?」

「クノギ邸の玄関で妹さんと再会したあとだよ」

「ああ……」と手を打つ九尾。

「……裏手の座敷牢に妹が閉じ籠って……わたしは箜芒甕子の真の名前がどこかに残されていないか、箜芒邸を探し回ったわ」

「ああ。生け贄の子が箜芒甕子になる前の名前か」

 桜井の言葉に九尾は頷く。

「そうよ。島の伝承にある、明治二十二に厄流しされ、再び島へと戻ってきた箜芒甕子の真の名前よ。これまでに箜芒甕子となった者たちの名前がどこかに記録されていないか探し回ったの」

「それは、見つかったのかしら?」

 九尾は頭を振る。

「いいえ……結局、そのまま除霊を試みたんだけれど、やっぱり上手くいかなくて、次第に妹の方が疲弊ひへいしてきて……」


 再び話の焦点は十年前のあの日に戻る――

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