【09】後日譚


 翌日。

 いつものオカ研の部室にて。

『ついさっき、無事に届いたわ』

 スピーカーフォンに設定したテーブルの上のスマホから聞こえるのは、九尾天全の声だった。

「そう。それはよかったわ」

 と、茅野。

 桜井が「うちらの娘をよろしく!」と、冗談めかした調子で言った。

『ええ。しっかり、今度こそ除霊するから大丈夫よ』

 九尾は真面目に受け答える。そこで茅野がその話を切り出す。

「……ところで」

『何かしら?』

「あれから、人形の事が気になって、色々と調べてみたんだけど、ポーランド語のサイトで面白い写真を見つけたわ」

『ポーランド語、読めるんだ……』

 茅野は「ふっ」と笑う。

「小学六年くらいの時に、何となく語感が格好いいから少しかじってみたの」

『……で、どんな写真なのかしら?』

「まあ、それは見てのお楽しみという事で……電話が終わったらサイトのURLを送るから」

『解った。……本当に今回は、ありがとう』

「ええ。また連絡するわ」

 そうして、通話を終える。

 すると桜井が好奇心に瞳を輝かせながら問うた。

「その写真って、どんなの?」

「ちょっと、待って……」

 茅野はタブレットを取りだし、画面に指を走らせて操作する。

「あるポーランド人のブログで、その人は、どうもアンティークの蒐集しゅうしゅうが趣味らしいんだけど」

「アンティークの蒐集というだけで嫌な予感がするよ。心霊的な意味で」

 そう言って苦笑する桜井に、茅野はタブレットを差し出した。

 そこに掲載されていた画像に桜井は息を飲む。

「循、これって……」

 写し出されていたのは、椅子に腰をかけた人形だった。肩と胸元を出した白いドレスを着ている。

 顔立ちを見る限り、あの囁く家で発見した“ヨハン・ザゼツキの少女人形”と、そっくりな造形をしていた。

「……別な人形だよね?」

 桜井の質問に茅野は頷く。

 あの囁く家の人形は碧玉サファイアのような瞳をしていたが、この画像の人形は翠玉エメラルドのごとき色だった。

「驚くのはまだ早いわ。人形の左肩を拡大してみて……」

「うん」

 桜井は茅野に言われた通りにする。すると……。

「ああっ。逆さの星形だ!」

「そうよ。これも、あのささやく家の人形と同じ」

「へえ……あんな人形がまだあるんだー」

 そう言いながら桜井が、ポーランド語の羅列に指を走らせてスワイプすると、今度はモノクロの画像が現れる。

 そこには長椅子に座った少女の人形が六体並んでいた。

 どれも囁く家の人形やさっきの画像の人形と同じ顔をしている。

 その人形の脇には白衣や軍服姿の男が笑顔で立っていた。軍服には世界で最もいとわれる図形がしつらえてある。

「九尾先生が言ってたわよね? あの人形はヨハン・ザゼツキ事件の後、警察の倉庫で保管され、第二次世界大戦中にナチスドイツが押収したと……」

「まさか、あのちょび髭おじさんは、この人形のシリーズを集めていた?」

 桜井の問いに茅野は首を横に振る。

「解らないわ。……ただ、ヒトラーは神秘主義者オカルティストで、錬金術や魔術、占い、超能力に強い関心を持っていたらしいわ。あのロンギヌスの槍やキリストの聖杯を本気で探していた事は有名よ」

「単なる中二病じゃん」

 桜井がばっさりと切り捨てる。

「兎も角、人に幻を見せて、意のままに操る人形……彼はその力に何らかの利用価値を見いだしていたのかもしれないわね」

 茅野が温くなった甘い珈琲をすすった。

 そこで桜井は、タブレットの画面に目線を落とす。

「そういえば、このブログには何て書いてあるの? 人形の事」

「どうやら、ブログ主は人形の素性は解っていなかったらしいわ。知り合いの遺品の中にあったようね。そのモノクロの写真も。因みにブログはその記事を最後に更新が止まっている。八年前の記事ね」

「ふうん……」と、いつもの気の抜けた相づちをうって桜井は、茅野にタブレットを返した。

「何にしろ、後は山本さんに説明して終わりだね」

「そうね。……随分とワールドワイドな話になったけれど、果たして彼女は信じてくれるかしら?」

 茅野はそう言って柔らかく微笑み、テーブルの上で右手を開いた。

 その掌には記念品スーベニアとして切り取った、あの人形の人差し指があった。




 一方、都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』にて……。


「解った。……本当に今回は、ありがとう」

『ええ。また連絡するわ』

 茅野循との通話を終えた九尾天全は、ヨハン・ザゼツキの少女人形に向き直る。

 そこは店舗裏手にある倉庫だった。

 大きめの搬入口と表へと延びた廊下へ続く扉。

 壁を埋め尽くす棚には段ボールや木箱、家具や怪しい彫刻などが納められている。

 その中央のスペースには、広げられたビニールシートの上にダクトテープで厳重に拘束されたあの人形が座っていた。

 九尾は屈んで人形の口元を覆うダクトテープを剥がして言った。

Lange久しichtesehenりね Frauleinお嬢さん

 すると、人形は顔を歪ませ、

Haltうる's maulせぇ!!  Fotzeビッチ!!」

 と、吐き捨てる。


 ――この後、人形の悪霊は無事に祓われた。





(了)

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