【05】本物の霊能者

 

「……兎も角、あのスウェーデン堀に連絡を取りましょう。彼もきっと今、同じ状態のはず」

 茅野はタブレットを鞄の中から取り出すと素早く操作し始める。

 桜井は不安げな眼差しで、その様子を窺う。

「でもさー。あの人、頼りになるのかな? 滅茶苦茶弱かったよ? 物理的にだけど」

「霊的にも頼りにならないでしょうね」

 茅野はにべもなく断言して言葉を続ける。

「……でも、思い出して頂戴ちょうだい

「何を?」

「あの動画でスウェーデン堀が家に入る前後にテロップが出たでしょ?」

「ああ。管理者の許可はとってある云々みたいなの?」

「そう。つまり、それが本当ならば、彼はあの発狂の家の現在の持ち主……つまり、死んだ長男の遺族を知っている可能性が高い。当時の焼け跡もそのままなのだから、十二年前の火災の後で人手に渡ったという事はまずないと思うわ。十中八九、遺族が管理者であると思う」

「なるほど……遺族なら確かにスウェーデンよりは頼りになるかも。長男について何か知ってそうだし」

「というか、スウェーデン堀が今の私たちと同じ状態におちいっているならば、きっと彼も遺族へと連絡を取ろうと考えたはず。彼が何かの情報を持っている可能性は極めて高いわ」

「うん!」

 桜井の瞳に希望の光が宿る。

 そうして、茅野はタブレットを鞄から出すと画面を指でなぞり始める。

 その彼女の表情が次第に曇り始める。

「どしたの?」

 桜井が不安げに首を傾げる。

 すると茅野は目線をあげて、まるで手術が失敗した医師であるかのような、沈痛な面持ちで首を横に振った。

 桜井にタブレットを手渡す。

「なになに……」

 画面に表示されているのはSNSの『The Haunted Seeker』公式アカウントである。

 そこには、こんな事が書き記されていた。


  H・S公式アカウント@HauntedSeeker・4時間前

 この度、スウェーデン堀の体調不良により本企画をしばらく凍結する事を発表いたします。再開のタイミングにつきましては目処が立ち次第、此方のアカウントでお知らせしたいと思います(富田D)


