【01】効く心霊スポット


 それは放課後の教室だった。

 窓際の列の後方に男子が二人、何やら話し合っていた。

「旧猿川村トンネル……あそこがいいんじゃないか?」

 スマホを見ながら、そう言ったのは、猫によく似た印象の男子だった。

 名前を豊口圭吾とよぐちけいごという。

 赤牟南高校あかむみなみこうこうの二年生である。

「あのダムに行く途中のトンネルか?」

 そう問うたのは、豊口の同級生の有坂克哉ありさかかつやである。

 背が高く厚い胸板で、精悍せいかんな顔立ちをしている。

 そんな彼の質問に対して、豊口は首を横に振った。

「違う。あっちは新しくできたトンネルだよ。ダム湖の裏手の方に古いトンネルがあるんだけどね」

「へえ。そんなところがあったのか」

 二人は、この赤牟南高校の映画部の部員だった。

 彼らの部は、近々開催される文化祭に向けて三十分の短編映画を製作する事になっていた。

 ジャンルはホラーで、部長件監督の「何か髪の長い女が、わーっと出てくるやつ」という、恐ろしく雑なアイディアをどうにか形にしようと部員一同が奔走ほんそうしていた。

 そして先日どうにか難航していた脚本が完成し、それに合わせてロケハンを任されたのが豊口と有坂の二人である。彼らはバイクを持っており、その機動力を買われたのだ。

 まずはネットでロケ地の候補を探して、それから二人でツーリングがてらに現地を視察するという手はずだった。

「……でも、そのトンネル、出るらしいよ」

 豊口がスマホの画面から目線を離して、にっ、と笑う。

「出るって何がだよ……」

 神妙な顔つきで尋ねる有坂の問いに、豊口は再びスマホに指を走らせながら答える。

「そりゃ、トンネルで出るっつったら幽霊に決まってるでしょ」

 有坂が鼻を鳴らして笑う。

「好都合じゃねえか。どーせ、ホラー映画を撮るんだし」

「たださ……あそこガチなんだよ」

 と、豊口が急に声のトーンを落とす。

「ガチ?」

「今から九年前に、女子高生二人がそのトンネルに行ってくるって友達に言い残したきり、行方不明になっているらしいんだよね」

「行方不明……? マジかよ」

「マジマジ……まだ、見つかってないみたい」

 豊口がどんよりと笑う。

「ますます、好都合だ。いわくつきの場所なら話題になる。そこで決まりだろ。ロケハンの必要なくね?」 

「取り合えず、部長にメールしてみるよ」

 豊口が手早く文字を打ち込んで送信ボタンをタップする。

 すると、数分後、人気のない教室にメールの着信を告げる電子音が鳴り響く。

「お、部長、レスポンス早いな……」

 豊口が画面に目線を落とす。すると、その口元が苦笑に歪んだ。

「一応、見に行ってこいって」

「めんどくさぁー……」

 有坂が溜め息を吐いて、天井を見あげる。

「てかさ、部長もこいよ。……ケツ乗せてやるから一緒にこいって、メールして」

「自分でしなよ」

「俺、あの人のメアド知らねーし」

「仕方ないなあ、もう……」

 そして、再び数分後……。

 豊口は画面を見ながら飽きれ顔をする。

「その日は用事があるから来ないってさ」

「まだ日取りも決めてもいねーだろうが!」

 有坂は忌々いまいましげに机の天板を右拳で叩いた。

「きっと、怖いんだろうね。部長」

 豊口は苦笑した。


 こうして二人は、次の土曜日に旧猿川村トンネルへと向かったのだった。




 十月の初週だった。

 無事に中間テストも終わり、ようやく一息ついた桜井と茅野であった。

「……うーん。だーるいね」

 何時ものオカ研部室のテーブルの上で、ぐでっ……と突っ伏す桜井梨沙。

 どうやらテストの反動らしい。

「今の梨沙さん、まるで死にかけのスライムみたいよ?」

 茅野はというと、学校のホームページに掲載する部の活動記録をタブレットで製作していた。

 これを定期的に生徒会へ提出しなければならない。

 もちろん、みだりに廃墟へ立ち入った……などと正直な事は書けないので、ほとんどが嘘である。

 大抵は『中世カタリ派についての討論』だとか『ゼロ年代ニューエイジ系カルトと社会不安についての考察レポートの発表会』だとか、何だかよく解らない文言が適当な日付と共に並んでいる。

「いや、本当に溶けてしまいたいよ……」

「それはそうと、テストは大丈夫だったのかしら?」

「……うん。全部やばい」

「愚問だったわね」

「循はテスト……って、聞くまでもないか」

「それも愚問よ」

 茅野は不敵な笑みを浮かべる。すると桜井が頭を抱えながら言う。

「こんな時はさあ、気晴らしに心霊スポットへ行こうよ。ぱあっと、さあ……今週の土日にでもさあ」

「確かにそうね」

 そこで思案顔をする茅野。

「……でも、どこへ行こうかしら?」

「頭がしゃっきりとするところ……」

「流石にそれは難しい注文ね」

 いくらなんでも、心霊スポットで頭はしゃっきりしないだろうと茅野は思ったが、取り合えず考えてみる。

 そして、しばらく思案した後に、ぽんと両手を叩き合わせた。

「そういえば本格的な冬がくる前に、 一度行ってみたいところがあったの」

「どこ? どこ?」

 桜井があっさりと食いつく。

「旧猿川村トンネル。通称“人喰いトンネル”よ」

「人喰いとは尋常じんじょうじゃないね」と、言いつつも桜井は楽しそうだ。

「この旧猿川トンネルは、関東甲信越では五本の指に入るであろう心霊スポットよ」

「それは、しゃっきりしそうだよ。……で、その旧猿川トンネルには、どんな幽霊が出るの?」

「様々ね」

「さまざま?」

 桜井が首を傾げた。

「そう。老若男女……落武者の目撃例もあるらしいわ」

「それは豪勢だね。昔、そのトンネルでは何があったの?」

 この質問に茅野は「さあ」と首を傾げた。

「トンネルを抜けた先にあるダム湖の底に沈んだ村の呪術的な何かが霊を集めているとか、周りが古戦場だったとか、過去にそのトンネルで婦女暴行殺人があったとか、様々な噂があるわ」

「うわお……もう、聞いてるだけで満腹になりそう」

 桜井が苦笑して肩をすくめる。

「どれも噂の域を出ないのだけれど。ただ……」

「ただ?」

「これまでに何人かの若者が、このトンネルに向かうと言ったきり、行方不明になっている」

「行方不明……」

「一番、最近のは九年前ね。このトンネルへ向かうと言ったきり、二人の高校生が行方不明になっている」

「その高校生は?」

「……まだ、見つかっていないみたい」

 茅野はタブレットの画面に表示された検索結果を見ながら言った。


 こうして二人は次の土曜日に旧猿川トンネルへと向かったのだった。

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