【08】隠首村へ
幽玄荘二階の
座卓を挟んで九尾は、桜井と茅野に、自らが請け負った依頼内容と禍つ箱に関しての情報を提供する。
彼女らが単なる向こう見ずでない事は解っているので、下手に隠して好奇心を余計に刺激するよりは、リスクをしっかり説明した方がよいと判断した為だ。
そもそもな話、茅野循相手に誤魔化しや隠し事が通じるような気がまるでしない。
そして、事情を聞いた上で、彼女らが隠首村に行くというなら、連れていくつもりだった。
もう九尾は、心の中で既に二人の対怪異能力の高さを認めていた。
先日の、あのヨハン・ザゼツキの少女人形を迅速に回収した手並みは本物であった。
桜井と茅野にしてみれば、単なる“おもしろ人形”でしかなかったあれも、九尾の業界では世界的に知られた危険な呪物なのである。
しかし、九尾は、プロの霊能者として培ってきた大切な何かがぶっ壊れそうな気がして、彼女らを素直に称賛できずにいた。
「……と、いう訳なんだけど」
九尾がだいたいの経緯を説明し終わると、桜井は、
「ふうん」
と、話を聞いているのかいないのか解らない表情で、相づちを打った。
不安になる九尾。
すると、その隣で藤村の日記に目線を落としながら話を聞いていた茅野が顔をあげる。
「
「何か気になる事はない?」
九尾が問うと茅野は右手の人差し指を立てる。
「一つだけ確認したいのだけれど……」
「何かしら?」
「藤村丈昭さんは、確かに死の間際にこう言ったのよね? 『隠首村に残してきた禍つ箱が気がかりだ。あれを処分してくれと……』と。つまり、丈昭さんは、少なくとも禍つ箱が完成していた事を確信していた」
「ええ。幸子さんの記憶が正しいのならね」
すると、そこでぼんやりと窓の外を眺めていた桜井が声をあげる。
「……でも結局、丈昭さんは禍つ箱の製作が行われていたと思われるはなれの地下室への扉を開けていない訳だよね?」
「そうね」と茅野。
「それなのになぜ、禍つ箱が完成している事が解ったの?」
この桜井の質問を聞いて、九尾は『この子、ちゃんと話を聞いていたんだ』と内心でほっとする。
その問いには茅野が答えた。
「また後日、隠首村に戻ったのかしら。それで隠し扉の向こうの地下室の中を確認した。そこで完成した禍つ箱を発見するも、どうしたらよいか解らずにそのままにしておいた……これが、今のところは一番妥当な解釈だけれど」
「もしも、藤村さんがもう一度、隠首村へ行ったのなら一九八〇年の八月以降である可能性が高いわね」
九尾は、ここへくる前に藤村家で一九七〇年以降の日記も確認してきた事を話した。
すると桜井が「ふうん」と、再び聞いているのか、いないのか、不安になるような返事をした。
そして勢いよく立ちあがる。
「まあ、取り合えず、その隠し扉を開けてみようよ。そうすれば一番てっとり早い」
「それもそうね」
茅野も続いた。
そんな二人を見て、この子ら本当に楽しそうだな……と、苦笑する九尾だった。
「ちょっと、あなたたちさぁ……」
「何? センセ」
「何かしら」
「女子高生なんだから、もっとこう他にないの……? 気になる男の子とデートに出かけたり、女の子同士でショッピングして、オシャレな店でタピオカドリンクを飲みながら恋バナでもしたりみたいな……わたしの学生の頃はねえ……」
などと、語り始めようとしたら、桜井と茅野が真顔で視線を見合わせてから「うわぁ……」とでも言いたげに顔をしかめた。
その二人のリアクションを見て九尾は慌てる。
「ちょっと、待って……何で、わたしがおかしいみたいな感じになってるの?」
「まあまあ、センセ、落ち着いて……」
「いや、だから、今わたし何か変な事言った!?」
「取り合えず、着替えてくるわね」
茅野は極めて華麗に九尾をスルーすると、山茶花の間の入り口へと向かう。
桜井も続いた。
取り残された九尾は……。
「いや……わたし……何か間違ってる……? 今どきの女子高生って全員、心霊スポット探索とかしているの……?」
いったい、女子高生とは……そんな哲学的思考に頭を悩ませながら、九尾も準備に取りかかった。
九尾が駅前にレンタカーを借りにいっている間、桜井と茅野は穂村の資料にざっと目を通して頭に入れる。
九尾が借りてきたのは山道での走破性の高い四輪駆動である。
幽玄荘の玄関前のロータリーから、ナビ役の茅野が助手席には乗り込み、後部座席に桜井が腰を落ち着けたところで出発する。
「村が生きていた当時に使われていた道は、二十年ほど前に土砂崩れで通行止めになっているらしいわ」
茅野が助手席でタブレットを眺めながら言った。
「じゃあ、どうやって行くの?」
と、後部座席の桜井が問うた。その質問に九尾が答える。
「この近くに裏道があるのよ」
……などと、会話を交わしながら近くの山道から未舗装の脇道へと入る。
その道幅はかなり細かった。
運転に自信のない九尾は、徒歩にしておけばよかったと後悔し始める。
「これ、対向車がきたら完全に詰みだわ……」
九尾がうっそりと呟くと、助手席の茅野が声をあげる。
「大丈夫よ。こんな時期に、こんなところに遊びにきている馬鹿なんて、私たちぐらいだから」
「わたしは仕事できてるんだけどね!」
九尾は、茅野の何の気休めにもっていない言葉に力一杯突っ込んだ。
そうこうして、色づいた葉を落とし始めた木々の中を突っ切り、悪路に揺られながら進む事、数十分……。
前方に円形の土地が見えてくる。
「地図を見る限りでは、あそこから先は歩きね。……あ、今ネットが途切れたわ」
茅野がそう言うと、後部座席から桜井が顔を
「わくわくするねえ……」
九尾は深々と嘆息して一言。
「ネットが途切れてわくわくできるのは、世界広しといえ、あなただけよ……」
この危機感のなさ。やはり連れてくるべきではなかったか。うっそりとした表情で九尾は、円形の土地に車を停めた。
そこから三人は、木立の合間を蛇行する細い道をひたすら歩く。すると、一時間後だった。突如として視界が開けた。
「うわあ、絶景だねえ……」
桜井が瞳を輝かした。
そこからは、山肌の下に広がる廃墟の村落が見下ろせた。
元は畑だったであろう荒れ地の合間にぽつぽつと佇む廃屋の群れ。
何棟かは倒壊しており、ぺしゃんこになって地にひれ伏していた。
その中央に一際大きな日本家屋が見える。
「……あれが、数寄屋邸ね」
茅野の言葉に九尾が頷く。
「よーし。箱があったらうっかり開けないように注意しなきゃね」
「ほ、本当に勘弁してよ?」
桜井が先陣を切って、村まで続く下り道を降り始めた。
茅野と九尾もそれに続いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます