【12】迫りくるモノ


 ロケ隊は列を成し、斜面を横切る細い路地や石段を歩く。

 建ち並ぶ廃屋、傾いだ木製の電柱、沿道を覆う木々、そして、生い茂る草むら……世花は視線を走らせる。

 そこらじゅうの物陰に、ソレ・・らは佇んでいた。

 様々な年代の、様々な格好をしたモノたちが……。

 もちろん、彼らは、この世の者ではない。

 世花は、ありとあらゆるところから霊の気配を感じていた。

 お陰で、その手の感覚が完全に麻痺してしまっている。

 きっと、この島では沢山の人が死んでいる。

 一九四九年の事件だけではない。

 それ以前も……それ以降も……沢山の人が死んでいる。

 この夜鳥島は、そういう場所・・・・・・なのだ。

 幸いにも亡者たちは、今のところ、ほとんど生者に興味を示していない。ただ通り過ぎるロケ隊一行を何もせずに見送るだけである。

 力もさして強くはない。この世への興味を失いかけている。しかし、やはり恐ろしいものは恐ろしい。

 何の切っ掛けで、それらが一斉に呪詛じゅその牙を向けてくるとも知れないからだ。

 世花は少し前方の石段を登る九尾の方へとすがりつくような視線を送った。

 きっと彼女も、この異常な数の霊の気配は感じているはず。しかし、危険性は乏しいと見積り、無闇に騒ぎ立てて刺激しないようにと、他のスタッフや共演者には黙っている事にしたらしい。

 九尾は何食わぬ顔で、身振り手振りを交えて隣を歩く高原の質問に答えていた。

 その様子を階段の上からカメラマンの柳正克やなぎまさかつが撮影している。

 このまま、何事も起こりませんように……と、世花は心の中で願う。

 しかし、このとき彼女は気がついていなかった。

 狂暴な悪意を持った存在が、周囲の霊の気配に紛れながら近づいている事に……。




 それ・・は、荒い息を吐きながら、港から続く斜面の道なき道を駆けていた。

 普通の人間ならば迂回うかいするであろう崖をよじ登り、茂みを突っ切り、最短距離で、その場所を目指していた。

 低木の枝で頬や手の甲を切り、岩壁に立てた爪が割れてもお構いなしだった。

 それ・・は口角を釣りあげ、唇の間から白い歯をのぞかせている。

 そして、その右手にはクルーザーの船室の壁にかけてあった消防斧が握られていた。




 次第に人家がまばらになり、曲がりくねった坂道に一行は差しかかる。

 途中、道が崩れており、そこに十メートルぐらいの橋が架かっていた。

 二本の丸太の間に板を渡しただけで手すりはなく、けっこう高さがある。下には芦の茂みと淀んだ小川があり、蚊柱が渦巻いていた。

 まずADの青木が渡り、安全を確認し、他の面々が橋を渡る。

 このとき、高原が「怖い、ムリ」とタダをこね、けっこうな時間をロスしてしまう。

 しかし、それ以外のトラブルは特になく、一行は順調に進む。

 途中、こけむした道祖神どうそしんほこらが建つ三叉路さんさろを通り過ぎ、直線の坂道を登ってようやく辿りつく。

 杉の木立の間に埋もれるように佇む門柱。

 そこには“箜芒”という文字が彫られていた。 

 庭は荒れ果てており、かつての景色は見る影もない。背の高いすすきが一面を被っている。

 左手の奥には蔦に侵食され、潰れかかった離れの小屋があった。

 正面からは苔むした敷石の列が、傾いた切妻のひさしの下まで続いていた。その奥には開かれた玄関口が見える。

 戸は三和土たたきの方に倒れ、その向こうには埃舞ほこりまう薄暗がりが渦を巻いている。

 玄関の向かって左横には長い縁側が吹き曝しになっており、和室や洋間が臨めた。

 右横には外壁と塀の細い隙間があり、そこから雑草を掻き分けて裏手へと行けそうだった。

「思ったより、ちゃんと形が残っているな……」

 長尾が門前で感心した様子で頷く。

 すると青木は「そうっすかぁ……?」といやそうな顔をした。

 その直後だった。

「あ、すんませーん」

 声をあげたのは音声の松山毅まつやまつよしだった。

「どうした?」

 長尾が問うと、松山は首からさげたミキサーのツマミを捻りながら申し訳なさそうに言う。

「ミキサーの調子が悪くって」

「電池は?」

「変えても駄目っした」

「んだよ、ちゃんと点検したんだよな?」

「すんませーん」

 松山はミキサーを地面におろしていじり始めた。

「んじゃ、ちょっと休憩で。復旧次第、撮影に入りまーす」

 長尾が演者やマネージャーたちにむかって大声をあげる。

「まったく……」

 と、嘆息たんそくする長尾であったが、その表情には特に苛立ちも怒りも浮かんではいない。

 こんな風に、心霊スポットで機材トラブルなどというと、テレビを観ている側からすれば、まっ先に超常現象の可能性が頭を過る事だろう。

 しかし、制作する側からすれば、この程度の事などにちじょう常茶飯事さはんじである。別に心霊スポットじゃなくてもよくあるのだ。

 だから撮影スタッフたちは非常に落ち着いていた。

 この手の心霊がらみの仕事経験が少ない高原璃子ですら、呆れた様子で笑っていた。

「九尾せんせ、これって霊の仕業なんですかぁ?」

 案の定、九尾はあっさりと首を横に振る。

「違いますね。これは、機械的な故障だと思われます……」

 この発言を編集でカットして『突如、原因不明の機材トラブルが……』などと、不気味なナレーションと効果音を入れれば心霊現象の一丁あがりである。

 そんな訳でカメラマンの柳は、復旧作業を行う松山にレンズを向けていた。

 その様子を横目で見てから長尾は青木に向かって言った。

「オイ、青木。お前、先にちょっと家の中、下見してこいよ」

「えぇ……」

 青木が露骨に顔をしかめる。

 しかし長尾は構わずに続ける。

「床は大丈夫か、天井は崩れそうにないか、ちゃんと安全確認しろ。大丈夫そうなら中の絵も撮りたい」

「はぁ……」と気の抜けた返事をする青木。彼の頭を、長尾は丸めた台本で叩く。

「何を嫌そうな顔してんだよ! 馬鹿がッ!」

 長尾は箜芒邸の玄関口へ向かってあごをしゃくる。

「ほら。これもオメーの仕事だろうが。玄関のとこからちょっと中を見るだけでいいから」

 青木は苦虫を噛み潰したような顔で「……はい、解りました」と頷くと、渋々といった様子で玄関へと向かう。

 そうして、玄関の奥へと溶け込むように青木の背中が消えた。

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