【04】地下室にて


 桜井梨沙と茅野循は、その山肌に広がる集落の中を行く。

 細い坂道の路地に沿って、古びた瓦屋根の木造家屋が並んでいる。

 熟した庭木の柿。真っ赤に色づいた灯台躑躅ドウダンツツジの生け垣。

 細い坂道や急な階段は、連日の雨で湿っており、落ち葉や白南天しろなんてんの小さな実が散らばっていた。

 勾配こうばいの下方を振り向けば、山沿いに蛇行する車道と、その向こう側に広がる田園地帯がのぞめた。

 既に稲の刈り入れは済んでおり、落ち穂を目当てに北の国から遙々はるばるやってきた白鳥たちが、所々で群れていた。

「もう、冬だねえ……」

「そうね。ところで、梨沙さん」

「何?」

「怪談は夏の風物詩的な扱いだけれども、冬には冬の怪談というものがあるわ」

「そうだね。雪女とか……雪女とか……あと、雪女。それから雪女!」

「梨沙さん、雪女ばかりじゃないの」

「あー。他に何かあるの?」

 そこで茅野は顎に指を当てて考え込み、

「つらら女とか?」

「雪女と変わらないじゃん」

 ……などと、知能指数の低そうな会話を交わしながら坂道を登る。

 やがて二人は、その坂道の最上部にある家の前へと辿り着く。

「ここだね」

「ええ。登り坂ばかりで少し膝にきたわ。梨沙さんは大丈夫かしら?」

「これくらいなら、大丈夫だよ」

愚問ぐもんだったわね……」

「最近は膝の調子かなりよいんだ。あまり痛まなくなってきた。油断するとたまに、かくんとなるけど」

「無理はしないでね?」 

 かつては白いペンキ一色だったはずの木板の柵は木目を露にし、庭先の芝生は延び放題だった。

 所々で紫の花を咲かす犬蓼イヌタデや、この時期にはお馴染みの背高せいたか泡立草あわだちそうが生え茂っていた。

 二人はそれぞれ撮影の準備を整えると、門の間にかかったロープを潜り抜け、石畳を渡りエントランスへ。

 玄関の扉の前に立った。

「鍵、壊されているね」

「廃墟の宿命でしょうね。……私は鍵を壊すだなんて、エレガントさにかける事はしないわ」

「まあピッキングもどうかと思うけど、おおむね同意するよ」

 そう言って、桜井は扉を押し開いた。

 中は薄暗く桜井がペンライトの明かりを灯し、茅野が玄関の扉を閉じる。

「うわお。表で見るより広く感じるね」

「そうね。吹き抜けのせいかしら?」

 広々としたエントランスホールはがらんとしていた。

 両翼には廊下が延びており玄関から見て正面奥には大階段があった。

 その踊り場の左右から吹き抜けの二階の通路まで階段が続いていた。

「確か、スウェーデンの動画では、大階段の裏手だったよね?」

「問題は、あの動画に収められていた声や物音がスウェーデン堀のやらせかどうかね」

 桜井と茅野は大階段の左側の奥にあった扉を開ける。

 すると左手に大きな窓の並んだ短い通路があり、正面の突き当たりと右手の壁に扉があった。

 突き当たりの扉が裏口で、右手の扉の向こうに件の地下室への階段がある。

 左手の窓の外には雑草に埋もれた裏庭と、家の裏手の斜面に生い茂る杉林が窺えた。

 桜井が扉を開けて、急角度の細い階段を降りて地下室の前に辿り着く。

 慎重に扉を押し開いた。

「ずいぶん、荒らされてるね……」

「そのようね」

 茅野は扉口を跨ぐと、後ろ手で扉を閉めた。デジタル一眼カメラのレンズで室内の光景をなぞるように見渡す。

 『The Haunted Seeker vol,11 囁く家』で映っていた入り口から左手の壁際の棚に収められていた物のほとんどは、床にぶちまけられている。

 右手には猫用のトイレ砂、スコップ、木箱、段ボール、ビニールシート、ルームランナー、割れた空き瓶や空き缶などが乱雑らんざつに積み重なっていた。

「声、聞こえないね……」

 桜井がしょんぼりとした調子でそう言った瞬間だった。

「しっ!」

 茅野が神妙な表情になり、右手の人差し指を唇の前で立てた。


 ……かりかり、かりかり。


「きたか……」

 桜井は視線をさ迷わせ、その音源の位置を探ろうとする。


 ……がり、がり。


 ……出し……て。ここから……。


 少し籠った少女の声が確かに二人の耳に届いた。

 桜井と茅野は顔を見合わせる。

 そして、茅野は両耳に掌を当てて、入り口から正面の壁際に向かう。


 ……助……けて。 出して……お願……。


 そして右手の拳で、こん、こん、とノックした。

 そして、桜井の方を見て言う。

「梨沙さん。この壁の向こう側よ」

「がってん」

 桜井が力強く頷く。

「梨沙さん。これ」

 茅野は右手のゴミ山からスコップを拾うと、それを桜井に向かって投げ渡す。

 桜井は右手でスコップの柄を掴んで受け取ると、ペンライトを上着のポケットに入れた。

 両手でスコップを握り、フルスイングする。

 ばきん、という音がしてモルタルの壁にひびが入る。

 二発、三発と打ち続けるとモルタルが剥がれ落ち、木板がむき出しになる。

 その木板の壁にスコップがめり込んだ。

「やはり、この壁の向こうには空洞があるようね」

「よーし! じゃあ、ぶっ壊しちゃうね」

 桜井は楽しそうだった。茅野も何かノリノリで悪の女幹部みたく言う。

「梨沙さん、やっておしまいっ!」

「りょうかーい」

 再び壁に向かって、がつん、がつん、とスコップが振りおろされる。

 その背中を茅野のカメラのLEDライトが照らす。

 そして、数分後だった。木板の壁が破壊されて奥に隠されていたデッドスペースが露になる。

「何だろう。あれ……死体?」

「どれ?」

 桜井と茅野は、そのデッドスペースを覗き込む。

 そこに横たわっていたのは、金髪の頭の砕けた全裸の少女だった。

 ただし、その肘や膝などの関節には、球形の接合部品がついている。


「人形……?」


 桜井と茅野は顔を見合わせた。

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