【03】インチキ霊能者
浅田が通夜の席で、村瀬の知人である田所という人物から聞いた話を語り終える。
「浅田さんの大伯父さんは、前夜にお酒を飲み過ぎていた。その日は寝坊して、家を出たのは遅い時間だった。そして、前日の朝は出掛けに雨が降って散歩には行かなかった……」
茅野が浅田からもたらされた情報を整理する。
「そう。それで、田所さんと別れたあと、大伯父さんは、
浅田が言うには既に息を引き取っていたらしい。
「……それで、不自然な点というのは、どこなのかしら?」
「倒れていた大伯父さんの近くにスポーツドリンクの五〇〇ミリペットボトルが転がっていたらしいんだけど」
「ああ。大伯父さんが持っていた物ね?」と桜井が話に割って入る。
「そう。……それで、その中身がまったく減ってなかったらしいの」
「えっ。どういう事?」
桜井がきょとんとした表情で聞き返す。一方の茅野は事態の異常性をすぐに理解したようだ。
「つまり、大伯父さんは熱中症で脱水症に陥っていたにも関わらず、意識を失うまで所持していたスポーツドリンクを飲まなかったという事よ。そうでしょ? 浅田さん」
「ええ。そうよ。どう考えてもおかしいでしょ? その話を聞いたおばあちゃんは、弁天沼の河童の仕業だって」
「確かに……歳を取ると身体の感覚が鈍くなるから、日射病になっても自覚症状が出るのが遅れるという事はあるだろうけれど。意識を失うまで持っていたスポーツドリンクを口にしないなんて事があるのかしら」
茅野は顎に手を当てたまま考え込む。
「私も最初は河童の仕業だなんて馬鹿馬鹿しいって思っていて……でも、大伯父さんがスポーツドリンクを飲まなかった理由が思いつかなくて」
「うーん。確かに喉が渇いたら飲むよね。ペットボトルを持っていた事を忘れていたとか……」
その桜井の思いつきに、浅田は首を振る。
「大伯父さんは、頭もしっかりしていてボケとは無縁な人だったっていう話よ。それに散歩へ出る前に田所さんに体調を心配されて、保冷カバーに入ったペットボトルを彼女に見せたらしいの」
「……つまり、脱水症状への対策意識はしっかり持っていた」
茅野の言葉に浅田が頷く。
「……にも関わらず、大伯父さんは死の直前までスポーツドリンクを飲まなかったという事なのね?」
「そう」と浅田。そこで彼女はいったん言葉を区切り、何か良くない事を思い出した様子で表情を
「浅田さん?」
桜井が心配した様子で彼女の顔を覗き込む。
「あの……それで、えっと、ちょっと前に、大伯父さんの家に、私、行ったのね」
現在、村瀬宅には誰も住んでおらず、隣町に住む息子夫婦が一応の管理者という事になっているらしい。
家の中は葬式のあとに少しだけ片付けたきり、そのままになっているのだそうだ。
「貴女は何故、大伯父さんの家に行ったのかしら?」
「……ちょっと、その忘れ物があって……そう。葬儀のあと大叔父さんにずっと借りていた本を返しに行ったの。そのときなんだけど……」
なぜか急にしどろもどろになり始める浅田だった。
桜井は大して気にした様子もなく、茅野の方はわずかに目を細める。
浅田はふたりの顔色を窺うように視線の行く先を
そんな彼女の態度に、茅野がうっすらと微笑んだ。
「葬儀は一年前なのよね?」
「うん」
「何故、最近になって本の事を?」
浅田は黙り込み、少しの間考え込む。そして、
「何か最近……大伯父さんの夢を見るようになって。夢の内容はよく覚えていないんだけど、何でそんな夢を見るんだろうって考えてたら、本の事を思い出して……」
「それで、返しに行ったのね。浅田さんが直接」
「そう。そうなのよ」
神妙な顔で頷く浅田。
「それで、大伯父さんの家の鍵はどうしたのかしら? わざわざ、隣町の大伯父さんの親族の家に借りに行ったの?」
浅田は首を横に振る。
「玄関の脇のプランターの下に合鍵があるのを知ってたから……」
無用心に思えるかもしれないが、田舎のセキュリティなど、現代日本においても大抵はこの程度である。
茅野は少し考え込むと「いいわ。取り合えず話を続けて頂戴?」と、浅田を促す。
「それで、家の中に入ったら何かおかしな物音がして」
「おかしな物音?」
桜井がきょとんとした表情で首を傾げる。すると浅田は、その当時を思い出したのか青ざめた顔で言う。
「バタバタバタって……天井裏を、まるで小さな子供が走り回るような音がして……」
桜井と茅野は無言で顔を見合わせる。
浅田が唇を震わせながら声を絞り出した。
「あれは……河童の怨霊なのよ……やっぱり、大伯父さんは河童の怨霊に殺されたのよ」
