第11話
「ただいま」
前橋さんの家を後にした俺たちは、そのまま俺の家に帰ることにした。
途中、予想通り雨が降ってきたが、折り畳み傘を常備しているおかげで濡れずにすんだ。
帰り道の間ずっと無言だった前橋さんと、相合傘イベントなるものが発生すかとヒヤヒヤ、ドキドキしたが、そもそも幽霊なので濡れる心配はなかったようだ。
相合傘イベントは俺にはまだ早いということか。
「あっ、直くんおかえり~。雨平気だった?」
「折り畳み傘をいつも常備してるから大丈夫」
「さすが直くん! じゃあお母さん、まだ仕事残ってるからこのままお部屋にこもっちゃうね。夕ご飯は冷蔵庫に置いておいてほしいな」
「了解」
バタン
コーヒーカップを手にした母さんは、そのまま部屋に戻った。
「あなたのお母さんは、お仕事何されてるの?」
「恋愛小説家」
「すごいのね。自分で物語を紡げるのは素敵なことだと思うわ」
「おかげであの年になっても自分の世界に入り込みすぎて、食事をまともに摂ろうとしないときがあるから困ったものだけどな」
さっきまでずっと無言だった前橋さんがやっとしゃべってくれた。
ちょっと心配だったので一安心だ。
そのまま自室に移動して荷物を置き、ベッドに座り込む。
前橋さんは朝と同じく俺の机の上に。
……あれ?
学校でもそうだけど、いつも俺の机に座っていないか?
そんなに俺を踏みつけたいということか?
悪いがそんな趣味はないぞ。多分。きっと。
まだされたことないから分からないが。
「それにしても、言っていた通り、前橋さんのお母さんはいなかったな」
「そうね」
さも当然の結果のように相槌を打つ前橋さん。
「寂しくないの?」
「全然。興味はさほどないから」
「実の親に対してそれはあんまりじゃないかな」
「親に対する考え方は人それぞれなんだからそれでいいでしょ。それに……」
前橋さんが俺の目をまっすぐ見つめてくる。思わず吸い込まれそうになるが、前橋さんの方から先に視線を外し、窓の外に向けて言葉を発する。
「私は、自分に興味のあるものだけあれば十分だから」
一瞬ドキッとした。
何を思い浮かべながら話しているんだろう。
「前橋さんって何に興味があるの?」
「教えないわ」
少し食い気味に言い放ち、プイっと首を反対方向に向けてそっぽを向く。
「もしかしたらその興味のあることが、この世の未練と関係しているかもしれないだろ」
「あなたに教えるくらいなら、もう一度死ぬわ」
「死人ジョークはやめてくれ。生きている俺が笑っていいのか分からないだろ」
「ジョークじゃなくて本気よ」
机から降りて仁王立ち。勇ましいっすね。
これ以上突っ込むと機嫌を損ないそうなので、追及は避けることにしよう。
前橋さんのしわ一つない襟周りを見ながらそう誓った。
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