「マジでかこれ……けっこうバズってるし……」

「事態はかなり深刻みたいね」

 この書き込みが投下されたのは今日の朝だった。

 流石の桜井も唖然とした様子で茅野にタブレットを返した。

「取り合えず、この富田Dとかいう人に連絡を取ってみましょう」

 茅野は絶望的な眼差しでタブレットの画面を指でなぞった。




 富田憲吾とみたけんごが、スウェーデン堀こと堀光明ほりみつあきと知り合ったのは、郷里にある専門学校の映像製作科でだった。

 卒業後は二人とも映像製作とは何の関係もない業種に就いたが、その世界への憧れは消えていなかった。

 やがて二人は二〇一三年頃から動画サイトで自らの映像作品を発表し始める。

 その流れで始まったのが心霊スポット実況の『The Haunted Seeker』シリーズであった。

 富田のケレン味溢れる演出センス――つまりはヤラセによって登録者数はじわじわ増えて、先月で十三万人を越えた。

 すべてが順風満帆だった。あの家に向かうまでは……。

 発狂の家に行ってからすべてがおかしくなった。

 その兆しは撮影の翌日だった。堀が妙な事を言い始めたのだ。

 彼曰かれいわく『カッターナイフを持った黒い影が彷徨いている』のだそうだが、彼の指差す空間には何もない。少なくとも富田には何も見えなかった。

 それから彼の言動は日を増すごとにおかしくなり、ついには警察沙汰となった。先日の桜井らによる捕り物である。

 そのとき、警察の事情聴取で堀の言動がおかしかった事から、薬物使用が疑われたが尿検査の結果は陰性であった。

 すぐに堀は釈放された。以来、彼は自室に閉じ籠ったままだ。

 そこで、富田は考える。

 堀が怪異に見舞われて自分は無事である理由は何なのだろうか、と……。

 富田もカメラマンとして、あの家に足を踏み入れたのだ。では堀と自分の違いは何なのだろうか。

 堀がやって、自分がやらなかった事。反対に堀がやらずに、自分がやった事。

 もしかしたら堀が、おかしくなった事とあの家には何の因果関係もないのかもしれない。

 考えれば考える程、訳が解らなくなった。

 そこで彼は霊能者の力を借りる事にした。


 “スピリチュアルカウンセラー”九尾天全きゅうびてんぜん


 マスコミ関連に進んだ専門学校時代の同級生に泣きつき、何とか情報を得た。

 都内で占いグッズやハーブなどを販売する雑貨店を営むかたわらで、心霊相談も請け負っているらしい。

 メディアへの露出経験はないが本物だと評判なのだとか。

 その名前からは性別は判然としなかったが、電話口に出た九尾の声は若い女のものだった。

 挨拶を済ませ、開口一番、九尾はこんな事を言った。


『人形に心当たりはありませんか?』


 富田は首を傾げた。人形などと唐突に言われてもまったく記憶にない。

 何を適当な事を言っているんだと内心いぶかりながらも「人形には心当たりはない」と返事をして事情を説明した。

 すると九尾は『ふう』と重い溜め息を吐いて言う。

『きっと、貴方のご友人は、その廃屋で人形かぬいぐるみのようなヒトガタに触れるか何かをしたはずです。それがこの強烈なしゅの発動条件でしょう』

 そのとき、アパートの自室にいた富田はスマホを耳に当てたまま、発狂の家で撮影したはずの動画を確認しようと、ローテーブルの上に置かれたノートパソコンを立ちあげた。

 すると、その直後だった。

『駄目です。動画を見てはいけません』

 まるで行動を間近で見られているようなその言葉に、富田はぞっとして部屋の中を見渡した。

 もちろん、室内には彼ひとりしかいないどころか、外に面した窓も分厚いカーテンで覆われている。

「いっ、いったい、どういう事なんですか……」

 にじんだ生温い汗が側頭部からしたたる。

『恐らく人形の存在を認識する事がスイッチになっていると思われます。貴方はきっと、その人形の事を目にしていても単なるゴミか風景の一部程度にしか認識していなかった。もう一度、人形の存在を意識して動画を観てしまった場合、呪が発動してしまう恐れがある。だから動画は今すぐにでも消してしまった方が良いでしょう』

「け、消すんですか……?」

『万が一、これ以上、犠牲者が増えないようにです。動画を見た視聴者にも悪い影響があるかもしれない』

 富田は「解りました」と、しぶしぶ返事をする。

 そのあと『vol,13』を削除する。その操作をする間も九尾は語り続ける。

『貴方のお友だちは恐らく、その人形の事を何となく覚えていた……これが、貴方には呪が発動せず、お友だちのみに発動した理由です』

「でも、堀の奴、そんな人形の話なんてしていませんでしたよ?」

 もしも九尾の言う事が真実であるのならば、堀がそんな怪しい人形の事を言いそびれる訳がない……富田はそう思った。

『無意識下、本当に何となくなのでしょう。人形の存在に気がついた。しかし、その記憶はすぐに表層意識からは消えてしまった』

「はあ、なるほど……」

 と、返事をしたが、富田はまだいまいちピンときていなかった。

『兎も角、一刻の猶予を争います。わたしもそちらへ向かわせてもらいます。……ただ、今、別件の真っ最中でして。三日後……で、どうでしょうか?』

「解りました。問題はありません」

 富田はそう答えて、待ち合わせの場所と時間を決める。

 県庁所在地の駅の南口。時刻は三日後の十四時。

 そして富田が最後に料金の方を聞こうとすると、先に受話口から九尾の声が響いた。

『それでは、少し此方も忙しくなってきたので。詳しい話は当日に』

 と、九尾が言い終わる直前に豚の断末魔のような悲鳴がとどろく。

「な……何なんですか? 今の」

『除霊中なので。失礼』

 通話が切れる。

 しばし呆然とする富田。

 そして、堀にこの事を知らせる為にメッセージを打つ。

 すぐに既読はつくが返事はない。

 それから、富田はSNSを確認してみると今朝投稿した書き込みがかなりの反響を呼んでいた。

 大抵は無責任な憶測ばかりでうんざりとする。まだ『vol,13』が削除されている事に気がついた者はいないようだったが時間の問題だろう。

 そうなれば、あの発狂の家で何かがあった事が露見ろけんしてしまう訳だが……むしろ好都合だと富田は閃く。

 これもネタにしてしまえばいい……。

 九尾天全がスウェーデン堀を除霊するところを実況する。

「くっくっく……きっとこれはウケるぞぉ……」

 富田は相貌そうぼうを歪ませる。

 そして次にSNSのDMを確認したが、けっこうな数のメッセージが届いていた。

 スウェーデン堀を心配するメッセージもあったが、だいたいは冷やかしと悪戯だった。

 富田は全てのメッセージを確認するのをやめた。

 そのために茅野の送ったDMが読まれる事はついになかった。

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