しばらく間が空き、最初にその沈黙を打ち破ったのは……。
「あー……」
桜井だった。
眉間にしわを寄せ、茅野の方へ視線を向ける。茅野は無言で肩を
再び浅田の方を見て問う桜井。
「話は終わり?」
浅田がうなだれたまま首を縦に振る。
「で、結局、あたしはどうすれば良いの?」
浅田は顔をあげて
「桜井さんに、除霊を頼みたいの……もし、大伯父さんが河童の怨霊に呪い殺されたのだとしたら……その……怖いし。私も、あの足音を聞いて以来、嫌な事ばっかり起こって……」
どうやら、その体験以降、浅田はいくつかの不運にみまわれているのだという。
彼氏と喧嘩したとか、
「でも、だから、何であたしに相談にきたの? そりゃ、あたしはオカルト研究会の部長だけど……」
所詮はお飾りの部長である。というか、部自体がまともではない。当たり前だが桜井に除霊などできるはずもない。
しかし、自信なさげな桜井の言葉を聞いて、今度は浅田が
「え……だって、桜井さんって、そういう力のある人でしょ?」
「は? あたしが霊能力者って事?」
「うん」
と、力強く頷く浅田だった。
「いや……ちょっと待って、ちょっと待って」
桜井は混乱する。霊能力などない。そんな事は自身が一番良く知っていた。
なぜ、自分が霊能者などという事になっているのかが、さっぱり解らない。
茅野も、その端整な顔に困惑の色を浮かべる。
「私も梨沙さんが、霊能力者だなんて話は初耳だけれども」
すると、浅田がこんな事を言い始める。
「桜井さんは、小学校の頃にコックリさんに取り憑かれた男子を除霊した事があるの。ね? 桜井さん」
しかし、当の本人である桜井には心当たりがない。
「え……そんな事あったっけ?」
「ほら! 六年生の時」
「ええー……覚えてないなあ」
「私もひとづてに聞いただけだけど……放課後、菅野くんたちのグループが教室でコックリさんをやっていたら、菅野くんが突然、暴れだして……そこに、桜井さんがやってきて、菅野くんに取り憑いたコックリさんを除霊したって」
「あ……ああ……あー!!」
桜井はようやく思い出したようである。
「だから、桜井さんがオカルト研究会の部長になったって聞いた時は、うちらの小学校出身の子らは、やっぱり桜井さんって、
浅田が言い終わると、茅野は
「この話は本当なのかしら?」
「いや。本当なんだけど……あれは」
と、桜井が真実を口にしかけたところで電子音が鳴った。
桜井のスマホだった。メッセージアプリの着信を告げる音である。
「あ、ちょっと、ごめん……」
桜井がスマホを取り出してメッセージを確認する。そこには……。
『まった』
送り主は茅野だった。どうやら膝の上にスマホを置いてメッセージをブラインドで打っていたらしい。
続いて新しいメッセージが送られてくる。
『何でもいいから霊能者のフリして』
『報酬は一万円』
『一緒に焼き肉、食べに行きましょう(キラキラした絵文字)』
桜井は何食わぬ顔でスマホの画面から目線をあげる。
「あー……別に悪いものは取り憑いていないけど、右肩に何か見えるね」
しれっと嘘を吐く。
すると、浅田は怯えた表情で「嘘っ! 嘘っ!」と言って身体を捻り、右肩を手で払い始めた。
結局、桜井と茅野は河童の霊の除霊を請け負う事にした。
脅えた浅田には「ただちに影響はない」と言ってなだめ、報酬一万円の約束を取りつけた。
報酬に関しては、浅田がごねるだろうと予想していたが、なぜかすんなりとオーケーしてくれた。
そして、除霊の準備には少し時間がかかると言って、この日はいったん帰ってもらった。
浅田が部室を去った後で、桜井は小学生時代の“コックリさん事件”の真相について、茅野に聞かせた。
桜井がすべてを語り終えると、茅野は腹を抱えて爆笑する。
「……成る程。殴ったら、相手が勝手に正気に戻っただけなのね?」
「そうそう。敵と勘違いしてさあ……」
「いや、だから、貴女は何と戦っているのよ」
「でも、それはそうと……」
桜井はそう言って、部室の扉の方を見つめながら、
「いいのかな? 嘘吐いて。焼き肉は食べたいけどさ」
すると茅野が、ふっ、と鼻を鳴らし肩を竦める。
「いいんじゃない? その代わり、しっかりと謎解きはするわよ。そこは手を抜かない」
「うん。一万円分は働くよ。あたしも」
「果たして、本当に河童の祟りなのかしら……面白くなってきたわね」
茅野は不敵な笑みを浮かべた。
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