【04】予言


 平川は私達をすがるような目で見つめる華枝の元に向かう。

 よく見れば座卓の上にも白い皿に乗せられた盛り塩があった。

「華枝様……此方こちらが誠司様の友人であらせられる目羅先生です。精神のお医者様であります」

 平川は彼女の猿轡さるぐつわを外した。

 すると華枝は開口一番、涙を浮かべながら我々に訴えかける。

「私を殺してくださいまし」

「華枝様、落ち着いて」

 平川が冷静な声音でなだめるも華枝は、聞き入れた様子を見せなかった。

「私を殺して……私は大変な事をしてしまいました」

 うつむいてすすり泣く華枝。

 平川は彼女の肩に手を置き語りかける。

「華枝様が悪いのではありません」

「でも、私は兄を……兄様を……」

 そこでふと疑問に感じた事があった。

「平川さん、ちょっと」

「何でしょう?」

 彼を引っ張り、入り口の前まで連れてゆく。華枝に背を向けて私は問うた。

「華枝さんに、彼女自身が誠司君の事をあやめたと誰かが教えたのですか?」

「はい?」

 平川は首を傾げる。私はもう一度、言葉を変えて彼に問うた。

何故・・華枝さんは・・・・・自分が誠司君・・・・・・を殺した事を知って・・・・・・・・・いるのですか・・・・・・?」

 平川は再び首を傾げる。

 質問の意図が解らなかったのだろう。

 二重意識の人格は、お互いに別の人格が表に出ている間の事を記憶していないのが常だ。

 よって、華枝は兄を自らの手で殺した事を、直接知る術はない。誰かが事件後に教えたのだろうか……。

 しかし、誠司が死んだ事を告げるのならまだしも、態々わざわざ華枝自らが殺したなどと教える必要があるのだろうか。

 自殺を防止したいのならば、そこで死にたくなる動機・・・・・・・・をあえて与える必要などないではないか。

 華枝が状況をかんがみて、その事実を推測して導き出した事は有り得る。しかし、それにしては彼女の言葉は確信に満ちて聞こえたし、平川も否定しようとしない。

 この事に私は強い違和感を覚える。

 そうして、説明の仕方を迷っていると、それは唐突に起こった。

 入り口の両脇にあった盛り塩が突然、すう――と、天辺から焼け焦げるように黒く染まってゆく。

 私は唖然として固まる。

 次の瞬間であった。

 わらい声が響き渡る。

 それに呼応するかのように格子に貼られた神道、仏教、密教、道教の札が、耶蘇の十字架が、まるで何かにおびえているかのように震え出した。

 更に色の変わった塩の山が、見えない何かに薙ぎ払われたかのように崩れ、扇型に広がる。

 やがて格子の震えが収まると、氷柱つららのような、その声音が響き渡った。

「……愉快」

 私と平川はゆっくりとその声の主を見た。

 ついさっきまで嘆き悲しんでいた華枝がわらっていた。

 ヘラヘラとゲラゲラと音を立てて肩を揺らしていた。

 この世の全てを呪うかのように――。

 ついさっきとはまるで別人であった。

 平川が声を張りあげた。

「危険です。目羅先生、早く牢の外へ」

 しかし、私は彼の言葉を聞き入れずに、その場にとどまる事を選んだ。

 華枝は、私の瞳をのぞき込みながら、また嗤う。

「霊媒、坊主、神主、支那しなの道士、耶蘇やその神父。次の道化は医者か……何と愚かな」

 私は臆さずに華枝を睨み返す。すると彼女はニタリと不気味に微笑んでのたまった。

「我は神ぞ?」

「神?」

 突飛なその言葉に私は戸惑う。

 牢の外で平川が何かをまくし立てていたが、それを無視する。

 華枝が名乗りをあげた。

「我こそは箜芒甕子。死して災いをなす神となりし者。無駄だ。人の子よ。我のもたらす災いからこの島の者が逃れる術はない。絶望せよ」

「神とは御大層な」

 私はあくまでも平静に、落ち着いた態度を崩さない。

「ならば、ほんの少しでよいので、この愚かな人間の為に時間を割いてはいただけないだろうか? いくつか尋ねたい事がある」

 対話の糸口を探ろうとするが、そんな私の態度を箜芒甕子は鼻で嗤い飛ばす。

「目羅鏡太郎よ。御主は我の力を疑っておるな?」

 何故、私の名前を知っているのだ……と、思わず質問しそうになった。

 しかし、誰かが教えたのであろうとすぐに察しがつく。当然の帰結だ。

 誠司から聞いたのかもしれないし、平川からなのかもしれない。思い返してみれば、島に到着した私の顔を拝む為に港へと沢山の人々が集まっていたではないか。

 目羅鏡太郎という人間の存在は、私がこの島にくる前から周知されていたのだ。

 きっと、箜芒甕子の人格が表に現れている時に、誰かが私の事を話したのだ。何も不思議な事はない。

 しかし、そこで箜芒甕子は、まるで私の思考を読んだかのように言葉を続けた。

「本当にそうか? 目羅鏡太郎よ」

 この時、私の額からおかしな汗がぶわりと沸きだす。

 箜芒甕子は、そんな私をせせら嗤いながら、糸で吊られた操人形マリオネットのようにゆらりと椅子から腰を浮かせる。

 私は慎重に後退りをする。

「目羅鏡太郎。貴様は我を神などではなく気の病だと考えておるな? しかし、科学の灯火ともしびにて超常の色濃い闇に挑まんとするその蛮勇ばんゆうは、遠い未来、異人の血を引く巫女・・・・・・・・・により、この地へといざなわれた二つの凶星・・・・・が、必ず打ち砕く」

 そう言い終わると彼女は急に脱力し、床の上に倒れて動かなくなった。

 私は華枝を見おろしながら確信を深める。

 やはり、箜芒甕子は解離によって生まれた二重意識なのであると――。

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