【09】呪曝


 三人は村落の真ん中を横切る砂利道を歩き、数寄屋邸を目指した。

 沿道に建ち並ぶ家々は荒れ果てており、まともに原型をとどめているものは、ほとんどない。

「これは、酷いわね……」

 九尾が顔をしかめて一言漏らす。

 下り道を降りて村に辿り着くと、その違和感は顕著けんちょだった。

 何年も放置されていたにも関わらず、雑草があまりはえていない。秋から冬に向かうこの時期にしても少ない。

 かつての庭木や街路樹だった樹木は枯れ果てており、無惨な倒木と成り果てていた。民家の生け垣なども枯れ果てている。

 よく見れば村の周囲の山肌も――少なくとも九尾たちから見える範囲では――ある一定の高さから下方の植物が異様に少ない。

「これって、もしかして呪いのせい?」

 桜井の質問に九尾は頷く。

「多分、箱が経年劣化で破損したのか……箱の蓋を閉めた後に行う最後の儀式が不完全だったのか」

「最後の儀式?」

「……その儀式を行わないと、箱そのものが呪いの影響を受けてしまう。そうなると、呪いが呼び寄せた災禍によって、箱が蓋を開ける前に壊れてしまうかもしれない。それを防ぐ為の儀式よ」

「ふうん。じゃあ、その儀式を人間にかければ、呪いを防御できるの?」

「それは無理ね。また人に対する呪い避けとは別だから。……兎も角、原因は解らないけど、じわじわと呪いが箱から漏れだしている事は確かよ」

 そう言って茅野の方を見ると、エアコンのリモコンのような機械を片手に鹿爪らしい顔をしていた。

「循ちゃん、それは何?」

 九尾がたずねると茅野は顔をあげる。

「ガイガーカウンターよ。九尾先生の話を聞くまで、私たちは数寄屋邸の集団失踪は宇宙人の仕業のつもりでいたから。宇宙人やUFOの出現地点では、ときおり高い放射線量が観測されるの。……念の為に計ってみたけど、この辺りは正常値みたいね」

「せっかく、地球代表として宇宙人と戦おうとしたのに……」

 桜井が冗談とも本気ともつかない調子で言う。

「ところで、その呪いの真っ只中にいる我々への影響はどうなのかしら?」

 その茅野の質問に九尾は答える。

「一日二日程度じゃ影響はないわ。ただ、ここに長い年月暮らすとなると確実によくないわ」

「……ねえ」

 と、桜井が何気ない調子でこんな事を言い出す。

「もしかして、この村に住む人がいなくなったのって……」

 九尾は神妙な顔で頷く。

「間違いなく、呪いのせいでしょうね……自覚していた人はいないでしょうけど、何となく住みにくい……この土地にいると気が塞ぐ……そう感じて村を去った人は多かったはず」

 そこで茅野がガイガーカウンターをしまい、肩にかけたデジタル一眼カメラの撮影準備をしながら言った。

「この呪いの規模は、最大の漆禍なのかしら?」

「いいえ。いくら漆禍でもこんなに酷いはずは……」

 九尾は言い淀む。

 過去にもこの手の呪物を処理する仕事を何度か請け負った事はあったが、ここまでの規模の呪いを振り撒く呪物は見たことがない。

 これは恐らく漆禍以上の大きさでないとありえない……。

 しかし、そんな呪いは普通の生きている人間が産み出せる訳がない。

「ここまで強力な呪物をどうやって……」

「しっかだっけ? それを何個も沢山作ったんじゃないの? それが一斉に呪い漏れを起こしちゃったとか」

 桜井の言葉を、九尾は首を横に振って否定する。

「それでも同じ事よ。そもそも漆禍だって、そんなに簡単に作れる物じゃないもの。何個も作るなんて無理よ。……これは漆禍の十倍……いや、もっとかも……」

 この呪いがあれば、日本を転覆てんぷくとはいかないまでも、相当な大災害を引き起こす事ができるだろう。

 しかし、それをいったいどうやって作りあげたのか。

 その疑問に答えを出せぬまま、九尾たちは村の中心部にある大きな日本家屋の前に辿り着いた。




 かつてあった黄金正木の生け垣は、すべて枯れ朽ちてなくなっていた。

 風化した門柱だけが墓石のように佇んでいる。

 その門前に立った九尾が右掌で口元を覆い、顔をしかめてしゃがみ込む。

 霊能力を持っているがゆえに、強力な呪いの力を敏感に感じ取ってしまったのだ。

「九尾センセ、大丈夫……?」

 桜井が心配そうに彼女の顔を覗き込む。そしてリュックの中からクマさんの絵が描かれた水筒を取り出して、蓋のカップに中身をそそいだ。

「ペパーミントティーだよ。気分がすっとするはず」

「ありがとう……」

 九尾は差し出されたカップを受け取り、ぐいっ、と飲み干す。膝に手を当てながら立ちあがる。

「こういう時は、霊能力持ちも不便なものね」

 茅野が門の中を覗き込みながら言った。

 数寄屋邸の母屋は、浜辺に打ちあげられ腐乱した鯨の死骸のようにボロボロだった。

 柱は傾き、瓦ははがれ落ちている。

 そんな中で庭の隅にある漆喰壁しっくいかべのはなれだけは不気味なほどに、綺麗なままであった。

「正直、あなたたちがいて助かったわ。まさか、ここまで酷いだなんて……」

 その九尾の言葉に茅野は鼻を鳴らす。

「急に素直になるだなんて、やめて頂戴ちょうだい。まるで、死亡フラグみたいじゃないの」

「そうだぞ!」と、桜井も乗っかる。

 相も変わらず気軽な二人の調子に、ほんの少しだけ九尾の気は紛れる。

「ごめん、ありがとう。もう大丈夫よ。行きましょう……」

 三人は庭を横切り、はなれへと向かった。

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