【06】謎解きのピース
西木の部屋にて。
狭いちゃぶ台の上には、のりしおのポテトチップスとオレンジジュースで満たされたコップが三つ乗っている。
「噂では吉島さんは小茂田家の周囲でカメラを持ってうろついていたというけれど、もしもその噂が本当で愛弓さんをストーキングする為だったとしたら、どうにもおかしな事になるわ」
「何が?」
桜井は茅野に聞き返すと、のりしおのポテトチップスをひょいと摘まんだ。
「小茂田家の周りは高い塀に囲まれていた。家の中の愛弓さんを盗撮したくても、敷地内を覗けるポイントがまったくないのよ。だとしたら、なぜ、吉島さんはカメラを持って小茂田家の周りを、うろついていたのかしら?」
「確かに、おかしいね」
ベッドの縁に腰をかけた西木がそう言って頷いた。
「更に吉島さんの部屋の窓からカメラを覗いてみて確信したのだけれど、あそこから小茂田家の前面の窓のいくつかを覗く事ができるわ。本当に彼が盗撮をするつもりだったのなら、小茂田家の周囲でカメラを持って、うろつくだなんて事は、まったくする必要はないの。それどころか、逆に怪しまれてしまう。デメリットしかないわ」
「確かに、本当に盗撮なんかしてたらカメラを持って堂々と外を出歩くだなんてできないかも」
その桜井の言葉に茅野は頷く
「そう。だから、カメラを持った吉島さんが小茂田家の周りをうろついていたっていう噂は、まったくの嘘か撮影に出かける吉島を見た人が勘違いしたのか……小茂田家と吉島家はすぐ近所でしょう?」
それを聞いた西木がほっとした様子で言う。
「……じゃあ、師匠が愛弓さんにストーキングをしていたっていうのは只の噂なんだね。茅野っち」
「そうに違いないわ。それから、吉島さんが事件当日に小茂田家に忍び込んだというのも嘘ね。だって忍び込みようがないもの。あんな高い塀に囲まれて、施錠もしっかりされていた。もちろん、当日の夜、施錠し忘れていたっていう可能性もあるけれど」
「まあ、普通に考えたらルパンかキッドくらいじゃないと無理だろうね」
桜井は呑気に肩をすくめた。そしてポテチをパクつく。
「じゃあ、師匠は何で小茂田家に……?」
西木の疑問に茅野が己の見解を述べる。
「事件現場が小茂田家ならば、何らかの理由で吉島さんは小茂田家を訪ね、源造がそれを迎え入れたと考えるのが一番妥当ね。何にしろ、忍び込んだというのは正当防衛を成立させやすくする為の方便よ」
茅野が一息に言い終わると、西木は暗い表情で歯噛みした。
「じゃあ、師匠はやっぱり、何も悪くないのに、源造のせいで……」
その様子を見た茅野は苦笑する。
「待って。西木さん。この話は全部、今のところ妄想に毛が生えたレベルの物でしかないわ」
「でも……茅野っちの推理が本当なら……」
そこで、茅野は西木に向かって右手をかざす。
「兎も角、これ以上、事件について考えを巡らせるにはピースが足りない」
「……で、どうするの?」
桜井のその問いの直後だった。電子音が鳴る。茅野のスマホだった。
「ちょっと、ごめん」
茅野はスマホの画面に目線を落とす。
「誰から?」
そう問いながら桜井が画面を覗き込み「ああ」と得心した様子で頷く。
西木が首を傾げ、尋ねようとする前に……。
「取り合えず、使えるピースを増やしましょう」
そう言って、茅野は悪魔のように微笑んだ。
その茅野の言葉に対し、西木は若干、気圧されながら聞き返した。
「ど、どうやって……?」
すると茅野が若干、改まった様子で言う。
「西木さん」
「何?」
「シャベルと軍手を用意できるかしら?」
「はい?」
戸惑う西木。
そして茅野は桜井に向かって言う。
「梨沙さん、ジャージに着替えるわよ。今日、体育があったから持ってるわよね? まさか、また学校に置きっぱなしなんていう事はないわよね?」
「お、え、お……?」
流石の桜井も戸惑い気味である。しかし素直に立ちあがり、言われた通り、制服を脱ぎ始めた。
西木が恐る恐る茅野に尋ねる。
「あの茅野さん」
「何かしら?」
茅野はスカートを脱ぎながら返事を返す。
「……いったいこれから何を?」
すると、首にかかったループタイを外しながら、勢いよく西木の問いに答える。
「これから、楝蛇塚を掘るわよ!」
一瞬、時が止まり――
「はあああああ!?」
西木の声が響き渡った。
時刻はもう夕方になろうとしていた。
ジャージ姿の女子高生三人がシャベルを担ぎ、バケツなどを持って農道の砂利道を歩く。
周囲の田んぼでは、たわわに実をつけた稲穂が
暮れなずむ空を見あげれば、
農道の脇には、刈り取った稲を乾かす為の台に使われていた、はざ木の
その木々が夕焼けによって長い影を作り、三人の頭上に覆い被さる。
まるで、不気味な怪物のようだと西木は顔をしかめたが……。
「私は常々、思うのだけれど、ドクターペッパーが薬臭い味とかいう人は、単に名前の“ドクター”という単語によって先入観を抱いているだけに過ぎないと思うのだけれど。あれは明らかにフルーツの芳香よ」
「あたしも薬臭いとは思わないけど、フルーツだとも思えないよ。コーラに似てる感じ」
「いいえ。あれはフルーツよ。
「もしそうだったら、悪魔もイブをそそのかしたりはしなかったんじゃないかな」
……などと、桜井と茅野はどうでもいい会話を繰り広げていた。
西木は、この二人には緊張感というものがないのだろうかと呆れるが、同時に頼もしさも感じた。
「いいかしら? ……西木さんも、ちゃんと聞いて?」
「ア、ハイ……」
突然、話を振られた西木は慌てる。すると、桜井が困り顔で笑った。
「ごめんね? 循はドクターペッパーの事となると、すぐムキになるんだよ」
「別にムキになってないけど……取り合えず、ドクターペッパーという名前は、考案者のペッパー博士から取られた物で、一八八五年にアメリカで製造された歴史ある炭酸飲料よ。成分はコーラとあまり変わらず、二十三種類のフレーバーが……」
……などと、茅野の熱いドクターペッパー語りが繰り広げられる中、三人は農道から延びた細い脇道へと入る。
泥を固めたような二メートル幅の道で、両脇は草の生えた湿地になっていた。
そして、その道の先に、夕陽を背負いうずくまる黒々とした影が、かの楝蛇塚だった。
塚の周りは湿地が囲んでおり、その周囲に沿って更に用水路が流れていた。
三人は楝蛇塚に辿り着き、入り口で立ち止まる。
塚の周囲を取り囲む桜の木々の隙間から夕焼けが射し込んでいた。雑草は夏に刈り取ったばかりだからなのか、あまり見当たらない。
そして中央には、大きな犬小屋くらいの石の祠があり、そこにはかろうじて人型を模したと解る程度に粗い作りの道祖神が祀られていた。
「一応、お
桜井の提案に茅野が同意する。
「それも、そうね」
三人は入り口から続く石畳を渡り、祠の前で手を合わせた。
そして――
「まず、この祠の裏手からいきましょう」
茅野の言葉に桜井と西木は頷く。
それぞれのスコップが楝蛇塚に突き立てられた――
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